愛美が亡くなる一週間ほど前です。久しぶりにショッピングセンターに二人で出かけると、バレンタインフェアが開催されていました。広い特設会場にはたくさんの種類のチョコレートがありましたが、最近では『友チョコ』というのでしょうか、女の子同士でチョコレートを交換するのが流行っているらしく、そういったのに似合うかわいらしいチョコレートもたくさん置いてありました。愛美はそこでわたうさちゃんチョコレートを見つけました。ファー素材でできたわたうさちゃんの顔を形どったポシェットに、わたうさちゃんの顔のホワイトチョコレートが一枚入っているというものでした。思った通り、愛美はそれを欲しがりました。でも、買い物は一つだけというのが私たちのあいだでの約束事でした。その日、愛美はすでにわたうさちゃんのトレーナーを買っていました。亡くなったときに着ていたピンクのトレーナーです。私は「今度来たときのお楽しみ」と愛美の手を引きました。普段ならたとえわたうさちゃんグッズでも、そう言えば渋々引き下がっていたのですが、その日の愛美は必死でした。おようふくいらないからこれかって。泣きながらその場に座り込んでしまいました。でも、約束は約束です。私も引き下がれません。内緒で買って、バレンタインの日にプレゼントしてあげたら喜ぶかな? などと内心思いながらも、約束でしょと厳しく叱りつけました。愛情と甘やかすことは別物です。偶然、家族の方と買い物に来ていた下村くんに「たった七百円なのに、こんなに欲しがってるんだから買ってあげれば?」と声をかけられ、恥ずかしいなと思いましたが、第三者の登場で愛美も少し冷静になったのか、頬をふくらませながらも、「こんどきたときはぜったいだよ」と言って立ち上がりました。苦笑まじりに下村くんに手を振ってその場を離れたのですが、バレンタインの日を待たずして愛美が亡くなってしまった今となっては、あのとき買ってあげればよかった、と後悔する毎日です。
 あの日、職員会議が終わったのは六時少し前でした。職員会議には養護の先生も参加されるのですが、下校時刻の六時まではいつも、数人の女の子たちが入れ替わりながら愛美と遊んでくれていたので、寂しいとか、退屈とか、愚痴をもらすこともなくおとなしく保健室で待ってくれていました。それなのに、迎えに行くと愛美はいません。トイレを覗いてもいません。ちょうど部活動の片付けや更衣が終わる時間帯だったので、お姉ちゃんたちの部室にでも遊びに行ったのかな? と軽い気持ちで私は愛美を捜しに校内を回り始めました。最初に会ったのは内藤さんと松川さんでしたね。美術室に愛美が来ていないかと訊ねると「愛美ちゃんと遊ぼうと思って五時前頃に保健室に行ったけど、姿が見当たらなかったので今日は来ていないのかと思った」と言って、一緒に愛美を捜してくれましたね。日はとっくに暮れていましたが、学校にはまだ残っている人がたくさんいて、先生方を含め多くの人たちが愛美を捜してくれました。見つけてくれたのは野球部の星野くんでしたね。「今日は見ていないけど、前に一度プールの方から出てきたのを見たことがある」と言って、一緒にプールまで行ってくれましたね。冬場、プールの入り口はチェーンを巻かれて施錠されているので、私たちはフェンスを乗り越えて中に入りましたが、チェーンいっぱい分に開かれたドアは愛美なら充分に入ることができる幅でした。夏の水泳の授業が終わっても、プールには一年中水が張られています。火災が起こった際の防火用水の役割も兼ねているからです。枯葉が浮かぶ暗い水面に愛美は浮かんでいました。駆け寄って引き上げた愛美の身体は凍り付きそうなほど冷たく、心臓は動いていませんでした。それでも私は愛美の名前を呼びながら、人工呼吸とマッサージを繰り返しました。幼い子供の死体を目の当たりにしたにもかかわらず、星野くんはすぐに他の先生方を呼びに行ってくれました。病院に運ばれた愛美は水死と診断され、警察には、外傷や着衣の乱れが見られなかったことから、誤ってプールに転落したとして、事故死と判断されました。あのとき、辺りは真っ暗でしたし、そんな余裕などなかったはずなのに、竹中さんの家との境界になっているフェンスからムクが鼻先をつき出してこちらを見ていたのを憶えています。警察の調べで、そのフェンス付近にちぎったパンの欠片かけらが落ちていたことがわかりました。愛美の通う保育所の給食に出されているパンと同じものでした。数人の生徒から「プール付近で愛美ちゃんを見かけたことがある」という証言があり、愛美が毎週プールに立ち寄っていたということがわかりました。ムクにごはんをあげに行っていたのだと思います。竹中さんはムクの世話を隣の家の方に頼んでいましたが、愛美はそんなことは知らず、自分がごはんをあげなければムクが死んでしまうと思っていたのかもしれません。保健室から出て行ったことがばれると私に叱られると思っていたのか、いつも一人でこっそり行って、十分ほどで戻っていたそうです。私は何も気付いてやれませんでした。ママを待っているあいだ何をしていたの? と訊くと、愛美はいつもいたずらっ子のような目で私を見てから、お姉ちゃんたちに遊んでもらった話をしていました。あれは何か隠し事をしている目だったのに、もっとちゃんと話をすればよかった。そうすれば、愛美を一人でプールに行かせることもなかったかもしれないのに。

