闇の中、どこかから犬の遠吠えが聞こえる。
ああ、今宵は新月だったか……と、空を見上げた青年は、ふとため息をついた。
「早く帰れば良かった……」
明治三十九年、七月のはじめ。すっかり夜は更けているが、まだそこここに昼の熱気が残っているようだ。近くを流れる神田川からは、蛙の鳴き声がしている。
青年の名は、斎木啓吾という。
草臥れたハイカラーシャツに、裾のほつれたズボン、足元は下駄という装いの帝大生である。この日は、銀座にある「毎報社」という新聞社で手伝い仕事をしていた。学生たちの間では、こうした短時間の仕事を、独逸語の「労働」を意味する「アルバイト」と呼ぶのが流行していた。啓吾も人に話す時には「アルバイト」と言っている。仕事の終わりに先輩に誘われ、つい先ほどまで神田の縄のれんで酒に付き合っていた。勧められるままに酒を飲み、ほろ酔い気分で外に出たら、すっかり夜は更けていた。
この調子では、明日の朝には起きる自信がない。
「参ったなあ……」
学費の足しにと始めたアルバイトのおかげで授業を休むとあっては本末転倒。とにもかくにも、一刻も早く下宿に帰って寝たいと思いつつ、足を踏み出す。神田から、湯島の下宿へは歩いて二十分ほど。さほど遠くもない。ゆらりゆらりと人気のない町を歩いていた。
足取りが重いのは、酔っているからだけではない。
下宿に帰っても、一人の部屋で寝るだけだと思うと、何となく帰る気が失せるのだ。
啓吾は昨年末までは、両親と妹と共に浅草近くの長屋に住んでいたが、古びた長屋の取り壊しと共に、家を出た。両親と妹は、谷中にいる母方の伯父の許に身を寄せることになった。当初は啓吾も行こうと思っていたのだが、幼い頃ならいざ知らず、大人が四人で住まうには手狭。この際、大学の近くで下宿をすることに決めた。折よく手頃な部屋が見つかったのだが、こんな時間に帰ったことが寮母に知れれば小言を言われる。このまま路上で寝て、大学に行った方がいいのでは……などと思うのは、やはり酔っているからだろう。
「いかん、いかん」
気を取り直して頬を叩き自らの目を覚まして、再び歩き始めた。
歩くうちに西洋風の鉄橋が見えて来た。三年前に架かったばかりの新万世橋だ。ほんの少し前までは、並んで架かっている石造りの眼鏡橋を「万世橋」と言っていたのだが、そちらは現在、解体工事の真っ最中。砕かれた瓦礫が新万世橋の袂にまで及ぼうとしていた。
「時の流れは早いねえ……」
老成したような独り言を口にしつつ、ゆっくりと新万世橋を渡り始めた。橋の中央には路面電車の線路が通っているが、さすがにこの時間になると電車もなく、人通りもほとんどない。その時、線路の端につまずいて転び掛けて、おっとっと、と何とか堪えた。やれやれと顔を上げる。
「ん……」
目がぼやけているのか、霞んでいるのか。啓吾は足を止め、何度か瞬きをして目の前の景色を確かめる。
鉄橋の上には二人の人影があった。
一人は、車夫。人力車を止めて手前に置いた踏み台に腰かけ、煙草をふかしている。客に待たされているのか、退屈そうである。
そしてもう一人は……男である。装いは黒い着物に、裾を絞った裁着袴。頭は月代のある髷姿で鉢巻を巻いている。戦に赴く侍といった様子だ。顔は血だらけで、深手を負ったのか着物の肩先が破けていた。
明治も早、四十年にならんとする今日、侍姿の男。無論、老爺の中には未だに月代の人がいなくはない。とはいえ……。
異様である。
もう一度、啓吾は大きく息をして、車夫の方を見る。車夫は侍姿の男のことなど視えていないらしい。
視えていたら、少なからず冷静ではいられまい。
「怪力乱神を語らず」。それが君子のあるべき姿であると、論語は言う。つまり、幽霊や悪鬼の類を語る者は君子ではない。ましてや文明開化時代。学士として、時代の先端たる新聞記者を志す者として、あってはならぬものはならぬ。
啓吾は今一度、侍姿の男が視えることを確かめて、思わず天を仰いだ。
