キテンゲと金曜日の午後
私の服づくりにおける主役は、なんといっても布である。制作で使用しているキテンゲという布は、アフリカの多くの国で今も広く愛されている、カラフルなアフリカンワックスプリントの、東アフリカにおける呼称だ。
服を作る仕事をして八年目になる。肩書き上、ファッションデザイナーであるが、ファッションデザイナーになりたいと思ったことは人生で一度もない。むしろファッションとは縁のない生活を送ってきたし、身に纏うもので自己を表現しようと思い至ったこともない。どちらかというと、服は私にとって、コンプレックスを隠すためのツールであったような気さえする。
そんなわけで、純粋にファッションが好きで、そこにアート性を見出しデザイナーになった「正統派」ではない自分のラベルが、そんな人たちと同じようにファッションデザイナーであることに、長らく違和感と劣等感を覚えてきた。初めの数年は、ない知恵を絞って「ファブリックアーティスト」などと、ハイパーメディアクリエイター並みによくわからない肩書きを名乗っていた時期もある。ただ今考えれば、それは確かに私の心の声の表れでもあった。私はただただ布に、キテンゲに、魅了されただけの手先の器用な人である。
ごくたまに呼ばれる在ケニア日本人の集まりで、何をしている人なのかを問われる度に、いつもどこか弁解めいた説明をする展開になる。
「服を作っています」
「もともと服飾系なんですか?」
「いや、元々は音楽をやっていて」
「え、服作りはどこで学ばれたんですか?」
「あ、あの独学で」
「え、服って独学で作れるものなんですか?」
「あ、えっと……作れたみたいです」
といった具合に。今でこそもう慣れてしまって、へへへと半笑いで飄々と説明するだけだが、このやり取りをする度に、きちんと学んでもないくせに服を作ってるんですか? と紛いものの烙印を押されるような気持ちになっていたものだ。
私とキテンゲの付き合いの深さは、そのまま等しく私と服作りの歴史に比例する。他の多くのファッションブランドのように、まずデザインがあって、それを一番理想の形にできる素材を検討するのではなく、キテンゲありきで、その良さや特性を活かすデザインを考案するというのが私の制作における固定順序だ。それは制約があるということであり、確かにシルエットや対応可能シーズンなどへの限界もあるが、前述の通り、ファッションデザイナーになりたくてなったわけではない私にとって、キテンゲというインスピレーションの源が絶えず更新され続けている限り、創作に限界がないのだとも言える。
キテンゲはその色鮮やかで大胆な柄が特徴のコットンの布であるが、それ以外の大きな特性として、流通サイクルが異様に早いことがあげられる。工場で作られた限定ロットの布は、アフリカ全土の市場に輸出された後、なくなれば終了。同じ柄がまた製造されることはほぼない。それもひとえに、アフリカンプリントで服をあつらえるという文化が、この大陸の人々の生活に深く根付いているからだ。新しい服を買うように、新しい柄の布を買う。そんな人々の習慣に合わせるように、キテンゲ市場には、毎週数多の新しい柄が入荷する。そして数週後、遅くとも翌月には、売り場から姿を消していく。この仕事を始めて何年も経った今でも、仕入れに行くたびに見たこともない布ばかりが並ぶ様には、純粋にワクワクする。これは! と思った布も、服を何着か作って使い切ってしまえばそれでおしまい。二度と出会うことはない。でもその後また同じように、これだと思える布に必ず出会ってきた。その、一期一会の刹那がまるで人生そのものだと、私は強く共鳴している節がある。ブランド創立から現在に至るまで、全て一点物として制作することにこだわっているのも、同じ理由からだ。
つまり、キテンゲの仕入れは私の仕事における要である。私のブランドの服を買ってくださっている方の多くがキテンゲのファンであり、ワンピースひとつをとっても、デザインももちろんだが、とにかくキテンゲのセレクトが重要なのだ。そのラインナップの出来が売れ行きを左右すると言っても過言ではない。
