今月のベスト・ブック

装画=ナナカワ
装幀=bookwall

『犯人はキミが好きなひと』
阿津川辰海 著
ポプラ社
定価1,870円(税込)

 

 恋愛の要素を絡めて探偵小説としての構造を歪ませる試みは、古今東西あらゆるミステリ作家が挑んできたことの1つである。その系譜に突飛な発想を加えてみせたのが阿津川辰海『犯人はキミが好きなひと』(ポプラ社)だ。今月のベストはこの作品である。

 

 物語の主人公は瀧花林と幣原隆一郎という幼馴染のコンビである。花林が探偵役となって学校内外で起きる事件の謎を解いていく連作短編集、と聞くと、何の変哲もない学園青春謎解きミステリに思えるだろう。だがこの連作、1つ特殊な要素が用意されている。隆一郎は「好きになった女性は、必ず何らかの犯罪に関与している」という特異体質の持ち主だったのだ。名探偵に憧れる花林は隆一郎の特異体質を利用し、彼の周辺で発生する事件の謎解きに興じていく。

 

 好きになった相手が必ず事件の犯人になる、という刑事ドラマなどでは昔からあるお約束の展開を本格謎解きミステリの連作に仕立てたのが本作である。読み心地は軽やかでコミカルな部分はあれど、各編で書かれている謎解きの技巧は過去の阿津川作品同様、非常に手が込んでいるものだ。ここでは具体的な内容に踏み込まず、本作の美点を列挙していきたい。まず1つは趣向の多彩さである。「好きになった人が犯人」という、ある意味で縛りが設けられている本作では一見すると謎のバリエーションを作り出すのが難しいように思われる。だが作者はこの縛りを逆手に取って、多様なパターンの謎解きを複数生み出すことに成功しているのだ。2つ目の美点は先行作品に対するリスペクトである。本作には有名な先行作を想起させる短編が幾つか含まれているが、それを隆一郎の特異体質という特殊条件と組み合わせることによって先行作で使われていたロジックに新たな捻りを加えているのだ。3つ目はいわゆるラブコメと呼ばれるタイプの物語におけるベタな舞台設定や人物造形を使いながらも、謎解きの趣向と掛け合わせることで、これまた捻った展開を用意して楽しませることだ。謎解きミステリ好きとラブコメ好き、双方とも満足できるような物語作りを成し得たことに拍手を送りたい。

 

 先行作品の趣向に新たな捻りを、と話したが、その意味では井上悠宇『予言館の殺人』(KADOKAWA)も読み逃せない作品だ。

 大学生の相馬慎司の元に、赤城花蓮というゴシックドレス姿の少女が現れる。花蓮の養父は赤城蘭堂という推理作家で、13年前に不可解な連続殺人が起こった“予言館”と呼ばれる館の現在の持ち主でもあった。蘭堂は霊能者を集めて13年前に起こった事件の謎解きを行う予定で、そこに慎司も招待したいというのだ。実は13年前の事件で慎司の両親は亡くなっていたのだが、慎司自身は事件当時の記憶をほとんど失っていたのだ。

 

 題名にある通り、本作では予言が重要な要素として物語に絡んでくる。だが物語の大部分を占めるのは館に集った霊能者を含む登場人物たちによる、過去の事件を検証する場面である。つまり本作はアガサ・クリスティーが『五匹の子豚』などの作品で好んで用いた、いわゆる“回想の事件”と呼ばれる形式で書かれるミステリなのだ。しかも、この“回想の事件”形式を進めるにあたって、作者はとある現代的な意匠を凝らして読者の興味を引き付ける。それだけではなく物語の折り返し地点を過ぎたあたりからクリスティー作品とは別の、某有名古典を彷彿とさせる趣向へと移り変わっていくのだ。本作が良いのは「別の某有名古典を彷彿とさせる趣向」が出てきた以降の展開にも、極めて現代的な謎解きの有り様が示されている点である。ネタばらしになるので詳述は避けるが、本作の状況設定だからこそ成立し得る推理の進め方に目を瞠る、とだけ言っておこう。

 

 物語の後半でミステリとしての読み味が変わる点では久永実木彦『雨音』(KADOKAWA)を挙げておきたい。「黒い安息の日々」で第78回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した作者による、初の長編作品。

 

 本書の序盤で描かれるのは奥石大学で起こった銃乱射事件、いわゆるスクールシューティングと呼ばれる類の犯罪だ。黒いペストマスクを被った男がとつぜん校内に乱入し、所持したショットガンやアサルトライフルで次々と人々を殺傷したのである。後に〈瘦せ烏〉と呼ばれるようになる犯人は警察との銃撃戦の末に死亡したが、計31名が殺害される日本史上類を見ない無差別大量射殺事件として社会を騒然とさせる。語り手である“ぼく”ことスミヒコは奥石大学の映画同好会に所属していたが、そのメンバーも射殺事件の犠牲者となってしまう。事件の生き残りとなったスミヒコは、事件関係者の証言を集めたドキュメンタリー映画を撮ろうと決める。

 

 悲劇の背景にあるものを視点人物がインタビューの形式で追っていくという事件小説の体裁で本作は表面上成り立っている。小説の途中からは“ベニ”と名乗る不思議な魅力を持った女性がスミヒコの前に現れ、重苦しい中にも青春小説の要素が清涼剤のように入り込んでくる。だが、そうした本作の印象が一変する瞬間が後半にやってくるのだ。そこから先の展開は読者の心を鋭く突き刺すと同時に、暴力に塗れた世界へ如何に対峙すべきかという問いを投げかけてくる。