行くはずだった旅

 

 パスポートをめくって、出入国記録のスタンプの日付を確かめてみるまでもない。ラスヴェガスでこの原稿を書いたのは、東日本大震災からちょうど二年後の春だった。ふるさとの福島で原発がメルトダウンした時、アメリカ行きの航空券を持っていた。ハンター・トンプソンが『Fear and loathing in Las Vegas』を書いたちょうど40年後、LAに住んでいる友人たちと一緒に、コーチェラで行われる音楽フェスティバルへ行く予定だったのだ。使わなかった航空券の有効期限は二年間だった。震災から二年後、同じ友人たちと、ネバダ核実験場に近いエリア51と、マンザナー日系人強制収容所で行われた慰霊祭を訪ねた。二年前に行くはずだった音楽フェスティバルが行われているのを知ったのは、LAに着いてからだった。1951年から約40年間にもわたり1000発近い核爆弾が落とされた広大な実験場と、切り立ったシエラネヴァダ山脈の麓に白い慰霊塔が立っている収容所跡地は、かつてゴールドラッシュで知られたアメリカでいちばん気温が高く乾燥した不毛の地デスヴァレーで隔てられている。ハンター・トンプソンがLSD(とその他もろもろ)でぶっ飛び続けた挙げ句に書いた『Fear and loathing in Las Vegas』を、自ら「60年代ドラッグ・カルチャーへの醜悪な墓碑銘」と言ったのはよく知られた話だが、「A Savage Journey to the Heart of the American Dream」という副題がつけられた原稿をどうしてラスヴェガスで書いたのか。それをほんとうに理解したのは、CIAがエリア51の存在を公式に認めた2013年、カジノと国立核実験博物館が建ち並ぶラスヴェガスを訪ねた時だった。
 

ダイス・イン・ラスヴェガス

 

 ラスヴェガスと聞いて何を思い浮かべるだろう?

 ホテルのネオンがきらめくサンセット大通り。カジノに並んだスロットマシーンやブラックジャックのテーブル。ハンター・トンプソンの『ラスヴェガス71』やジェイムズ・エルロイのクライム・ノヴェルの世界。カネと欲望とセックスにまみれた砂上のパラダイス。リムジンにセレブにVIP。マフィアとドラッグと銃と……。

 どう考えても、やばくて、ぶっ飛んでて、楽しそうなところじゃないか! なのにどうしてこれまで一度も行ってみようと思わなかったのだろう。LAは何度も訪ねているくせに。

 LAに住んでいる友達から届いたメールによると、再開発が進んだラスヴェガスには新しいビルやカジノができて、エントランスのドアの高さが5メートルもある世界最大のクラブまでオープンしたらしい。

 わかったから、はやいところ僕をラスヴェガスへ連れてってくれよ!

 というわけで、羽田から直行便でLAに着いた僕と妻は、友達夫妻の運転する超ゴージャスなリムジンではなくて、もっともラスヴェガスらしくない、エコカーの代名詞であるプリウスを飛ばして、サンセット大通りに面したホテルのエントランスに乗りつけた。

 友達が予約してくれていた「HOOTERS」というホテルの名をメールで見た時から、そこがどんなタイプのホテルなのか、何となく予想はついていた。まだ明るいうちにチェックインを済ませた僕たちは、プールサイドのバーへ直行すると、巨乳にぴちぴちのTシャツ姿のお姉さんに生ビールを注いでもらっていた。バーのカウンターには、タキシードでもイブニングドレスでもなくて、Tシャツに短パン姿の男どもが群がっている。ほとんどが男の友達同士か、男の恋人同士で、僕たちのような男女のカップルは、数えるほどしかいなかった。目につく女性は、HOOTERSのTシャツを着たセクシーな従業員ばかりなのだ。

 まあ、これはこれでアメリカンな感じだけれど、自分が想像していたラスヴェガスとはちょっと違うんじゃないのか? そう思いながら、二杯目のビールを飲み干すと、僕はプールに浮かんでいる友達に言った。

