今月のベスト・ブック
カバー画像=馬場先門通り(東京名所)〈生田誠コレクション〉
装幀=泉沢光雄
『分裂蜂起』
佐々木譲 著
集英社
定価2,640円(税込)
今月は大ベテラン、ベテラン、新鋭の順に3冊を紹介したい。まず紹介するのは1970年代から冒険小説の旗手として活躍し、2020年代以降も新たな趣向を取り入れた警察小説や活劇小説に挑む大ベテラン、佐々木譲の『分裂蜂起』(集英社)である。『抵抗都市』『偽装同盟』に連なる歴史改変警察小説の第3作にしてシリーズ完結編が今月のベストだ。
このシリーズにおける日本では日露戦争時にロシア帝国に敗北したことになっており、講和条約で外交権と軍事権をロシア側に委ねていた。日本とロシアは「二帝同盟」という形で表向きは軍事同盟を結んでいたが、それは実質的にロシアの属国になっていることを隠す欺瞞に過ぎない、というのが物語内の基本設定である。ところが第3作『分裂蜂起』では日本とロシアの関係に変化の兆しが表れ始める。日露戦争終結から12年後の1917年、二月革命によってロシア帝国が消滅したことにより、それまでロシア側が掌握していた軍事指揮権が日本に引き渡されるなど、支配関係が変わり始めたのだ。もし日露戦争に日本が負けていたら、という歴史改変SFの要素から同シリーズは始まったわけだが、そこから更にロシア革命という史実を合わせることによって、属国としてその影響を受けざるを得ない日本の変化まで描くという、ダイナミックな大河小説の様相が最終作において前面に現れた。
物語の舞台だけではなくシリーズの主人公で、日露戦争出征時に傷を負った警視庁特務巡査の新堂裕作が追う事件も一筋縄ではいかない展開を見せる。古い戦傷を持つ男性の死体が市ヶ谷濠に浮かんでいた事件に興味を抱いた新堂は捜査を始め、革命の影響が波紋のように及ぼうとする東京を歩き回る。第2作に続き堅実な捜査小説のスタイルで読者を牽引しつつ、ミステリとしての読み味が転調する部分で一層、物語に引き込ませる手際が見事である。同時に国家の有り様がどのように個人を翻弄していくのかという現代にも通ずる光景を浮かび上がらせ、物語は最高潮の盛り上がりを見せていく。これまで作者が過去作で培った技法がすべてつぎ込まれた、3部作の掉尾を飾るに相応しい作品だ。
お次は湊かなえの新作『暁星』(双葉社)である。衝撃的なデビュー作『告白』の出版版元である双葉社から刊行する長編ということで、ミステリとしての企みに満ちた入魂の1作となっている。が、企みに満ちているが故に明かせないことが多く、版元側も帯やカバーにあらすじを一切入れず、目次の入れ方にすら工夫を凝らすという徹底ぶりを見せている。したがって、本稿でも必要最低限の情報を紹介するだけに留めておく。
本書の冒頭に書かれているのは、ある高校で起こった文部科学大臣の刺殺事件だ。式典に出席中の大臣に向かって突然、男が飛び出し刺したのだ。男の名は永瀬暁といい、大臣と深いつながりがあるという宗教団体「世界博愛和光連合」に対して恨みがあるため、と犯行動機を供述していた。
以降は逮捕された永瀬暁が週刊誌に掲載する手記の形式で物語が進んでいく。冒頭を読んだ人はみな、現実に起こった大事件を連想するだろうが、作者は読者の予想を遥かに超える様な虚構の世界へと誘っていくのだ。なるほど今回の作品はこういう驚きで読ませるのか、と思っているところへ更に驚くべきことを作者は小説の途中でやってのける。どのようなことなのかはもちろん言えないが、仕掛けが現れたところから『暁星』という作品は真価を発揮する、ということだけは伝えておこう。極めて技巧的な小説だ。
最後は新鋭の1冊。床品美帆『降り止まぬ雨の殺人 京都辻占探偵六角』(東京創元社)はミステリーズ! 新人賞受賞作家の2作目にて、初の長編謎解きミステリである。
本書に登場するのは床品のデビュー短編集である『431秒後の殺人』でも主役を務めた法衣店の主・六角聡明と、カメラマンの安見直行だ。六角聡明は法衣店を営む傍ら、失せ物を見つける探偵業のようなことも行っており、六角の失せ物探しにワトスン役として友人の安見が関わる、という形で『431秒後の殺人』は書かれていた。シリーズ2作目である本書は、森沢レミという女性が7年前に事故で死んだ妹の遺品である日傘について、その本当の持ち主を探し出して欲しいと六角たちが依頼されるところから始まる。レミの周辺では日傘を盗もうとした泥棒が現れたり、妹によく似た不審者が家の周りをうろつくなど、不穏な出来事が起こっていた。
前作は物理トリックを中心にした所謂ハウダニットの謎解きが印象深かったが、本作では依頼人の小さな困りごとを追ううちに事件の構図が広がっていくという、私立探偵小説的なプロットがしっかりと備わっていて読ませる。六角と安見が目の前に現れた疑問に対して丹念に解いて1歩ずつ進んでいくので、物語が停滞している印象を全く受けないのだ。もちろん著者の持ち味であるハウダニットの要素もきちんと用意されており、本格謎解きミステリ好きへの目配りも抜かりはない。著者の描く物理トリックは日常的な空間に根差すリアルな感覚があり、奇想天外というより納得感に溢れたトリックを生み出している点が良いのだが、本書でもそれは発揮されているのだ。



