広島市の市街地にある鉄板焼き『ひなたぼっこ』の店主・小日向向日葵。彼女の店には、お仕事・家族・将来のことなど、問題を抱えたお客がやってくる。向日葵が提供するのは、心も胃袋も満たす極上の広島グルメ。悩める人々に寄り添ううちに、向日葵自身もまた、己の抱える問題と向き合う勇気をもらい……。
美味しい広島料理にお腹も心も満たされるハートフルグルメ小説の読みどころを書評家・松井ゆかりさんのレビューでご紹介します。


■『広島鉄板焼き屋ひなたぼっこ ただいま貸し切り、お悩み解決中!』田井ノエル /松井ゆかり [評]
飲食店の店主が人情味あふれるキャラとして描かれがちなのはなぜだろうとずっと思っていた。現実には無愛想だったりお客さんとトラブルを起こしたりする人も見かけるけれども、人間にとってなくてはならない食というものを支える料理人には、食べさせる相手に愛情や思いやりを持っていてほしいという気持ちは確かにあると気づいた。本作の主人公であり、鉄板焼き店『ひなたぼっこ』を切り盛りする小日向向日葵もまた、悩んでいる人々を放っておけないタイプだ。
正確に言うと、『ひなたぼっこ』の店主は向日葵の母・菊美である。しかし、菊美は膝を悪くしてしまっており、向日葵の現在の肩書きは店長代理。彼女はもともと旅行代理店で働いていたのだが、コロナ禍で会社が倒産してしまったため、実家を手伝っていたのである。リハビリが順調に進んだ菊美は現在世界一周の旅に出かけているので、いずれは店を継ぐつもりの向日葵が、訪れるお客さんたちにおいしいものを食べさせつつ彼らの悩みを聞いているという活躍ぶりだ。「本当に、お客さんを家族だと思っている」母がそうしているように。
プロローグから向日葵の至れり尽くせりなホスピタリティがうかがえる。学生時代には空手に打ち込み主将も務めた彼女を慕って店にやってきたのは、幼馴染で空手部の後輩にあたる竹下亮吾(マイ最推しキャラ)。甘いものと可愛いものが大好きな青年なのだが、筋骨隆々で恵まれた体格で周囲から恐れられることが多い。お洒落なカフェなどに気軽に入店することができない亮吾のために、向日葵は腕を振るう。鉄板焼きのお店でもフレンチトーストのような立派なスイーツを提供できるのだなと同じく甘い物好きの私までうれしくなったし、亮吾のことを思ってメニューを工夫した向日葵の細やかな心配りも素敵だなと思った。
ご当地アイドル活動と勉強の両立に励みながら自信を持てずにいる紅葉(向日葵の従妹)や、先輩社員からパワハラを受けて思い詰めていた会社員・椿など、読者も常連客の誰かしらには「共感できる!」と思えるのではないか。中でもキーパーソンとなるのが、お洒落としてレディースのファッションを身につけている男性・喜久間桂斗。彼は機会あるごとに向日葵への好意を示しているのだが、彼女はそれを常にはぐらかすような素振りを見せている。
理想の自分と現実の自分の間に隔たりがない人は、ほとんどいないだろう。「人間、ないものばかりが欲しくなる」という向日葵の心の声に、思わずうなずかされた。他者の悩みに対して思いやり深さを見せる向日葵だが、彼女自身もまたつらさを抱えていることが物語の後半で明らかになる。そのため、恋愛に対して臆病になっていた向日葵が、自分のことも大切にできるようになっていくのも読みどころのひとつ。ずっと常連客を支えてきた向日葵が今度は彼らに助けられるという、一方通行では終わらない関係性にもぐっときた。
広島が数々のおいしい名産品で有名な土地であることは言うまでもない。県外の人間としてはつい椿と同じように「広島風のお好み焼き」と言ってしまうのだけれども、「広島の人間は、わざわざお好み焼きを区別しない。こっちがお好み焼きだ」というスタンスに、向日葵の広島県人としての誇りが感じられた。随所でカープへの愛が語られているのも、いかにも広島ならではという印象で微笑ましい(向日葵はもちろんカープファン)。
著者の細やかな描写によって、『広島鉄板焼き屋ひなたぼっこ』では登場人物たちの心優しさも食べ物の味わい深さも、さらには広島という土地の魅力も楽しめる一冊となっている。人と人とがわかりあおうとすることやしっかりおいしく食事することの大切さが、しみじみと心に響いた。