「お金ならいくらでもあるの」と語った彼女

 

 さっきスーパーで買ってきたポンカンが不味くて、いま絶望のどん底にいる。

 やはり高い方を買うべきだった。ほんの百五十円の差をどうして私はいつもケチってしまうのだろう。

 子供たちもとっくに独立し、私の本も少しだが売れ出したので、高い方のポンカンを買うくらいの余裕はある。だけど、子育て期に骨の髄まで染み込んだ節約癖がどうやっても抜けない。

 いつの日か、高い方のポンカンを迷いなくレジカゴに放り込める日が来るのだろうか。

 あと六個もある。甘みも酸味もないから食べたくないが、かといって捨てるのももったいない。

 深い溜め息をついたとき、ふとSさんを思い出した。

 ――私ね、お金ならいくらでもあるの。

 初対面にもかかわらず、Sさんはそう言った。微塵も自慢げではなく、事実を語ったまで、といった風だった。

 二泊三日の「おひとり様限定・北海道ツアー」に参加したときのことだ。私はときどきこういったパッケージツアーに参加する。効率よく回れて楽ちんで、短時間で様々なものを見ることができる。そのうえツアーガイドの説明つきだから、ガイドブックに載っていない当地の裏事情までわかることも多かった。

 バスを降りてラベンダー畑へ行く途中、路上でサクランボが一パック五百円で売られていた。大ぶりの容れ物だったから、かなりの割安感があった。他のツアー客も同じ思いだったのか、誰しもその露店の前で一瞬立ち止まるが、「やっぱり無理だ」という顔になり、しぶしぶ通り過ぎるのだった。

 一人で食べるには量が多すぎたし、今日がツアー最終日というならお土産として買って帰ってもいいが、その日はまだ初日だった。

 ラベンダー畑を見学した帰り道、再びサクランボの露店の前を通った。私はまたしてもチラリと見やり、しつこく燻る残念な気持ちを抱えたまま、何十台もの観光バスが待機する広大な駐車場へと向かった。

 バスに乗り込んで通路を奥へ進んでいったとき、一足先にバスに戻っていたSさんの膝の上を見て驚いた。

「えっ、二パックも買ったの?」

 気づけば声は大きく、そのうえ詰問口調になっていた。

「見て欲しいと思った物はすぐに買うようにしてるの」と五十代と見えるSさんは平然と言った。

「多すぎない?」

「だって私、果物大好きだもん。それに私ね、お金ならいくらでもあるの」

 予想外の返答に、一瞬言葉を失った。

 今まで会ったことのないタイプだった。私にも大金持ちの友人がいるが、Sさんのように臆面もなくそれを披露する人はいない。

 そのあと立ち寄った土産物屋でのSさんの買い方もすごかった。そんなに多くの友人や知人がいるのかと羨ましくなるほどの大量買いだった。

 Sさんが宅配便の伝票を何枚も書き続けている背後を通り過ぎ、私は「白い恋人」の小さいのを数箱と、好物の鮭の昆布巻きを自分用に一つだけ持ってレジに向かいながら、妙な劣等感に包まれていた。

 そのツアーの参加者は二十人ほどで、七十代の女性がほとんどだった。そんな中、五十代後半だった私は若い方だった。Sさんも私を同世代と見たのだろう、気づけばいつも傍にいて、食事のときは隣に座っていた。

「よく旅行するの?」

 私はSさんに、当たり障りのない話題を振った。

「ジムに通う以外することがないから旅行三昧よ。今年のお正月は娘を呼びだして二人でハワイに行ったの」

「年末年始なら高いでしょうね」

「うん、すごく高かった。旅行会社に払った分だけで三百万円もした。私はほら、ビジネスクラスしか乗らないから」

 相変わらずサバサバした言い方だった。

 だけど、どうにも腑に落ちない。お金持ちの奥様然としていないし、かといって高給取りのキャリアウーマンにも見えなかった。

 

