今月のベスト・ブック

装画=宝積一蔵
ブックデザイン=鈴木成一デザイン室

『ぼくらが夕闇を埋めた場所』
松樹凛 著
双葉社
定価 1,870円(税込)

 

 九月は新鋭作家たちの力作が揃った月だった。その中でもベストを選ぶとすれば松樹凛『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)だろう。松樹は2021年に「射手座の香る夏」で第12回創元SF短編賞を受賞し、同作を表題作とする短編集で2024年にデビューする。このような経歴を持つゆえにSF作家だというイメージだった。だが本書を読めば松樹がミステリ作家としても卓越した力の持ち主であることが分かるだろう。

 

 表題作は第79回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した作品だ。「穴を掘ってほしいの、と星野さんはぼくに言った。」という一文から同編は始まる。語り手である中学生の“ぼく”は同級生の星野さんに、小さな山の麓にある釣り堀の跡地に呼び出される。そこには星野さんがおり、その傍らには人一人分の大きさの何かがブルーシートに包まれて置いてあった。星野さんは“ぼく”に「ゲームをしない?」と持ち掛ける。シートに包まれたものを埋めるための穴を掘るまでに、星野さんが〝ぼく〟を呼び出した理由を言い当てること。ただし答えを言えるのは3回まで、と星野さんは“ぼく”に言うのだ。

 

 主要登場人物はわずか2人という限られたシチュエーションの中で、推理が展開するごとに物語が大きく反転する過程がスリリングで良い。“ぼく”と星野さんの学校での様子を描く回想も時おり挿まれ、推理とともに2人の関係性の描き方も深まっていくという、青春小説としての読み応えも備えており、隙の無い一編である。

 

 表題作だけでもたいへんに満足な出来なのだが、本書はそれだけに留まらない。青春小説の常道と見せかけて捻りに捻った展開を用意する「カフェオレ色の恋をした」を始め、1編目とはまた異なる形でミステリの巧みな技法を織り込んだ物語が3篇も待ち受けているのだ。各編の内容に踏み込み過ぎるとネタばらしになるので書かない。ミステリとしての練り込まれた企みが、青春小説としての鋭い読み味にしっかりと結びついている、ということは言えるだろう。松樹にはもっとミステリを書いて欲しい。

 

■睦月準也『月下の盤』

 

 睦月準也『月下の盤』(早川書房)も新鋭作家の2冊目に当たる本だ。第14回アガサ・クリスティー賞を受賞したデビュー作『マリアを運べ』(同)はギャビン・ライアル『深夜プラス1』を彷彿とさせる冒険小説だった。次はどのような物語を書くのか、と思っていたら本作は何と一人称私立探偵小説だった。

 

 物語の設定も同ジャンルに属するものとしては相当に変わっている。私立探偵の“私”は素性の分からない依頼人から「ゴウダトオル」なる人物を捜索する仕事を受ける。「ゴウダトオル」について分かっているのは名前と、滞在している場所が老舗高級ホテルの「東亜ホテル」らしいということ。しかも、その「東亜ホテル」はあと4日で閉館するのだ。

 

 私立探偵小説といえば主人公が都市内をあちこち歩き回る、というイメージを抱く人は多いだろう。だが本書の場合はホテル内にほぼ舞台を限定し、その狭い中で繰り広げられる人間模様を手繰り寄せながら“私”は調査を行うのだ。この発想がまずユニークである。そこにタイムリミット型のスリラー、更には本格謎解きミステリの要素を盛り込んで一気読みさせるのだ。ミステリファンにとっては特にこの謎解きの要素に惹かれるだろう。一人称という形式を最大限に生かしたフェアかつ緻密な謎解きが目玉の一つと言っても過言ではない。古き良き私立探偵小説の主人公たちを思い起こさせる語り口も魅力的だ。まさかこんな作品を書く作家になるとは。

 

■九能式尚『名探偵の君へ』

 

 新人のデビュー作では九能式尚『名探偵の君へ』(新潮社)を紹介しておこう。第12回新潮ミステリー大賞優秀賞受賞作で、600頁弱に及ぶ大作だ。

 

“僕”こと岩崎理人はエラリー・クイーンを崇拝する作家志望の大学生だ。理人は聴覚障害を持つ斑猫キリカと共に、怪しげなバイトに参加するため巡島という孤島を訪れる。そこには月形源一郎という特殊な催眠術を研究する大学教授が持つ館が建っていた。館に着いた理人たちは月形教授から催眠実験に4日間、協力して欲しい事を告げられる。その奇妙な実験の最中、惨劇が起きるのだ。

 

 エラリー・クイーンに聴覚障害と聞けば、ミステリファンは名探偵ドルリー・レーンをすぐに思い出すだろう。そう、本書はクイーンの生み出した名探偵レーンへのリスペクトが込められた小説になっている。本書では斑猫キリカが探偵役となって孤島で起きた難事件を解き明かそうとする。だが、ハンディキャップに対する周囲の偏見や無理解が障壁となり、キリカと彼女のワトスン役を務める理人は様々な困難を味わうことになる。孤島ものというミステリの遊戯性に満ちた舞台だからこそ、聴覚障害者の抱える現実が却って鋭く突き刺さるものとして描かれているのだ。謎解きミステリとしても意欲的なアイディアを詰め込んでおり、デビュー作としては十分の読みごたえである。それ故に先述の通り、作品全体はかなりのボリュームになっている。だが、この題材とミステリを掛け合わせた時にしか描けないことを深く追究し、書けるところまでとことん書いてみようと試した結果であると受け取ることも出来る。厚さに見合う熱量があるのだ。