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「……そんな、そんなことって」

 その悲痛な声は、王宮の地下深くの薄暗い霊廟に頼りなく響き、虚しく吸い込まれていきました。

 若き女王には、戴冠式で見せた堂々たる威厳はすでになく、あどけない少女の表情に戻っていました。その顔は青ざめ、唇は激情のあまり震えておりました。

 若き女王にすべてを伝えた図書守は、重苦しい沈黙を守っています。

 図書守とは、そういう役目なのです。この国のあらゆる英知を集めた図書館の主として、その知恵で女王と国を支え、導く存在。時には、残酷な真実を突き付けることになろうとも。

「わたしは、何のために」

 血の宿命。呪われた運命。そんな言葉が、女王の脳裏に浮かんでは消えていきます。

 きらびやかな王冠も、豪奢ごうしやな衣装も、人々の歓声も、一つとして心を慰めるものではありませんでした。それどころか、重苦しくへばりつくかせとしか思えません。

 図書守は、岩のように静かで揺るぎない眼差しを返しました。それで、若き女王は唐突に理解しました。

「そう。あなたも、すべて奪われたのね」

 ようやく吐き出した弱弱しい言葉は、暗い岩壁に吸い込まれて消えていきます。

 何故、自分たちの対話にこの場所が――王族のための霊廟とはいえ、儀式でもない限り誰もめったに寄り付かない地下の一室が選ばれたのか、女王はようやく理解しました。

 図書守は、選ばれたら最後、己の意思で図書館の外に出ることは許されません。それは、生きたまま埋葬されるのと同じことです。

 たとえ女王の血を分けた姉であっても、その定めからは逃れられないのです。

 女王と図書守――同じ王族の娘に生まれながら、なんと数奇な運命をたどることでしょう。妹は女王の座を継いで玉座に上り、姉は図書守の役目を課せられて地下に下る。華やかな暮らしに胸を躍らせていた少女が、地下の暗がりに一生を捧げさせられるとは、なんと残酷なことでしょう。

「仕方のないことよ」

 図書守は、ぞっとするほど冷たい声で答えました。

「それが定めというもの。この命も体も未来も、すべてはこの国のために捧げられる。それが、王族の務め。わたしもあなたも、逃れられない」

 二人のあえかな溜息は、暗い墓場の空気をかすかに揺らすばかりです。

 そうして――どれほどの時が経ったでしょうか。

 

(ページ終わり)

 

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「何故、話してくださったのですか」

 ベネトナシュのささやくような問いに、図書守の老婆はひび割れた唇を吊り上げました。

「これが、あたしの復讐だからだよ」

「復讐」

「すべてを奪われたのは、女王だけじゃない。図書守を命じられたあの時、あたしには恋人がいたんだよ」

 老婆は語り出しました。

 恋人は、王族の娘にはとても釣り合わない低い身分の者でした。周りにはひた隠しにしていましたが、一緒になることを誓い合った仲でした。しかし、図書守の後継に指名されるや否や、恋人の存在はまたたく間に暴かれ、彼は国外に追放されてしまいました。万が一にも未練を残して騒ぎを起こすことがないように。

 そして、瑞々しい恋をしていた少女は、誰にも会うことができず、声を聞くことも許されない墓場に生き埋めにされたのです。最後に、妹と顔を合わせることを許されたのが、せめてもの慈悲でした。

「後継に指名されてから、目が腫れ声がかれるまで泣いて、あたしは諦めた。仕方のないことなんだ。いずれ誰かが引き受けなければならない役目なんだ。それがあたしの定めなんだ。自分に何度も言い聞かせて、受け入れられたと思った。それなのに」

 老婆はベネトナシュを見つめました。

「お前がいるから。女王の復讐そのものであるお前が、ここに存在するから。それなら、あたしの恨みも背負ってもらおうじゃないか。それが、お前の、お前たちの定めなのさ」

 老婆は、まばらになった歯をむき出しにしました。引きつった笑い声が、不吉な地響きのように反響します。

「定め、ですか」

 ベネトナシュは悲しげに呟きました。

 殺し合うことを求められ、刷り込まれた兄たちと姉たち。それを見届けることを強いられる、未だ幼き末の子。

 定めとは、何でありましょうか。

 己の意思と未来を国に奪われた姉妹は、確かに哀れでありました。しかしその復讐のため、同じように奪われようとしている子どもたちこそ、真に哀れではありませんか。

 空気取りの小さな穴から、ひゅうひゅうと甲高い風の音が聞こえてきます。それは、自由を求める悲鳴のようにも聞こえます。

 そして――ベネトナシュは、あどけない唇をうっすらと開きました。

 胸に腹に渦巻く思いを、吐き出すために。

 

