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部屋の北側の壁一面は本棚になっていた。
そこには膨大な量の書籍と共に、赤、青、緑、黄のファイルが整然と並び、背表紙にはシールが貼られ、そこに年度別にファイルの中のドキュメンツの内容が書き記してあった。
洋の東西を問わず研究者の部屋は、膨大な書籍や資料、書類が積み上げられ、人によっては足の踏み場もないほどの様相を呈するものだ。しかし、どうやらキンジーは、かなり几帳面な性格であったらしい。サイドボードの上に積み上げられたドキュメンツにしても、バインダークリップで束ねられ、まるで今コピーを終えたばかりと思われるほど整えられている。
これなら、片っ端から箱詰めするだけだ。分類なんて必要ないな──。
ならば、まず私物の整理から始めるか。
拍子抜けと安堵の気持ちが相半ばするのを覚えながら、礼央はキンジーのデスクに歩み寄った。
マホガニー製の重厚なデスクは、おそらくキンジーが現役時代を通して使っていたものであろう。木の質感、色合いからかなりの年代物であることが分かる。
まずは中身の確認からと、礼央は中央の引き出しを開けた。
そこには、一冊のファイルが収納されていた。
黒のプラスチック製で、まるで誰かが見つけるのを待っているかのように、引き出しの中央にきちんと置いてある。
これは、何のファイルだ?
表紙には内容を記したラベルがない。
手に取って背表紙を見ると、やはりそこにもラベルがない。
本棚の整頓ぶりからすると意外に思え、礼央はすかさずファイルを開いた。
そこには、A4の紙で五十枚ほどのドキュメンツが綴じられており、一枚目には『一九六五年十月 アマゾン』とだけ記してある。
様式からして、論文の類とは明らかに違う。
なんだ、これ……。
俄然興味を覚えた礼央は、椅子に座るとページを捲った。
『最初に』と記されたサブタイトルに続いて本文が始まった。
本稿は表題にあるように、一九六五年十月、南米アマゾンの奥地へフィールドワークに出かけた際に、私と助手のカーク・ロジャースが体験した記録である。
およそ四ヶ月の間に私たち二人が目撃し、体験した事象。帰国の後に判明した驚くべき新発見は、製薬、医学の産業構造を根底から覆しかねないことから、固く封印されることになった。
このファイルを手にしているのが誰なのかは知るよしもないが、私の存命中は決して目に触れることはないものである。つまり、この事実を知る者は、私と当大学、それと製薬業界の極めて少数の人間たちに限られる。
したがって、今この記録を目にしている君は、固く封印された秘密を知る新たな一人となったわけだ。そしてこの秘密を知る関係者は、既に亡くなっているだろうし、私が学校に提出した報告書、その後の研究資料も廃棄されているはずである。つまり、秘密を知る唯一の人間になったのだ。
この記録を残した理由はただ一つ。
私の学者としての矜持である。
ここに記した内容は世紀の大発見であり、公表していたなら間違いなく我々二人に莫大な富と名声を齎したであろう。
しかし人類、社会に途方もない恩恵を齎すものだとしても、不都合な発見、不都合な真実と捉える者たちがいる。既存の大産業に革命を齎し、存続を脅かす発見や発明だからである。
我々のアマゾンでの体験、新発見が封印され、闇に葬られた理由はそこにある。そしてその対価として私は生涯、生活に困らぬほどの大金と、終身名誉教授の地位を得た。
そう、私は金と地位を手に入れたのと引き換えに、学者としての矜持を売ってしまったのだ。今これを読んでいるのが誰なのかは知る由もない。おそらく、この大学で教鞭を執っている教職者か研究者、あるいは院生か、いずれにしても私と同じ道を歩もうとしている人間だろう。
だとすれば、今君が歩んでいる道が、あるいは歩もうとしている道が、たった一つの新発見によって閉ざされてしまう。それどころか、意味のないものとされてしまう事態に直面する可能性があることを知っておくべきだ。
私たち二人の発見は、それほど衝撃的、かつ革命的なものであったのだ。
あの四ヶ月の間に、アマゾンで何が起きたのか、次項から始まる記録を一読してもらうことを切に願う。
二○○一年 八月五日
エドワード・キンジー
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