以前、読売テレビの「グッと!地球便」というドキュメンタリー番組に密着取材をしてもらった時、仕入れの様子も撮影していただいたのだが、帰り道にディレクターさんに、「アユミさんって布を買う時、めちゃくちゃ険しい顔をするんですね」と言われてハッとした。自分が仕入れをしている時にどんな顔をしているのかなんて考えたこともなかったのだが、曰く、もっと楽しそうに選んでいるのだと思ったそうだ。なるほど確かに、楽しく選んでいる感覚はない。どちらかというと感情をゼロ地点に置いて、なるべくニュートラルな姿勢で挑む。
私の布選びのポリシーは、自分の中のセンサー、つまり直感が、「これ」と確信を持って振れない限り、絶対に仕入れないということだ。いつもどのくらい買うんですか? とよく質問されるが、いつもまるで決まっていない。というより、私もわからない。いいと思ったものがある分だけ全て買うというのがルールで、日によっては五十点近く買う日もあれば、五点も買えずに落ち込む日もある。
一人で始めた服作りも、会社を設立し、社員が増えるにつけ、様々な業務をスタッフの手に委ねてきたが、今も、そしてこれからも、必ず私がやることとしてまずデザイン、それから布の仕入れがある。どんなに忙しくても、必ず時間を見つけて自分で選ぶ。例え時間が限られていても、自分の感覚に嘘をついてまで、間に合わせで決して選ばない。そんな風に、自分の琴線に触れるものだけを頑固に選んできた甲斐あってか、うちのブランドの評判はその布のセレクトによるところもかなり大きい。
そんな、仕事の駆動力とも言えるキテンゲに、最近変化が訪れている。私の住んでいるケニア市場において、以前と比べ、いいと思えるキテンゲの数が圧倒的に減ってきているのだ。自分のセンサーが鈍ってしまったのだろうかと不安に思う反面、これまでに仕入れてきた千点近くの過去のキテンゲを見返すと、やはり系統が変わってきているのは確かだ。昔に比べ柄のバリエーションが乏しくなり、似たようなものが増え、色味も無難に黒地や紺色地のものばかり。キテンゲらしい華やかで鮮やかな色合いのものが少なくなった。仕入れの枚数が十点を下回ることも多く、それではコレクションを完成させるには足りず、週を跨いで仕入れに幾度も通い、発売日を延期せざるを得なかったことも一度ではない。
先日の金曜日、いつものようにキテンゲの仕入れに出かけた。仕入れ先のイーシリーと呼ばれるナイロビ郊外の町は、イスラム教徒が人口のほとんどを占めるソマリア人街であり、問屋街としても有名だ。キテンゲ以外にも、家具に家電、日用品などなんでも揃っており、連日多くの人と大渋滞の車でごった返している。路上には放置されたごみの山、リキシャが走れば砂埃が巻き上がり、時折どこからともなく「アッラーフ・アクバル」とアザーンの放送が流れてくる。普段自宅とスタジオの往復しかしない私にとって、荒々しく混沌としたエネルギーに包まれるこの仕入れの時間は、異国に住んでいるなぁと思い出す、数少ないひと時だ。
行きつけのそのビルには、キテンゲを売っている小さな一畳ほどの大きさのお店が軒を連ねている。その数、ひとフロアに三十店ほどだろうか。換気の窓がまるでないその場所はいつも薄暗く、人とすれ違うのがやっとの狭い通路を、客や布を担いだ業者や、ピーナッツ売りや水売りらが行き交う。もう八年ほどほぼ毎月通っているから、商人や業者の多くが顔見知りで、「お、来たのか」「今日は何を探してるの?」「息子は元気?」などと世間話も弾む。キテンゲ一点につき、値段は卸値でだいたい一律千四百円ほど。ここケニアはぼったくりが日常茶飯事のため値切り文化も強く、其処此処で客たちが店主に値切り交渉をしている姿をよく目にする。私は、値切ったことはない。たくさん買えば割引してくれる店があるのも知っているが、定価で買うことぐらいが、外国人の私にできる、この国とキテンゲへのささやかな敬意のつもりだ。
ひとつのお店が、だいたい二百から千点ほどのキテンゲをストックしていて、キテンゲ売り場が二フロアあるそのビルには、単純計算で三万点以上のキテンゲが売られていることになる。それが毎週のように入れ替わるのだから、選ぶには多少のコツがいる。ついて行きたいと頼まれ知人たちを何人か連れて来たことがあるが、大抵みんな、あまりの選択肢の多さに布酔いしてしまい、全く選べないという現象が起きる。現に私も通い始めた時は、その種類の多さにまるで選べなかったものだ。
