今月のベスト・ブック

装画=中村ユミ
装幀=岡本歌織(woven tale)

『猫鳴く森で謎解きを』
楠谷佑 著
ポプラ社
定価 1,980円(税込)

 

 2020年代のホラーブームではミステリとホラー、双方のジャンルを融合というか侵食し合う作例を多く見かけるが、その有り様もブームが続くにつれ多様化しているように思える。

 

 例えば黒木あるじ『おしら鬼秘譚』(KADOKAWA)。もともと黒木は実話怪談作家として活躍していたが、2024年の『春のたましい 神祓いの記』(光文社)でミステリとしての仕掛けに富んだ連作短編に挑んでいる。実話怪談の領域から作家としてのキャリアを出発させた黒木が、ホラーブームの最中でミステリの領域へと活躍を広げた点は注目に値するだろう。今回の『おしら鬼秘譚』も民俗学的な要素を取り入れたホラーでありつつ、ミステリの興趣を物語の柱に据えて読ませる作品になっている。“おしら鬼”と呼ばれる木彫りの像がもたらす怪異に見舞われたタウン誌の編集者が、〈鬼を招く男〉と綽名される風変わりな学芸員・獺川玄一郎とともに“おしら鬼”の正体に迫る、という話だ。「怪異が本物か偽物かという些末な二元論は、却って安易な禍々しさや表層的な怪しさを助長してしまう」と唱える獺川は、真偽の向こう側にある土地の人々の声を捉えようとする。民俗学的探究の純粋空間に生きるような人物を探偵役に据えたことで、ミステリの興趣も色濃い伝奇小説と成り得たのだ。獺川とは正反対のスタンスをとる胡散臭い呪物マニア・摩訶原など、癖の強いキャラクターで魅せる部分も良い。

 

 今年1月に刊行された朝宮運河『日本ホラー小説史』(平凡社新書)では1970年前後に起こった異端文学ブームについて言及がある。このブームには小栗虫太郎『黒死館殺人事件』や夢野久作『ドグラ・マグラ』といった所謂“奇書”と呼ばれる戦前探偵小説への再注目も含まれていたが、そうした作品群への敬愛と挑戦を込めたのが倉野憲比古『ナッハツェーラーの城 或いは最後の〈奇書〉』(中央公論新社)だ。本作に登場する倉賀野影比古は、『黒死館~』や『ドグラ~』に比肩しうる“奇書”を自分も書きたいと願う小説家である。特に彼が敬愛するのは「最後の奇書」と謳われる未完の原稿『ナッハツェーラーの城』を残して失踪した御霊神矢という作家である。『ナッハツェーラーの城』を書き継ぎ完成させることを思い至った倉賀野は、御霊の一族が住んでいる畸幻館へと向かう。だが、館で倉賀野を待ち受けていたのは、あまりにも陰惨な連続殺人事件だった。

 

 吸血鬼伝説のモデルの舞台を彷彿とさせる館、敢えて露悪趣味に踏み込んだ描写、謎めいた断章の数々などなど、確かに本書はかつて“奇書”と括られた古の探偵小説を蘇らせんとする趣向に溢れた小説である。特徴的なのは著者自身を彷彿とさせる倉賀野をはじめ、登場人物たちが“奇書”や本格探偵小説に対置される“変格探偵小説”などの議論に興じる場面が挿入される点だ。先行作品に対する分析と、そこから更に新奇的な試みを行う姿勢はかつて“新本格推理”と呼ばれた作品群にも実は通ずる。著者は〈新変格探偵小説〉の書き手を自ら標榜しているようだが、なるほど、確かに“新変格”と称したくなる気持ちも分かる。

 

 と、ホラーブームの話題から“奇書”の話まで広げてみたが、今月のベストにはむしろ正攻法の本格謎解きミステリを挙げておきたい。楠谷佑『猫鳴く森で謎解きを』(ポプラ社)である。

 

 本書は『ルームメイトと謎解きを』(ポプラ文庫)に続く、兎川雛太と鷹宮絵愛(エチカ)の高校生コンビが活躍するシリーズの第2作だ。ボランティア部の部長に誘われた雛太とエチカは、“猫と会えるキャンプ場”が売りの南本キャンプ場を訪れる。2人が通う霧森学院と、その他の県内の高校から生徒が集って1泊2日のボランティアキャンプが開かれるのだ。人間には不愛想だが動物好きのエチカはキャンプ場を悠々と歩く猫たちにご満悦の様子。ところが集った高校生たちの人間関係には何やら穏やかならぬ空気が漂っていた。そしてキャンプの2日目、参加者の1人が他殺体となって発見される。

 

 軽やかな文体と可愛い猫たちが歩き回る舞台にとっつき易さを感じるだろうが、物語の核となるのはあくまでシリアスな正攻法のフーダニットである。まず巧いと思うのは事件が発生する中盤までの展開だ。一見すると平穏な夏休みの光景から不穏な人間模様が徐々に浮かび上がってくる筆致が見事で、特に派手な展開は起きないのにサスペンスを醸し出しているのだ。この辺りの手付きは、『白昼の悪魔』や『死との約束』といった、旅行先で集った人間のドラマを物語前半にたっぷりと描くアガサ・クリスティー作品を彷彿とさせる。そして中盤以降における、推理の美しさもこれまたお見事。ここはエラリー・クイーン作品、特に〈国名〉シリーズにおける手掛かりを基にしたロジカルな謎解きを存分に味わうことが出来るのだ。1つの手掛かりから論理を積み重ねることで犯人が1歩ずつ絞られていくという、消去法推理の美学がこの作品にはある。雛太とエチカが謎解きを進める上で浮かんでくる、登場人物たちそれぞれの繊細な青春の風景も胸に沁み込んでくるものがある。謎解き小説としても青春小説としても極めてシンプルかつ端正でありながら豊饒、つまり物語として完璧ということだ。