 翌日は「十勝千年の森」へ行った。

 ツアーガイドによれば、ここでしか買えないアイスクリームがあるという。珍しい品種の牛で、頭数が少ないからすぐに売り切れるらしい。そんな説明を聞いていたので、早速Sさんと二人で丘の上の店に向かった。

「えっ、一個五百円もするの?」

 Sさんはそう言って驚き、私の方を振り返って「どうする? 買う?」と尋ねてくる。

 それまでの言動からSさんがお金持ちだとわかっていたので、この反応は不思議だった。ハワイ旅行で三百万円以上も使い、飛行機はいつもビジネスクラスで、欲しいと思った物はすぐに買う人だ。

「私は買うつもり。ガイドさんが珍しい牛だと言ってたから」と私は答えた。

 私は日頃から、珍しいと聞けば何でも試してみることにしている。小説の中のどこかのシーンで使えるかもしれないと思うからだ。

 私がアイスクリームを注文し、五百円玉を出してトレイに載せたとき、Sさんは慌てたように言った。

「割引券はどうしたの? さっきガイドさんからもらったでしょう? 失くしちゃったの?」

 そういえばそうだった。バッグの中から探し出して店員さんに渡すと、隣でSさんは満足そうにうなずいた。そして彼女も五十円割引券とともに「私も一つ」と言って買った。

 店を出てベンチに並んで座り、アイスクリームを食べた。

「五百円もするのに、この味はない」と、Sさんはきっぱり言った。

 私のリアクションが遅れると、「ねえ、そう思わない?」と畳みかけてくる。

「うん、まあ確かに○○の方がずっと美味しいとは思うけど」

 私は有名メーカーの名を出した。

「だよねえ、これで五百円は高いでしょ」と、意外としつこい。

 Sさん、あなた、お金持ちじゃなかったっけ。

 ビジネスクラスしか乗らないんだよね?

 だがしかし……と思い直した。いくらお金があったとしても、その商品が適正な価格かどうかを判断する目は大切だ。

 それでもやはり……。

 ――あなたはお金持ちなのか貧乏なのか、いったいどっちなんですか。

 白黒つかず、なんだか落ち着かなかった。

 けれども、アイスクリームを食べ終える頃にはSさんに対する違和感が消えていた。こういったタイプの人間を、どこかで見たことがあると思い出したからだ。

 それは考えてみるまでもなく、私の母だった。

 先日帰省したときのことだ。押し入れの中に、座布団十枚セットが二つあるのを見つけた。

「もうこれ、要らないんじゃない?」

 色あせて古びていたし、これらとは別に、仏間の隅には分厚くて立派な座布団が積み重ねて置かれている。

「確かに要らんな」と母。

「だったら捨てたら?」と私。

「でももったいないしね」と母。

「だけど、もう使わないんでしょう?」

「どう考えても使えへんわなあ」

「だったら捨てればいいじゃない」

「でも、やっぱりもったいないしなあ」

 この会話を何度も繰り返し、気が変になりそうだった。

 母は絶対に捨てようとしなかった。頭では不要だとわかっていても、感情が追いつかないように見えた。まるで身を切られるようなつらさがその表情から窺えるのだった。

 その座布団は、呉服屋に誂えてもらったものだ。都会育ちの人や若い人には馴染みがないかもしれないが、一昔前までの田舎ではよくあることだった。呉服屋で生地を選び、座布団の分厚さや大きさを選んで仕立ててもらう。中身はもちろんポリエステル綿ではなく真綿だ。十枚セットで、いったいいくら払ったのか、尋ねるのも恐ろしかった。

 母だけではない。昭和の時代に高度経済成長期を生きてきた人々は、一億人総成り上がりだ。かつて日本人は倹しく暮らしていて、物を大切にし、壊れたら何度も修理して使っていた。そのときの記憶があるからか、使わなくなったものでも捨てられない。だが高度成長期になって右肩上がりの世の中が続き、収入が倍増したことで買い物が楽しくてたまらなくなり、家の中に物が溢れるようになった。そのうえ使い捨て文化も拍車をかけた。

 だから、捨てられないのに買いまくるといった悪循環が生まれたのだと思う。

 座布団だけではない。実家の二階には、母が買いまくった大量の着物と、納戸にしまいきれないほどの茶道具がある。仕付け糸がついたままの着物を何枚か見つけたときは呆れてしまった。私も姉も着物は着ないし、茶道の心得もない。しまい込まれたこれらの物たちはどうなるのだろう。

 もしかしてSさん、あなたも成り上がりですか?

