今月のベスト・ブック
装画=こより装幀=菊池祐
『最後の皇帝と謎解きを』
犬丸幸平 著
宝島社
定価1,760円(税込)
京極夏彦の『猿』(KADOKAWA)は正直、本欄で取り上げるかどうか迷った作品である。粗筋紹介が非常に難しい上に「何故これをミステリの文脈で評価できるのか」という点を説明しようとすると、核心に踏み込まなければいけない部分も出てくるからだ。それでも大変に奇妙で、魔術のような魅力で読ませる小説には違いないので、ネタばらしにならない程度に紹介しよう。
といっても、粗筋として書ける情報はほんの僅かである。主人公は松永祐美という女性で、疎遠になっていた曾祖母である外田のうが亡くなったということを再従姉である棚橋芽衣から知らされる。のうは岡山県にある祢山村という土地に住んでいたという。ところがインターネットで検索してもヒットせず、グーグルマップで探しても地名が出てこない。唯一の親族である祐美と芽衣は、地図に出てこない祢山村へ向かうことになる。
「えっ、お話はこれだけなの」と思われる方も多いだろう。はい、お伝えできる粗筋はこれだけです。というのも『猿』という小説は祢山村へと登場人物たちが向かう場面に頁数を費やしているからだ。先ほど紹介した通り祢山村は地図にも載っていない変な村であり、この村に関して祐美や芽衣たちが色々と会話を交わしていく。実はこの部分に読者はミステリとしての興趣を感じるはずだ。具体的にどこが、については書かない。〈百鬼夜行〉シリーズのような読み味にも通ずる点があって楽しめる、とだけ伝えておこう。ちなみに『猿』は雑誌『怪と幽』に掲載された分に書下ろしを加える形で刊行された。『怪と幽』、つまり恐怖小説の専門誌に連載されていた小説なのだ。従って本書はミステリ読者だけではなく、恐怖小説の読者に対しても刺さる要素が備わっている。これも具体的にどこが、というのは伏せておく。現代の恐怖小説を堪能する人々にとって興味深い思索が込められている、とだけ言っておこう。
というわけでジャンル横断的な魅力を持った作品としては『猿』を推したいところだが、真正面のミステリとしては犬丸幸平の『最後の皇帝と謎解きを』(宝島社)を今月のベストとして挙げておきたい。同書は第24回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作、つまり新人のデビュー作である。
舞台は1920年の中国、清朝が滅亡し廃帝となりながらも溥儀が紫禁城に居座っていた時代だ。語り手を務める水墨画の絵師・一条剛は“ある理由”から溥儀の帝師として雇われ、紫禁城内に出入りするようになる。清朝復権の機会を狙う溥儀は傍若無人な振舞いで、当初は一条も心の中で反感を抱いていた。だが紫禁城内で起こる不可解な出来事の謎解きを通じて、溥儀と一条の関係は次第に変化していく。
揺れ動く近代中国史を題材に取りながら、15歳という思春期真っ只中の溥儀と日本人青年の交流を丁寧な筆致で描いた、歴史ミステリにして青春ミステリの味わいを持つ作品である。感心したのは連作形式で各編の謎解き小説としての趣向がそれぞれ異なり、かつ推理の構築に細かい配慮がなされている点である。例えば第1章「傍若無人の廃帝」は正統的な真相当てに挑んでいるのだが、謎を解くための手掛かりがフェアに組み込まれているだけではなく、この舞台設定だからこそ成し得たロジックで提示される部分に好感を持った。第2章「画竜点睛を願う者」では水墨画を巡る所謂“日常の謎”に近いものが描かれる。第1話における正攻法のフーダニットとは雰囲気ががらりと変わるのだが、物語全体を通してみると実はその趣向の切り替えにもしっかりとした意味があることが分かるのだ。つまり各編において手掛かりの提示やロジックの構築に気を配りつつ、選んだ題材や舞台設定に見合う謎解きの趣向を無駄なく盛り込んでいる作品なのである。この細やかさ、逆算して組み立てる力は今後もミステリ作品を書いていく上で作者にとって大きな武器になるはずだ。どこか軽やかさも備えた視点人物の語りが物語への取っつき易さを生んでいるなど、謎解き以外の部分も工夫が施されている所も評価したい。
新人による謎解きの構築に感心したところで、謎解きミステリのベテランによる匠の技を覗える短編集を紹介する。東川篤哉『じゃあ、これは殺人ってことで』(光文社)は、著者がデビュー時より書き続けている〈烏賊川市〉シリーズの最新作だ。メインキャラクターの1人である私立探偵の鵜飼杜夫を始め、シリーズの登場人物はほぼ例外なくどこか間が抜けていて、それが描かれる事件や謎解きにもおかしな形で影響を与えているのがシリーズの特徴である。製菓会社社長の叔父の命を狙う男の犯罪を描いた表題作がその好例で、犯人側の行動を描く倒叙推理を笑いに満ちた物語に変えてしまう手腕はお見事。もちろん笑いだけではなく、本格謎解きミステリとして明快かつ鮮やかなアイディアを描いてみせるところも毎度ながら素晴らしい。人をおちょくったようなロボットの造形が愉快な「博士とロボットの密室」でも「その角度から攻めるのか」と思うアイディアが繰り出されて楽しい1編だ。謎解き小説における“ある趣向”を変則的な形で提示してみせた「李下に冠を正せ」など、実は細かいところで実験的な試みをしている点も良い。熟練工による逸品を堪能している気分になる。



