末期ガンでさえも完治させる「万能薬」が開発されたとしたら……。人類の夢である「どんな病気も治す」薬をめぐって、医療・製薬業界、さらには新興宗教までが蠢き出す楡周平さんの新刊『呪術師シャーマンの末裔』。

 

 「小説推理」2026年5月号に掲載された書評家・末國善己さんのレビューで『呪術師シャーマンの末裔』の読みどころをご紹介します。

 

呪術師の末裔

■『呪術師の末裔』楡周平 /末國善己 [評]

 

夢のような万能薬が暴く製薬・医療業界の“不都合な真実”と、宗教の本質

 

 楡周平の新作は、誰にとっても身近な医療と、近年何かと話題を集めている宗教を題材にしている。

 カリフォルニアの大学院で微生物学を研究する日系アメリカ人の倉科礼央は、故キンジー終身名誉教授の研究室の整理を頼まれる。礼央は、アマゾン奥地で未知の先住民と出会い、呪術師のような男が村人に飲ませている液体が万病に効くと気付いたキンジーが、それをアメリカに持ち帰るも製薬と医療を崩壊させる万病薬は闇に葬られ、見返りに金と地位を得たと知る。

 写真のデジタル化で倒産したコダックの社員だった著者は、画期的な技術が大企業さえ倒産させる現実を評論『「いいね!」が社会を破壊する』に書いており、万能薬で製薬と医療が崩壊するという作中の主張も説得力がある。AIが人間の仕事を奪いつつあることを思えば、生々しく感じる読者も少なくないだろう。

 キンジーが保管していた万能薬の基になる放線菌とレシピで液体を再現した礼央は、それを末期に近い膵臓癌の母に飲ませる。母は日系人に信者が多い新興宗教「大和の命」の信者で、礼央は教祖の孫・花音を紹介される。現実主義者でビジネスとして教団を大きくしたい花音は、礼央に万能薬の大量生産を依頼する。

 癌や慢性疾患が治るとの話が広がり「大和の命」は信者を増やすが、万能薬を独占したい礼央とさらなる増産を求める花音が対立、そこに万能薬を葬りたい大手製薬会社も参戦する。巨大組織が雇った諜報暗殺のプロに追われる礼央が、サバイバルしていく中盤以降はスリリングで息つく暇もないほどである。その中に、なぜ一回数千万円もする薬が生まれるのかなど医療をめぐる諸問題も描かれており、考えさせられる。

 本書は、利益を求める研究者や企業によって万人を幸福にする薬が葬られた物語を作り、科学技術にとって善悪とは何かを問い掛けている。さらに宗教で重要なのは、寄付に見合った利益の約束か、ただ心の平穏を与えることかも突き付けており、本書を読むと読者一人一人が自身の信仰と向き合うことになるはずだ。