カラカラの喉をさらに乾燥させるかのように、開いたままの口に大量の空気を送り込みながら、全力で走る、走る、走る……。
 駅が見えてきた。高速バス乗り場には、大型バスが一台停まっている。すでに、改札が始まっているようだ。バスの乗車口前には、長い列ができている。
 夏休み中とはいえ、平日だからか、家族連れよりも、高校生や大学生っぽいグループの方が多い。八割方女子だ。これから約八時間、深夜のバス旅が始まるというのに、ほとんどの人たちがヘアスタイルもメイクもバッチリ決めていて、すでに、クマの耳が付いたカチューシャを着けている人さえいる。皆、笑顔だ。おしゃべりの声も止まらない。
 午後一一時前とは思えない、昼間のファストフード店並みの賑やかさだ。
 だから、かえって目立って見えた。待合室の一番奥のベンチに背中を丸めて座り、キャップを深くかぶっていても暗い顔をしていることがわかる、彼女の姿が。
 彼女はわたしを見つけると、駆け寄ってきた。ずっと待ち続けていた恋人が現れたかのように。わたしの右肩に両手をかけてすがりつく。
「あ、あの、あのね、あたし……」
 座っていたはずなのに、息はわたしよりも弾んでいた。彼女も到着したばかりだったのかもしれない。わたしは左手の人差し指を立てて、自分の唇に当てた。
「余計な話は、しなくていい。バスに乗ろう」
 声を潜めてそう言うと、彼女は静かに頷いた。短くなった列の最後尾につき、背負っていたリュックのポケットから、バスのチケットを取り出すと、彼女も同じ動作をした。
 チケットを二枚買ったのはわたしだけど、事前に彼女に一枚渡していた。もし、どちらかが来られなくても、一人でバスに乗ることができるように。でも、こうして二人一緒に乗ることができた。
 二列シートが両側に並んだバスの、わたしたちの席は、運転手側の後ろから二番目だった。最後尾は荷物置き場になっていて、乗客はいない。彼女に窓際の席を譲った。
「酔わない?」
 こんな状況でも、ぶっきらぼうな口調で気遣ってくれる彼女を、改めて好きだと感じた。
「ありがとう。薬も持ってる」
 酔ってから飲んでも効くタイプの薬だ。これなら、家で飲んでこなくてもいい。リュックを足元に置いて、二人並んで座った。グリーン車ではないものの、やせっぽちの女子二人にとっては十分なスペースなのに、彼女の左肩はわたしの右肩にピッタリとくっついていた。震えが伝わってくる。わたしは彼女に近い方の手で、彼女の手をしっかりと握りしめた。
 プシュウ、とバスのドアが閉まる音がした。ではこれより出発します、と男性乗務員のアナウンスがあり、バスはゆっくりと動き出した。
「もう、大丈夫。何も考えずに寝ればいい」
 わたしがそう言うと、彼女はまた静かに頷いて、キャップをかぶったままの小さな頭を窓にくっつけ、まばたきを数回繰り返してから目を閉じた。
 駅のロータリーを抜けたバスは、高速道路に上がるまで、しばらく薄暗い田舎道を走る。まるで、今のわたしたちのようだ。だけど、暗闇がずっと続くわけではない。
 夜の道を何時間も走り続けて、夜明けとともに辿りつくのは、光あふれる夢の国、未来の自分が導いてくれた場所だ。
 握っていた彼女の手をそっと放し、彼女が起きる気配がないことを確認してから、リュックのファスナーを開けると、内ポケットから封書を一通取り出した……。

 

 一〇才の章子あき こ
 こんにちは、章子。わたしは二〇年後のあなた、三〇才の章子です。
 つまり、これは未来からの手紙。あなたはきっと、これはだれかのいたずらではないかと思っているはず。大好きなお父さん(あなたはパパとよんでいましたね)をなくしたばかりのわたしをからかうなんてひどい、とおこっているかもしれません。
 しかし、これは本物の未来からの手紙なのです。
 うたがわれたままだと、続きを読んでもらえないかもしれないので、しょうこ品を同ふうします。あなたがお父さんと、たい院したら必ず行こうと約束していた、東京ドリームマウンテンのシンボルキャラクターである、ドリームキャットのしおりです。
 ほら、右下にきざまれた文字を読んでみて。
〈TOKYO DREAM MOUNTAIN  30th Anniversary〉
 英語はまだ読めないかな? 東京ドリームマウンテン三〇周年記念、という意味です。
 そう、三〇周年。あなたが今年のお正月にお父さんからもらったお年玉で買ってきて、入院中のお父さんの病室でベッドにもぐりこみ、二人一しょに何度もながめた最新ばんのガイドブックには、一〇周年と書かれているはずです。
 にせ物ではありません。ドリームキャラクターの、無きょかの使用がきびしく取りしまられている事は、あなたが一番よく知っているはず。
 わたしの記おくにもハッキリと残っています。
 あなたは三学期の図工の時間、木の小箱せい作の、ふたの部分にちょうこくする図案として、ドリームキャットを選んだ。ガイドブックの表紙にのっていた、チロリアンハットをかぶったドリームキャットのイラストを上手に写し、ぼうしのハネかざりや、キャットのフワフワした毛なみの一本一本にいたるまで、大小の丸刀や角刀を使い分けて、根気よくほっていった。
 完成品をお父さんにプレゼントしたかったから。お父さんがたい院したら、家族三人で東京ドリームランドとドリームマウンテンの両方に行って、箱の中を記念写真でいっぱいにするのだと、あなたは赤いビロードのきれを、箱の内側に一面ずつ、しわ一つないよう、ていねいにはりつけていった。

 

未来は全3回で連日公開予定