これは私の、長年の布選びの末にたどり着いた技だが、「考えて選ばない」というのがコツである。布をまじまじと見すぎてあれこれ考えだしてしまうと、情報過多に陥って感覚が麻痺してしまう。気持ちを出来るだけフラットにして、直感と照合するように視界に入るものをスキャンする。そこで少しでも「お!」と思ったものがあればつべこべ考えずに買う、というのが私の仕入れ術である。
ところが最近、まるで「お!」と思わないのである。暗い、地味、どっかで見た。そもそもワクワクしない。その日もビルに足を踏み入れた途端、「ああ、ハズレの週かも」と嫌な予感がする。少しだけ見回してそれが的中していることを確信するや否や、一気にやる気をなくした。直感に照合するもピンとこない。やっぱり私の感覚が衰えてしまったのだろうか。それとも、そもそもケニアにはもういいキテンゲが入ってこないのだろうか。もはや私は、ガーナやコートジボワールなど工場のある西アフリカに移住するか、そこに通って仕入れを始めるしかないのか。キテンゲの仕入れの出来は、会社の死活問題。そんなことを考えるうちに、頭の中はぐちゃぐちゃになる。結局この日は三点しか購入できなかった。
落胆しながらビルを後にしようと入り口の方へ向かうと、さっきまで通りの埃や喧騒を飲み込んでいた入り口のドアが、かたく閉ざされている。途端に、しまった、と思う。そうか、今日は金曜日だったか。
イスラム教における金曜日は、一週間で最も神聖な礼拝の日であり安息日だ。すっかり忘れていたが、ソマリア人街であるイーシリーでは、金曜の正午過ぎから一時間のお祈りの時間には、多くのビルが入り口を閉めて強制的にビジネスを休憩するのだ。つまり、私は閉じ込められてしまった。客は外からビルの中に入ることはできないし、中にいる客もまた、外に出ることはできない。
忘れて来てしまった自分のせいではあるものの、スタジオに戻ってやることが山ほどある私は、一時間も無駄にさせられることに苛立つ。何も閉めなくていいじゃん、閉める意味ないじゃん、などと心の中で文句は止まらない。勘弁してくれよと思いながら、ただ、観念することはこの国に十分に訓練されてきたので、私は諦めて馴染みの店に戻り、店主に肩をすくめて見せ、店内のプラスチックの椅子に座り込んだ。
暇だ。この辺りは電波も悪くて携帯も繋がりにくい。これはすごく暇だな、と呆けながら、店内のキテンゲを、ゆっくりと、なんの気もなしに見つめる。あれ、さっきあんなのあったかな? と、ふと目に留まった布に手を伸ばす。あれ、めちゃくちゃ可愛い。こんなのあったっけ。あれ、あっちのもよくない? あ、あの青はずっと最近見かけなかった色味の青だ。
気づいた時には私は立ち上がって、いつもよりも丁寧に照合作業をしていた。持て余した時間を塗りつぶすように、既にチェックしたはずの店をもう一度、一店舗ずつ見て回る。たまたま最初の店だけ見過ごしていたのだろう、と次の店に移っても、同じことが起こる。この布は人気デザインの色違い。これは私の好きな古典柄。そうやって、あっという間に一時間が経つ頃には、私の手元には三十点以上のキテンゲが積まれていた。ドアが開くと同時に、別のビルで同じように閉じ込められていた夫が迎えにきて、駐禁切られちゃうから早く行こう、と急かされる。まだ再チェックできていないお店があるのに、と後ろ髪をひかれつつ、直感を働かせ続けてほとほと体力を消耗していた私は、また今度、と自分に言い聞かせてビルを後にした。
帰りの車内、イーシリーの喧騒に揉まれながら、私は後部座席に積まれた仕入れたばかりのキテンゲに手を伸ばす。うん、我ながらいいセレクションだ。仕入れの出来がいいだけで、あれこれとデザインや制作のアイデアが浮かんでくる。何よりも、来週には姿を消していたかもしれない布が、確かに今、私の手の中にある。なかったわけではなく、いくつかはちゃんとあったのだ。ただすれ違っていただけで。そうやって、見過ごす出会いもあり、見過ごさない出会いもある。きっとそんなことの連続だ。
どこまでも一期一会。そして私はやっぱり、キテンゲが好きなのだ。