今月のベスト・ブック

装画=タケウマ
装幀=坂野公一(welle design)

『犯人は現場に首だけ戻る』
倉知淳 著
実業之日本社
定価 2,200円(税込)

 

 2026年の夏は高水準の短編集が相次いでいる。荒木あかね『おむこさんは殺人鬼』(文藝春秋)、阿津川辰海『少女は殺人の夢を見る』(新潮社)、真門浩平『終着駅で待ち合わせ』(東京創元社)と、デビューから10年以内の俊英たちが力作を発表する一方、キャリアを重ねたベテランによる円熟の技が冴える短編集が多かったことにも注目したい。なかでも倉知淳『犯人は現場に首だけ戻る』(実業之日本社)における緩い笑いとエッジの効いた謎解きの組み合わせには参った。これを今月のベストに推そう。

 

 同短編集のテーマはずばり「切断された死体」の謎である。体の一部が不自然に切り取られた死体が出て、「なぜ犯人はわざわざ手間をかけて切ったのか?」という切断の理由が問われる話は謎解きミステリではお馴染みだが、この「なぜ切る?」という謎がメインに据えられた短編ばかりを集成しているのだ。しかも描かれる事件の状況はいずれも常軌を逸している。表題作は強盗殺人が発生した民家の門柱に、犯人と思しき人物の生首が置かれているのが発見されるという話だ。2編目の「かゆいところに手が(もう一本分)届く~腕ヲ切ル者~」では、車に撥ねられた後で右腕を切断された死体が登場する。しかも切られた腕は死体の腹部に載っていたという。何の為に犯人は腕を切り取ったのか。

 

 このような具合に、余りにも奇妙な死体を巡るホワイダニットが各編で展開していく。「異様な死体」テーマの作品は一歩間違うと異常性ばかりを強調した、リアリティのない謎解きが出来上がってしまう恐れもあるのだ。だが同書にはそのような不自然さは全く感じられない。作者は異常さの裏側で人間心理の細やかな流れを緻密に組み上げ、「これしか無いだろう」と思わせる真相を提示してみせる。解決篇における説得力の強さに感嘆する謎解き短編集なのだ。収録作中の白眉は「悪事千里を(片方の足で)走る~足ヲ切ル者~」だろう。絞殺された上にナイフが胸に突き立てられ、おまけに切断された足がご丁寧にもズボンの中に収められているという、作中で最も不可解な死体の謎が描かれる。切断の動機を扱ったミステリとしては読者の盲点を上手く突いており、かつ異様さと現実味を絶妙な匙加減で合わせた人間心理の描写には目を瞠るものがある。

 

 同書で探偵役を務めるのは折本光一と久世敬太郎というフリーライターのコンビだ。彼らは警察が民間人に1日、捜査体験をさせる「非正規雇用捜査官」として現場に臨み、体験レポートの提出を課されている。奇抜な探偵役の設定が作品全体にとぼけた味わいを出すとともに、推理にワンアクセントを加えている点も見逃せない。

 

乾ルカ『神の代役 HBD調査鑑別室』

 

 理由を探るミステリ短編集としては乾ルカ『神の代役 HBD調査鑑別室』(ポプラ社)も必読だ。といっても同書は殺人犯の動機を当てる小説ではない。この作品で描かれる日本では「ZPウイルス」と呼ばれるものが存在し、このウイルスに抗体を持つ者はHBD(抗体誘発型体内雷撃死)という、過度な悲痛により心肺停止を引き起こす現象に襲われる可能性を有していた。同書の作品世界では悲しみが人を死に至らしめるのだ。本書の主人公である一ノ瀬美羽は北海道にあるHBD調査鑑別室に新卒社員として配属される。一ノ瀬は主任社員の四方田ら鑑別室のメンバーと共に、HBDによって亡くなった人々の絶望の理由を調べていく。

 

 つまり本書は死因特定、それも「どのような悲しみが人を死に至らしめたのか」というミステリ史上においても非常にユニークな理由探しの謎解きを集めた連作短編集なのだ。当然ながら人間が悲しみを感じる理由や引鉄は千差万別であり、他人が容易く分け入ることは出来ないセンシティブな領域でもある。だが同書の主人公達は真摯に死者たちの心と向き合い、死の理由を探そうとする。ホワイダニットとしての意外性も混ぜつつ、人間心理を優しく繊細に捉えようとする筆致に心を揺さぶられる。ともすればアイディアの異様さだけが際立ってしまう恐れもあるが、上手く使い新たな沃野を切り拓いた作品として記憶したい。元劇団子役だったという一ノ瀬を含め、個性的な鑑別室メンバーそれぞれを掘り下げる群像劇としても秀逸だ。

 

東川篤哉『夜の喜劇 東川篤哉短編集』

 

 東川篤哉『夜の喜劇 東川篤哉短編集』(東京創元社)は、作者が雑誌やアンソロジーに発表したノンシリーズの短編を集めた1冊。〈謎解きはディナーのあとで〉シリーズなどユーモラスなレギュラー探偵が活躍する作品のイメージが強い東川だが、本書は初のノンシリーズ短編集になる。

 

 冒頭の「鳥越さんは立派な被害者」は、容姿は良いが中身はクズ男の主人公がうっかり婚約者を刺してしまい、思わぬピンチに陥るというもの。東川が得意とする捻くれた倒叙ものの1つで、登場人物が置かれる変な状況に思わず笑ってしまう。ユーモアだけではなく切れ味の鋭い論理で魅せる場面も用意されており、油断のならない1編だ。4編目の「暮林紅子の誤算」は密室を使った犯行計画を企む若手女性俳優が主人公を務める。同編もドタバタとしたコメディ調の中に機能美を感じさせるミステリのアイディアが込められている。ユーモアあふれるキャラクターだけではない、謎解きの技巧で魅了する良質の短編ばかりが収まっているのだ。