 親世代同様、ある日いきなりお金持ちになったのではないですか?

 そんな失礼なことを尋ねるわけにもいかないから、ベンチに座ったまま、目の前に広がる美しい森を黙って眺めていた。

「私ね、実家の父を介護するために仕事を辞めたの。それなのに半年もしないうちに亡くなっちゃってね」

 Sさんが唐突に語りだした。どう返事しようか迷っていると、彼女はかまわず続けた。「そのちょっと前に夫が膵臓癌で死んだのよ。以前から腰が痛いって言ってたのに、忙しさにかまけてなかなか病院に行かなくて手遅れだった。それに実家の母は五年ほど前に誤嚥性肺炎で亡くなってね。人間て、ほんといつ死ぬかわかんないね」

「もしかして、欲しいと思った物をすぐ買ったりビジネスクラスに乗るのは、いつ死ぬかわからないから?」

「うん、そういうこと」

「でも、長生きするかもよ。百歳まで」と、私は言ってみた。

「長生きなんてしないよ」と、Sさんは言いきった。

 ジムで鍛えているというSさんは、きびきびと歩き、軽やかに走り、私の何倍も体力があるのは一目瞭然だった。すらりとしていて手足が長くてカッコいい人だった。細身のパンツが似合っていて羨ましい。

「この前の定期健診ではどこも悪いところはなかったけどね、でもいつ交通事故に遭うかもしれないし」

 ――人間いつ死ぬかわからないから今を楽しまなきゃ。

 そういった考えが、夫や両親が次々に亡くなったことで強烈に植えつけられたのだろうか。

「家を二軒とも売ったのよ。今はお気楽なマンション暮らしなの」

 ああ、やっぱりそうだったか。

 遺産が入って、いきなり金持ちになったのだろう。

 聞けば、実家を売り、夫や娘と暮らした家も売り、今はマンションの小ぶりな部屋で一人暮らしをしているという。きっと不動産だけでなく、預貯金などもあったに違いない。夫婦で貯めた老後の資金も一人で使えるし、遺族年金も入る。

 家もきっと高く売れたのだろう。というのも、私と似たり寄ったりの平凡な境遇だと感じていたが、唯一異なる点は、彼女が地方出身者でないことだった。

 私は方言が好きなせいか、微妙なイントネーションの違いに敏感だ。上京して何十年と経つ人でも、アクセントの違いなどで地方出身者だとわかることも少なくない。だけどSさんには訛りが一切なかった。

 つまり、田舎の家ではなく東京の家を二軒売ったということだ。

 そりゃあ大金持ちにもなるでしょうよ。

 人の一生というのは、何歳になっても意外と先が見えないものだ。つい最近までは、五十代にもなれば先が見えてしまい、いまさら後悔したってすべてが手遅れだと感じていたが、それは間違いだった。

 中高年になってから、それまでの生活が一変することは少なからずある。誰かの死によって自由や財産を手にすることもあるし、逆に貧困に陥って精神的にもボロボロになることもある。子供たちが独立したのをきっかけに熟年離婚する人もいる。

 政府も最近になって「生涯未婚率」という言葉を使うのをやめた。以前は、五十歳で未婚なら一生涯未婚だと決めつけていたのだろう。だが、今や五十代以上の婚姻率が上がっている。

 何歳になっても、誰しも何が起こるかわからないのが人生らしい。

 

『行きつ戻りつ死ぬまで思案中』は全3回で連日公開予定