「メイト! はやいところ、ラスヴェガス巡りに繰り出そうぜ!」

 サンセット大通りのクソ暑い日差しの下を歩きながら、僕はマカオを訪れた時のことを思い出していた。

 マカオのカジノの売り上げがラスヴェガスをとっくの昔に追い越したことぐらい、ここを訪れる前からわかってはいた。今やマカオにも、ウィンやヴェネチアンといったラスヴェガスのカジノが進出しているどころか、その売り上げは数倍の規模なのだ。

 しかし、同じカジノのメッカでも、マカオとラスヴェガスではかなり雰囲気が違う。マカオにも改装されたリスボアのような、巨大な宇宙船のごとき奇抜な建造物や、金色に輝くラスベガスとそっくりのウィンズの建物があるのだが、カジノルームの入り口には金属探知機のゲートが設けられ、VIPルームのお得意様は、億単位のお金を賭けるチャイニーズのハイローラーだ。大航海時代にポルトガルが築いた古き良き町並みを見物しにやってくる観光客と、空港からカジノへ直行するギャンブラーは、ほとんど相入れない人たちだった。

 それがマカオのマカオたる所以ゆえんなのだが、ここは自由の国アメリカの中でも、いちばん自由な街、ラスヴェガスだ。ホテルのロビーや通りに面したバーはもちろん、ガソリンスタンドやコンビニエンスストアにまでスロットマシンが置いてある。しかもその横にはATMまで設置してある。ラスヴェガスに来てギャンブルをするなというほうが無理な話なのだ。

 ラスヴェガスの特徴は、ギャンブルの垣根の低さだけではない。この町には、はりぼてのスフィンクスもあれば、巨大なピラミッドの形をしたホテルも、ミニチュアにしてはかなり大きなエッフェル塔も、ニューヨークの摩天楼もそろっている。言ってしまえば、街じゅうがディズニーランドのようなところなのだ。その街に、週末になると世界中から数万人の客が集まってくる。

 超のつくような高級ホテルのカジノでも、タキシードにイブニングドレス姿の紳士淑女のすぐ横を、Tシャツに短パン姿の男どもが闊歩していたりする。バーで気取ったカクテルを飲みながらでも、水着姿でプールにつかったままでもギャンブルができるのは、僕が知る限りラスヴェガスだけだ。次のカジノを探して水着のままでサンセット大通りを歩いていても、せいぜい歩道にたむろしている大道芸人と間違えられるぐらいで、誰も驚きはしないだろう。いっそのこと、すっ裸でリムジンから堂々とおりてくるぐらいおバカなほうが、大歓迎されるような街なのだ。

 というわけで、僕と妻は、友達夫妻と一緒に、行きあたりばったりにホテルのカジノをのぞいては、人寄せのために設置してある背丈ほどもある巨大なスロットマシーンをぶんまわしたり、直径1メートルはある巨大なルーレットを覗き込んで目がまわったりしているうちに、まだ明るい時刻だというのに、僕の財布はもう、すっからかんになってしまっていた。

 なあに、別に現金など持っていなくても気もすることはない。ここはラスヴェガスだ。クレジットカードとATMがあれば、すべてこと足りるに決まっているじゃないか。

 マシーン相手の運試しにもいい加減飽きてきた頃だった。思いきってブラックジャックのテーブルに座った僕は、目の前にカードを出されてから気がついた。

 カードをもう一枚引くか、引かないかの仕草がわからない。

 この手の仕草には、ラスヴェガスにはラスヴェガスなりの決まりがあるはずだ。しかも、機械相手のスロットマシーンと違い、目の前に立っているのは制服を着たディーラーなのだ。これでは一見さんだとバレバレだろう。 

「YO! メイト」

 と言いながら、助けを請うように背後に立っている友達を振り向くと、さすがに事情を察した様子で、近くのテーブルをざっと見渡してから、僕に向かい人差し指と中指を上向きにつき立てて、こっち、こっち、という仕草をしてみせた。

 考えてみれば、ブラックジャックは次のカードを引くか引かないかだけだ。ディーラーへの合図は指先だけで事足りる。

 テーブル越しにまたディーラーと向き合うと、僕に向かって満足げな顔で微笑んでいる。

 一見さんだろうが、こっちは客で、ここはラスヴェガスのカジノなのだ。テーブルに置かれたカードを手に取ると、背後から友達がディーラーの近くに立っている制服姿の男に言った。