(ページ終わり)

 

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 最後の一枚を裏返して、海瀬由埜は顔を上げ、穏やかに言った。

「ありがとう、読ませてくれて」

「……どうだった?」

 司書に聞こえないように声を潜めると、海瀬由埜は、丁寧な仕草で紙束を揃えた。

「とても引き込まれるお話だった。お母さん、お話を書く人だったの?」

「うん……趣味でいくつか書いてたみたい。でもどれも暗い話だよ。おもしろくもないし」

「そんなことないと思うけど……お母さんの反応はどうだった?」

 無邪気な問いに、苦笑いが浮かんだ。

「さあね。その話をする前に、亡くなったから」

「……ごめん」

「別に」

 整った顔で申し訳なさそうな顔をされるとこちらが悪いような気になるし、それにもう、終わったことだ。

「母が亡くなった後に、台所で見つけたんだ」

 葬式をあげてしばらくしてから、キッチンで探し物をしていた時のことだった。収納棚の一番下、古いレシピ本が詰め込まれた段の端に、プラスチックの薄い書類ケースが押し込められているのを見つけた。

 最初は、レシピのメモか何かだと思って、何気なく手に取った。しかし中に収められていたのは、それぞれホッチキスで綴じられた何十枚もの原稿用紙だった。

 母は、何を思っていくつもの物語を書き、ひっそりと隠していたのだろう。聞きたくても、母はもういない。

「これ、お母さんの癖?」

 思考に割り込んできた声にはっとする。

「え、何が」

「原稿用紙の使い方。シーンっていうのかな、それぞれの語りを必ず新しいページから始めてる。前のシーンのあとに余白がたくさんある場合でも、必ず」

 そう言ってぱらぱらとめくられると、確かに、半分以上が白紙のページも少なくなかった。

「……どうかな、気にしたことなかった」

「これって」

 海瀬由埜が何か言いかけた時、館内放送で「蛍の光」が流れ始めた。閉館時間だ。

「……もう時間だね。駅まで一緒に帰らない?」

 紙束を差し出しながら、海瀬由埜はにこりと微笑んだ。

 

 連れ立って図書館を出ると、外は明るかった。夏至に近づくにつれて、日が長くなっている。

 足元に伸びる二つの影は、驚くほど対照的だった。長い髪に、肩掛け鞄を下げ、膝丈までのスカートを揺らす海瀬由埜。少年のようなショートカットにスラックス姿で、大股に歩くわたし。うちの学校は女子校だが、制服はスカートとスラックスの二種類から選ぶことができる。

 わたしは、自分で選んだわけではなかったけれど。

「蔵内さんのお母さんって、どんな人だったの?」

 不意に、隣から質問が飛んできた。

「……どんな人、って、何で?」

「あんなに素敵なお話を書けるなんて、すごいなって思って。前からお話を書いてたの?」

「……そっか。気に入ってくれたんだ」

 口ではそう返しつつも、優等生然とした感想を素直に信じられなかった。本当に、あんな暗い結末の物語を気に入ったのだろうか。

 まあ、母らしいといえばそうかもしれない。母は、めったに笑顔を見せない人だった。思い出すのは、唇をきつく引き結んだ表情ばかりだ。

「……本は好きだったと思う。リビングに置いてあったし」

 リビングにある背の高い収納棚の一角は、母の本棚代わりだった。

「そうなんだ。どんな本を読んでたの?」

「まあ……色々かな。小説とか、話題になった本とか」

 とっさに答えたが、本当はよく思い出せなかった。本が並べられていたのは扉もないオープンスペースだったが、何となく、そこには手を触れてはいけないような気がしていたし、母は本を読む姿を見せなかった。

 ふーん、と海瀬由埜は首を傾げた。

「じゃあ例えば、星の本とかも?」

「え? 星?」

 物語に星なんて出てきただろうか? 戸惑って問い返すと、海瀬由埜はにこりと笑った。

「ううん、何となく思っただけ」

 

 

『暗夜に君と星をたどる』は全4回で連日公開予定