「またか……」
あれは、人ではない。
だが、今更、叫び声を上げたりはしない。なぜなら啓吾にとってこの手のことはさほど珍しいことではないからだ。
初めてこうした怪異を目にしたのはいつであったろう。幼い頃からの日常だったので、はっきりと覚えていないほどである。
庭でよく一緒に遊んでいたはずの子どもが、他の友人たちには視えないものであったとか。迷子になった時に家に連れ帰ってくれた人が、思い返せば顔がなかったとか。
それくらいならばまだいい。
時には、血だらけの男に足を掴まれたり、青ざめた女に追いかけられたり……叫びながら走ったことは数知れない。
幼い頃は母に泣きついた。しかし母は、険しい顔できつく叱った。
「視えたとしても、視えぬふりをなさい」
母もまた、同じように視えているのだが、固く口を閉ざしていた。
その理由は、当時の世情にもあったということが、今では分かる。
啓吾が生まれる前に「神仏分離令」「天社禁止令」といった法があり、寺もさることながら、修験道や陰陽道などが厳しく取り締まられた。
母の父……即ち、啓吾の祖父は古い寺の住職であった。明治のはじめに吹き荒れた廃仏毀釈で寺を出て還俗して家庭を持ち、伯父と母の二人の子を持つ親となった。しかしその後もかつての寺に所縁の人に頼まれては、人助けをしていた。啓吾が生まれて間もない頃のこと。「少し厄介事を引き受けた。助けに行こうと思う」と言って出て行ったきり、帰って来なかった。二十年近くが経った今も、その行方は杳として知れない。
「怪異に呑み込まれたのか。禁令を破ったとしてお上に咎められたのか」
いずれかは分からないまま、母は怯えていた。だからこそ、啓吾にも余計に厳しく言い聞かせていたのだ。
それから十数年。啓吾が大きくなるうちに、世の中は少しずつ変わった。
一時よりは、神仏や陰陽道、怪異の類に対する厳しさは和らいでいた。だがその一方で、幽霊話などは面白がられるものの、「文明開化」にはそぐわぬものとして扱われるようになった。視えた話なぞをすれば「嘘つき」と罵られたり、怖がられたり。ろくなことはない。結果として母の言葉に従い、ともかく「視えぬふり」をしてやり過ごし、ひたすらに逃げるのが常になっていた。おかげで足は速くなったし、気を張り詰めていれば視ずに済むこともある。
しかし今夜のように、酔っ払って緊張がゆるんだ上に闇夜であれば、こんな風に視えてしまうのだ。
こちらに隙ができたからか、或いは闇が濃いほどあちらの力が増しているのか。
そこまで考えて啓吾は自嘲する。
「あちらって、どちらだよ」
よく分からないし、誰も教えてはくれない。ただ、こういう時は、それに近づかぬこと。知らぬ顔をすることが肝要だ。
「人に見えぬものは視えぬ」
呪文のように唱えると、啓吾は一歩を踏み出した。
煙草をふかしている車夫は、じっと佇んだまま動かなかった啓吾が動き出したので、怪訝そうにこちらを見ている。視線に気づいた啓吾が何食わぬ顔で車夫に会釈をすると、車夫も軽く頭を下げた。
ともかくこの橋を渡り終えれば恐らくは何事も起こるまい。根拠はないが、そう思う。
「もうし、そこの人」
声は耳元でする。埃と、湿った土、そして血の混じった生臭さがじわりと迫る。先ほどの侍であろうことは分かる。振り返ったら関わることになりかねない。啓吾はただ足元だけを見つめ歩いていた。
あと少しで渡り終える……と思ったその時、足首をぐっと掴まれる感覚があった。進もうとしても足を前へ踏み出せない。ゆっくりと視線を下げると、足首を握る青白い手が視えた。次の瞬間、足と足の間から、血まみれの顔がぬっと現れた。
「うあ」
と、声にならない声を上げた啓吾に、その血まみれの顔は目を見開く。
「視えているではないか」
ぐっと肩が重さを増した。啓吾は意識を失った。
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