「喉渇いたから、ビール持ってきてくれる?」

 制服姿の男が答える。

「かしこまりました」

 おいおい、いくらなんでも調子に乗りすぎだろう、と思って次のカードを引くかどうか迷っている間に、すぐにビールが運ばれてきた。

 友達が言うには、ラスヴェガスでは、ギャンブルで金を使えば飲み物ぐらいはただで出してくれるらしい。大金を使うほどサービスもアップして、ハイローラーのお得意さまともなると、ホテルの部屋代ぐらいはただになる。どうりでリムジンが通りを走りまわっているわけだ。などと思いつつ、カードを引きながらビールを一杯飲み干す間に、100ドル分のチップがあっさりなくなっていた。

 ここはちょっと目先を変えてだ、マカオのように大博打をしているハイローラーを捜してみようじゃないかということになり、別のホテルのフロアをうろついていると、ひと目でそれとわかる人たちがテーブルを囲んでいる一画があった。ポーカールームだ。

 柵に囲われたスペースでテーブルを囲んでいるのは妙齢の大人ばかりで、笑顔を浮かべている者など誰一人いなかった。さすがにここだけは、素人が割って入れるようなところではない。それに、そもそもポーカーなんて、ラスヴェガスまできて、わざわざやるようなゲームじゃないだろう。何かこう、もっとみんなで馬鹿騒ぎして盛りあがれるような遊びはないのかよ?

 またぞろ通りを歩いて別のホテルのカジノへ行ってみると、何やら人が群がり歓声をあげてる台があった。近づいてみると、サイコロじゃないか! 

 そういえば、マカオでも散々負け続けた挙げ句、最後に損を取り戻したのは、サイコロ、つまりダイスだった。

 これならいけるに違いないと思い、横幅3メートルぐらいのテーブルを眺めてみたが、いろんな数字や模様が細かく並んでいて、どこにどう賭ければいいのかまったくわからない。

 マカオのダイスはサイコロが三つだがベガスでは二つだ。マカオではディーラーか機械がサイコロの目を出すが、ラスヴェガスでは客がサイコロを投げる。「クラップス」と呼ばれているらしい。テーブルに描かれた細かい文字や数字を眺めながら、僕は友達に尋ねてみた。

「で、どこにどう賭ければいいわけ?」

 友達はスマートフォンを取り出すと「クラップス」をグーグルで検索してくれた。出てきた英語の説明に目を走らせたが、何ひとつ理解はできなかった。

 しばらくゲームを見ていてわかったのは、一投目で7が出れば仕切り直し。出なければ7が出るまでどこかの数字に賭け続ける。7が出たところでゲームオーバーで、次の人にサイコロ投げの順番がまわってくる、ということぐらいだった。

 スロットマシンやブラックジャックとは違い、クラップスではサイコロを投げるのも客だから、ディーラーの腕は勝敗に関係ないし、スロットマシンのように運だけでもない。

 とりあえず見よう見まねで、ほかの人と同じ場所にチップを置いて何度かトライしてみたが、僕も妻も友達夫妻も、スピードが速すぎて何が起きているのかまったく把握できない。チップは取られるばかりで一向に勝てないのだ。友達がスマートフォンで調べてはあれこれ教えてくれるのだが、最初にかけるのがパスライン、途中から参加するならカム、という最も初歩的な仕組みを理解した頃には、100ドル分のチップがきれいさっぱりなくなっていた。

 それからタクシーを拾ってダウンタウンのほうまで足を延ばした僕たちは、オールドスクールなカジノの雰囲気に浸ったり、はたまた現代美術の装飾のような五つ星ホテルのロビーを渡り歩いたりした挙げ句、真夜中過ぎにはなんとか無事にHOOTERSのベッドに倒れこんでいた。

 翌朝、やけに早く目を覚ましてしまった僕は、ホテルに設えてあった机に座ると、ちょうど置いてあったボールペンを手に持った。ホテルの便せんに、何か原稿でも書いてみようとしたが、すぐに思い直してペンを置き、ラスヴェガスに来た多くの人がするはずのことを実行した。財布やズボンのポケットからATMのレシートを取り出して、机に並べて眺めてみた。前日の負けを数えてみたのだ。500ドルだって! てっきり300ぐらいかと思っていたのに……。

