敗戦後も中国大陸に取り残され、国共内戦に動員された日本兵たち。彼らに下された密命は、チベットで消息を絶った一人のアメリカ人科学者を捜し出すこと。祖国に捨てられた兵士たちの最後の戦いが始まる。
「小説推理」2026年10月号に掲載されたライター・大矢博子さんのレビューで『炎陽を撃て』の読みどころをご紹介します。


■『炎陽を撃て』上田早夕里 /大矢博子 [評]
〈終戦〉とは何なのか。終わらない戦争の中で理不尽に抗う姿を描いた、圧倒的熱量の反戦小説
一九四七年六月。敗戦から二年近くが経つにもかかわらず、日本軍司令部と中国国民党軍の密約のため、加藤道雄軍曹はいまだ中国の山西省で共産党軍と戦っていた。
そんな時、坂木少尉と名乗る男が加藤に特命を言い渡す。軍事機密を持ったままチベットで行方不明となったアメリカ人科学者を捜索・奪還せよというのだ。このミッションを終えれば日本に帰れるという約束だけが支えだったが、事態は思わぬ方向に……。
チベットの首都ラサまでの旅の様子に、まず心を奪われた。ラバとともに進む狭い崖の道や湖畔での野営。振る舞われるバター茶。だが、雄大な自然や牧歌的な場面に酔うことはできない。彼らが持つ銃火器や血腥い体験の描写が、読者を現実に引き戻すのだ。そして彼らが捜すアメリカ人の持つ軍事機密が何であったかが明かされたとき、上田早夕里が何を書きたかったのかが、とてつもない熱量と重量を持って胸に迫ってきた。ああ、そこにつながるのか──。
八月十五日に戦争は終わっても、心に刻まれた戦争はいつまでも消えないという厳然たる事実がここにある。ここに登場する元日本兵たちはもちろんのこと、戦勝国であるアメリカ人兵にとっても、戦争はさまざまな傷を残したのだ。
なぜ殺し合わなければならないのか。彼らを「敵」と認定したのは誰なのか。著者持ち前の迫力あるアクションシーンや手に汗握る展開を楽しみながらも、頭の片隅にずっと悲しみや憤りが居座る。これはかつてない視点からの骨太な反戦小説だ。
ある人物が言う。「もう二度と、末端にいる人間を粗末に扱うような組織からの命令は信用しない」「戦争をせずに世界の均衡を保つのが政治家の仕事だろう」
戦後八十年を過ぎた今だからこそ伝える価値がある、「終わらない戦争」の物語である。いまだ断ち切れない過去に、我々はどう向き合うべきか。本書はあらためてそれを訴えている。