今月のベスト・ブック

装画=サイトウユウスケ
装幀=大岡喜直(next door design)

『そして物語のおわりに』
小松立人 著
東京創元社
定価2,200円(税込)

 

 2026年の2月と3月は館ミステリの量産時期だった。先月本欄で紹介した井上悠宇『予言館の殺人』(KADOKAWA)をはじめ、『抹殺ゴスゴッズ』(早川書房)で昨年再注目を集めた飛鳥部勝則の『封鎖館の魔』(星海社)や(他媒体で詳しく取り上げたので本欄では名前のみ記すが)信国遥の『未館成の殺人』(光文社)など、ベテランから新鋭に至るまでこぞって館ものの謎解きミステリを発表していた。ついでに言えば『小説現代』2026年3月号ではHuluオリジナル「時計館の殺人」配信記念特集で青崎有吾などが館ミステリ短編を寄せ、更に翻訳ものではロス・モンゴメリ『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』(村山美雪訳/角川文庫)など、国内ミステリの単行本のみならず各所で館ミステリが盛り上がっていた印象だ。何か特別な要因があるわけではなく偶発的なものだろうが、“館”がいつの時代もミステリ作家の想像力を刺激することを示しているのだろう。

 

 時評欄の務めとしてミステリ界全体の概況を伝えたところで、今月のベストブックとして紹介する小松立人『そして物語のおわりに』(東京創元社)も館ミステリである。

 

 医学生の張田雅之と友人の久郷一は、手漕ぎのボートに乗ってとある離島を訪れる。張田のアルバイト先である居酒屋の店長、柏谷幸男が離島にある屋敷へ2人を招いたのだ。幸男の父である柏谷高視は大手ゼネコンの会長を務める資産家で、毎年クリスマスの前後に家族や友人を屋敷に集めて過ごすのが習慣になっていた。屋敷に集められた人々が一堂に会する食事の場で、高視は自身が病によって余命いくばくもないことを告げる。その翌朝、2つの死体が島内の池から発見される。

 

 このように紹介すると、本書は館ミステリと呼ばれる作品の中でも非常にオーソドックスな部類に入ると思われるかもしれない。その通り。舞台となる屋敷は豪華ではあるが特別に凝った構造をしておらず、孤島そのものも曰くありげなスポットがあるわけでもない。主人公となる張田と久郷も皮肉めいたジョークを交わす以外は尖った個性を与えられているわけでもなさそう、という具合に、一見すると奇を衒ったところが無いパズラーのように本書は受け取れる。

 

 だがプレーンな舞台設定などとは裏腹に、描かれる事件は極めて異様だ。敢えて詳細は書かないが、猟奇的な光景が広がっているということはもちろん、何故そのような状況が作り出されたのかという不気味さがずっと尾を引くような形で描かれているのだ。この感覚は終盤に展開する怒濤の解決編においても同様である。一言申し添えておくと、本書はフェアプレイに配慮した謎解きミステリであり、無数の伏線が随所に張られている。特に重要な手掛かりが提示された時には、その巧妙な隠し方に舌を巻いたものだ。にも拘らず、謎解きが披露されている最中でも歪な物語を読まされているという気持ちが拭えず、最後の頁まで辿り着くことになるのだ。この量産時期に書かれた館ミステリには派手なギミックや特異な設定を凝らしたものも多かったけれど、本書は正統的に見えて異端の存在感を放つ作品だったといえる。

 

 2冊目に紹介する南海遊『檻神館双極子殺人事件』(星海社)も題名の通り館もののミステリ。こちらは探偵小説のギミックを初手から読者に突き付けて大いに期待を膨らませる。

 

 というのも、本書の舞台となる檻神館には暗号めいた碑文が残されているのだ。館の先代当主である折上真一郎は館に「神を閉じ込めた」という言葉を残しており、製鉄業で財を成した折上家の隠し財宝を探す手がかりが碑文の中に隠されているのではないか、という噂が一族の間ではあった。亡くなった現当主の娘である折上燕は帝国大学校での親友である華族令嬢の竜尾院絢子に相談する。絢子は西洋のパズルが得意であるため、燕は彼女に碑文の暗号を解いて欲しいと頼むのだ。だが檻神館で絢子を待ち受けていたのは、不可解な状況下で発見された死体だった。

 

 本書は日本の大正期を思わせる時代が舞台となっているが、史実とは違う架空の大正日本となっている。だが謎解きそのものは非常に正攻法だ。先ほども書いた通り本書は本格探偵小説でお馴染みのギミックやガジェットをふんだんに盛り込み、真っ向勝負で読者へ勝負を仕掛ける。作中で起きる事件は傍目からは相当に入り組んだものに見えるのだが、それがするりと解ける瞬間が書かれており、謎解き場面に爽快感があるのだ。「僕はね、この国で最初の本格Mystery作家になるのさ」と告げる海外帰りの青年、綾城創志を始め登場人物の個性も際立っており良い。アイディア満載の充実度が高い1作だ。

 

 館ミステリの話ばかりをしていると少々息苦しくなる気もする。ここは少し違う空気を吸おうということで、最後に井上先斗『ノーウェア・ボーイズ』(KADOKAWA)を紹介したい。町田を舞台に、若者たちの過去と現代が鮮烈に交差する青春小説の要素が色濃いミステリである。長編第2作『バッドフレンド・ライク・ミー』(文藝春秋)で細密な都市描写と登場人物の青春模様を効果的に重ね合わせる技量を見せた著者だったが、その力は本作でも発揮されている。青春小説として真っ直ぐな書き方に好感を持った。