 レシートをゴミ箱に放り投げた。どこのカジノのどんなギャンブルについても共通しているのは、たいていの場合は客が負ける仕組みになっている。数学的確率からいっても、胴元が勝つようにできているのはあたりまえだ。

 もちろん、ごく一握りだが、大勝ちする人はいる。しかし、ギャンブルが投資と違うのは、勝つのは才能や技だけではない。経験や知恵だけでもない。結局のところ、ついているか、ついてないかだけだ。そう頭ではわかってはいるのだが、ゴミ箱に放り投げた500ドルのレシートを見ていると、かなり悔しい気分になってきた。

 またボールペンを手に取った僕は、ホテルの便せんにこう書いてみた。

「人間は自ら好き好んで損をする、世にも珍しい生きものである」

 それから、自分の書いた文章を何度か読み返してみた。いや、ちょっと待てよ。これは本当に真実なのか? 確かに間違いではないのだが、逆もあってしかるべきだろう。でも逆っていったいどういうことだ?

 などと考えながら、便せんの上にボールペンをまっすぐにたててみた。どっちに倒れるかを当ててみようと思ったのだ。

 1回目=右=あたり。

 2日目も右=あたり。

 3回目は左だろうと思ったが、なんとまたもや右に倒れた! 僕はしばらくボールペンと自分の指先と文字の書かれた便せんを見比べていた。

 確率が五分五分ならば、3回目はいくらなんでも左だろう。いや、3回ではそもそも断定できないが、何回やろうが同じことだ。外れたのは僕が左だと考えたからだ。もし僕が何も想像しない犬ならば、3回とも当たっていたかもしれない。

 さっきの文章の下に、別な一行を書き加えてみた。

「犬はそもそもはギャンブルをしない。だから損もするはずがない」

 二つの文章を読み直してみた。そして僕は、「何も考えずにただ賭ければいいだけである」という、おそよ脈略も根拠もないが、直感的に正しいと確信できる結論にたどり着いたのだった。

 ここはラスヴェガスだ。クラップスの細かいルールなど、この際知らなくてもいい。何も考えないのだから。でも、見栄えとハッタリとタイミングはかなり重要だろう。

 バスルームの鏡の前で頭をグリースでオールバックに固めた僕は、スーツケースからとりだしたアイロンのかかった真っ赤なシャツを着て、クロームハーツのサングラスをかけると、部屋の鏡に映った自分の姿を眺めてみた。

 完璧だ。

 そしてもうひとつひらめいた。

 英語も日本語もやめて、フランス語でいこう。

 僕はまだベッドで眠っている妻を起こさないようにそっと部屋を出た。

 そのままエレベーターで一階におりて、人もまばらなロビーを見渡した。

 やったぜ。いるじゃないか!

 閑散としたロビーに置かれたクラップスの台で、目を真っ赤に充血させた二人のTシャツ姿の中年男がダイスを振っている。どこからどう見ても徹夜に間違いない。

 僕が黙って近づいていくと、女性のディーラーは疲れた顔でちらっとこっちを見ただけだった。

 日曜日の朝にダイスを振っている二人の中年男の方は、僕など眼中にないようだ。手元には数千ドル近いチップが置いてある。それを無造作にテーブルに置いては、ダイスを振り続けていた。昨日からいくらつぎ込んでいるのかは知らないが、二人ともまだまだやる気満々だった。しょうがなく付き合っている様子のディーラーを見て、僕はこう確信した。

 日曜の朝のカジノは、すでにしこたまもうけている。

 しばらくテーブルのそばに立ち、サングラス越しに様子をうかがっていた僕は、何回目かのゲームが終わり、二人のオヤジが賭けたチップを細長い棒でごっそりかき集めているディーラーに言った。

