今月のベスト・ブック

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装幀=アルビレオ

『残火』
辻堂ゆめ 著
東京創元社
定価 2,200円(税込)

 

■東野圭吾『永遠の記憶』

 

 2026年7月27日、東野圭吾が同年7月23日に逝去したとのニュースが流れた。ジャンルファンの枠を越え、ミステリ読者の裾野を広げ続けた巨人であることは改めて言うまでもないだろう。訃報の数日後、8月5日に『永遠の記憶』(文藝春秋)が発売された。これが東野にとって106番目の作品であり、最後の著作となる。帯などに書かれたキャッチコピーは「ガリレオ、最後の謎」。

 

 本稿が公開されるのは2026年9月10日なので、既に多くの方が同作を手に取っていることだろう。それでも未読の方に予断を与えてしまうことはなるべく書きたくない。ここでは二つだけ、大事だと思うことを伝えておくに留める。一つは東野圭吾が最期まで本格謎解きミステリ作家であり続けた、ということだ。東野の作風は多岐に亘るが、その中でも謎解きを主眼としたミステリは後年まで創作の中心にあったのだと思う。例えば2023年に発表された『あなたが誰かを殺した』(講談社)を読んでも、企みに満ちた推理小説を書こうという意気込みに溢れているのが分かるだろう。『永遠の記憶』は“ガリレオ”こと物理学者の湯川学が探偵役として登場するシリーズ作品だ。本作で披露される推理は恐ろしくシンプルだが、それ故に読者の心に響くものになっている。もう一つはミステリとして1作ごとの企みに精魂を傾けつつ、自身の作品を好きになってくれた読者へのサービスを常に怠らない作家だった、ということだ。『永遠の記憶』もまた然りである。いや、サービスという言葉では軽すぎるな。東野から読者へ向けた、誠意あるメッセージが込められた作品だと言っておこう。とにかく東野圭吾は最後まで東野圭吾だった。この言葉を以って追悼の意を表したい。

 

■辻堂ゆめ『残火』

 

 気を取り直して新刊の紹介を続けたい。2026年8月は人間の罪と罰、あるいは社会的な倫理を問う重厚な作品が揃った月だった。その中でもベストに推したいのが辻堂ゆめ『残火』(東京創元社)である。大藪春彦賞を受賞した『トリカゴ』に出てくる森垣里穂子刑事が再登場する長編で、本作で森垣は高尾署の強行犯係に勤めている。そこで森垣は夫が行方不明になったという3組の家族からの訴えに対応する。この3組の家族は14年前に起こった産院放火殺人事件の被害者遺族で、彼らは《被害者遺族の会TOWA》という団体を結成していた。捜査の結果、間もなく湊川潤という若い男性が逮捕される。湊川は産院放火殺人事件で犯人として捕まった人物の息子だった。彼は遺族の男性3人を誘拐し監禁したことは認めるものの、監禁場所については一向に口を割らない。代わりに森垣に語るのは、彼の記憶の中にある脈絡のない物語だった。

 

 森垣たち警察側が展開する必死の捜査と、湊川によって監禁された男たちの様子が並行して描かれていく。前作『トリカゴ』でも警察捜査小説としての丹念な展開が目を引いたが、本作ではそれに加えて切迫感に満ちたスリラーとしての読み心地が用意されている。どの登場人物も喉元に刃を突きつけられている思いでもがく。読者の誰もが地獄の業火に焼かれるような気持ちで物語の行く末を見届けるに違いない。

 

 前作『トリカゴ』は作者が社会的な問題を取り入れた小説の書き手として注目を集めていく切っ掛けにもなった作品だ。『残火』で描かれるのは犯罪の加害者家族と被害者家族の問題である。犯罪によって親族の命を奪われた者たちの悲しみや憎しみは深い。だが、とつぜん犯罪者の身内となってしまった加害者家族もまた、やり場の無い思いを抱きながら人生を送らなければいけない。単純に割り切ることの出来ない問題を、辻堂は謎解きミステリとしての鋭利なアイディアと共に読者へ投げかけてくる。その鋭さは、前作『トリカゴ』以上に突き刺さるものになっていると断言して良い。謎解きの手掛かりを物語に溶け込ませる技巧や、容赦の無い展開で最後まで圧倒する構成なども素晴らしい。現時点における辻堂ゆめの到達点である。

 

月村了衛『機龍警察 漆黒社会

 

 日本社会のみならず、国際社会を覆う暗部と対峙する小説としては月村了衛『機龍警察 漆黒社会』(早川書房)も忘れてはいけない。凶悪かつ大規模な犯罪に立ち向かう「警視庁特捜部」の面々を描く〈機龍警察〉シリーズの最新長編にして、「シリーズ第一部完結篇」と銘打たれた作品である。

 

 暴風雨で荒れ狂う対馬海峡において、海上保安庁は一隻の不審船と交戦状態になった。戦闘の末に海上保安庁は不審船を制圧するが、その船から一つのコンテナが海へと流れ落ちる。そのコンテナに詰め込まれていたのは、年端もいかぬ子供たちの死体だった。国際的な人身売買の痕跡であるが、そこにはかつて特捜部と因縁があった本川製作所の関与が見られた。

 

 幼い子供を犠牲にする人身売買という、唾棄すべき国際犯罪に端を発しながら、特捜部の捜査はやがて複数の勢力を巻き込んだ事態へと膨らむ。作中では特捜部の宿敵である香港黒社会大幹部・クワンの視点も交え、まさに暗い世界の現実が語られていく。更に警察捜査や諜報戦、〈機甲兵装〉や銃火器を使った活劇など娯楽要素を総動員しつつ、シリーズを追い続けてきた読者の心を激しく揺さぶる展開を用意するのだ。覚悟して読むべし。