 愛美の死は私の保護者としての監督不行届が原因です。学校でこのようなことを起こしてしまい、みんなの心に少なからず衝撃を与えてしまったことを本当に申し訳なく思います。あれからもうひと月以上経つというのに、明け方いつも、布団の中で手を伸ばし愛美を捜してしまいます。眠るとき、愛美はいつも身体のどこか一部を、私にくっつけていました。意地悪して離れると、眼を閉じたまま手探りで私を捜し、手を握ってやると、また安らかな寝息を立てていました。目を覚ますたび、もうどんなに手を伸ばしてもあの柔らかい頬やふわふわの髪に触れることはできないと気付かされ、涙が止まらなくなるのです。校長に辞職を申し出た際「あの事故が原因ですか?」と訊ねられました。先程も、北原さんに同じ事を訊ねられましたね。確かに、わたしが辞職を決意したのは愛美の死が原因です。しかし、もしも愛美の死が本当に事故であれば、悲しみを紛らわすためにも、そして、自分の犯した罪を悔い改めるためにも、教員を続けていたと思います。ではなぜ辞職するのか?
 愛美は事故で死んだのではなく、このクラスの生徒に殺されたからです。
 


 みんなは年齢制限についてどう思いますか? 
 例えば、お酒や煙草は何歳からでしょう、西尾くん。そうです、二〇歳からですね。わかっていれば結構です。二〇歳といえば成人式です。毎年恒例のように、大酒を飲んで暴れる新成人をテレビのニュースで見ることができますが、何故あの人たちはここぞとばかりにお酒を飲むのでしょう? もちろんマスコミがあおっていることが原因の一つでしょうが、もしも『お酒は二〇歳から』という制限がなければ、あそこまで大騒ぎするでしょうか? 飲むことを法律で許されただけで、飲むことを推奨されているわけではありません。にもかかわらず年齢制限は、飲みたいわけではないけれど飲まなくては損という気持ちを煽り立てるのに一役買っているのではないでしょうか。だからといって、制限がなければ酔っぱらって学校に来る生徒もいるかもしれません。この中にも、制限なんてまったく無視して、親戚のおじさんに勧められてお酒を飲んだことのある人もきっといるはずです。行動を個人の倫理観に委ねるというのは、やはり、理想でしかないのでしょうか。
 何が言いたいのかわからない?

 

続きは本書にてお楽しみください