「ボンジュール」

 それから100ドル札を一枚クラップスの台に置いた。

 ディーラーが黙って100ドル分のチップを細長い棒でこちらへ滑らせてくる。

 さっきとは別のおっさんがサイコロを振りはじめたが、僕はしばらく何もしないで立っていた。ゲームの途中で、ディーラーが呆れたような顔で僕に言った。

「カムしないの?」

 頭の中で自分につぶやく。

「僕は英語はまったくわからない」

 ディーラーがさっきの棒でカムのところを指している。

「ここにチップを置くんだよ」

 頭の中で自分につぶやく。

「犬は何も考えない」

 言われるままに50ドル分のチップをカムに置いた。

 徹夜のおっさんがダイスを投げる。

 2-6の8。

 別なおっさんがどこでもない場所にコインを積み重ねるのを真似して、残りの50ドルを追加で置いた。

 ゾロ目の8=勝ち

 200ドルのチップが戻ってきた。

 すかさず100ドル分をパスラインに置いた。

 徹夜の別のおっさんがサイコロを投げる。何回投げても7は出ない。もうひとりのおっさんはゾロ目にばかり賭けている。6の数字の上に僕のチップが積みあがる。ルールは全くわからないが、500ドル分のチップが返ってくる。

 二人のおっさんも、疲れ切ったディーラーも、僕には目もくれようとしなかった。ものすごい速さでゲームが進むので、ついていけずに一投目をパスしてカムに適当にチップを置いた。

 一投目で倍になって戻ってくる。

 ディーラーがコインを掻き集め、不審そうな顔をこっちへ向けた。

 徹夜のおっさんがサイコロを投げると、勢い余ってサイコロがクラップスの台から外に飛び出してしまった。

 やり直し。

 しばらく様子を見ていたがなかなか7が出ないのでまた適当にカムに置いた。

 ビンゴ!

 1000ドル。

 こっちを振り向いたおっさん二人と目があった。

 僕はサングラスをかけている。

 フランス語しか喋れない謎の東洋人だ。

 何も言葉を交わさない。

 思い切って1000ドルのチップをテーブルに置いた。

 一発で負けた。

 コインを掻き集めたディーラーが、代わりにサイコロを僕の方へよこした。

 次にサイコロを振れってことか? 冗談じゃない。

「オーボワ」

 とフランス語で挨拶をして、僕は残りのチップを抱えてテーブルを離れた。

 そのまままっすぐ換金所へ向かう。ピン札の100ドル冊が五枚あるのを数えながら、結局トントンか、と思った。

 クラップスのテーブルを見ると、二人の親父はまったくやめる気配もない。

 もしあと二、三回ついていれば、この旅行の費用ぐらいは稼げたかもしれない。いや、1500ドルになったところでやめておけばよかったのに、と僕はようやくあれこれ考えはじめていた。

 部屋に戻ると妻はまだ眠っているようだった。タオルを持って一階におりると、さっきの二人はまだサイコロを投げ続けていた。

 まだ人の少ない朝のプールでジャグジーにつかっていると、何も知らないはずの妻がプールサイドをこちらへ向かって歩いてきた。僕を見おろしながら妻が言った。

「朝早くから一人で何やってたのかしら?」

 妻は僕が部屋にいないので、カジノですっからかんになっていないか心配していたらしいのだ。

「そら大儲けに決まってんだろ!」

 とおどけてみたが、妻はハナから信じていないようだった。

 それからしばらく、二人でジャグジーにつかったまま考えていた。ラスヴェガスの歴史には表と裏の顔がある。エリア51まで帰りに友達に連れていってもらおう。ラスヴェガスはそもそも、原爆投下実験が行われたミサイルレンジや、エリア51として知られるネリス空軍基地のすぐ近くにできて、第二次世界大戦後に発展した、アメリカの巨大な核施設の目くらましのような、はりぼての街なのだ。その街で、自分の財産をすべて失う人も珍しくない。サンセット大通りを少し裏に入ると、カジノですっからかんになったルーザーが住んでいる安アパートが並ぶ通りまであった。この街を動かしてきた原動力は、カジノと軍産複合体のカネと核の力なのだ。

 僕は青空の下でジャグジーにつかりながら、薄暗いロビーでまだサイコロを投げ続けている二人の姿を眺めていた。
 

(第1回・了)