朝はすぐにやってくる。近頃は夢も見ないから、まるでワープしたみたいに、気付けば朝になっている。
父と玲子ちゃんとおかーさんと善羽の四人で、朝食をとる。トースト、ハムエッグ、シーチキンサラダ、お湯を注ぐだけのコーンスープ、コーヒー。
智親、武蔵、民は、まだ起きてこない。夏休み中の朝は、しずかでいい。テレビのニュースキャスターの声もしっかりと耳に届く。お弁当作りがないから、玲子ちゃんも楽そうだ。
「今日も暑くなりそうだねえ」
おかーさんが天気予報を見てつぶやき、ですね、と玲子ちゃんが受ける。このところの毎日のやりとりだ。
「行ってきます」
「はーい、いってらっしゃーい」
リビングから玲子ちゃんの声が玄関に届く。今日は時間が合ったので、父を駅まで乗せていった。最寄り駅に着いて、父を降ろす。
「ありがとう。じゃあな」
「おう」
改札に向かって歩いていく父を横目で見ながら、ロータリーを回って学校へ向かった。
午前中は男子バレー部の活動がある。午後からはなにもないので、今日こそはたまっている書類を少しでも片付けたい。
今日の部活動は八時半から十二時まで。時間になって体育館に顔を出すと、部員たちはすでにアップをはじめていた。夏休み前に三年生が引退して、二年生の琢磨が部長になった。
「おはようございます!」
中学生男子たちの元気いっぱいの声。いいねえ、こっちまで元気になる。思わず顔がにやけてしまう。
「おはよう! 今日も暑いから、水分補給こまめにな」
「はいっ」
バレーのボールが弾む音が体育館に響く。いい音だ。善羽は中高と野球部だった。ボールがグローブにめり込む音が好きだった。バットに当たったときの鋭い音も。
「やっぱ、ボールってのがいいのかねえ」
と、なんの意味もないことをつぶやいてみて、やっぱ中学校っていいなあと思う。青春の音がそこかしこで鳴っている。若さの音だ。
「今日は一年の竹下と大久保が休みです。竹下は家の用事で、大久保は体調不良とのことでーす」
琢磨が欠席者の報告をする。善羽は琢磨のような生徒が好きである。明るく元気があって、人気者。目立つタイプだけれど、思いやりがあって、ちょっとやんちゃで三枚目。
腕を組んで見学しながら時おり指示を出すが、ほとんど琢磨任せである。部員たちもそのほうがやりやすそうだし、善羽もまだバレー部を強くする自信がなく、あまり余計な指図はしないほうがいいと判断している。
それでも、こうして見学しているだけで、うれしい気持ちになる。彼らのがんばりを目にするだけで、パワーをもらえるのだ。運動部の顧問はやりたがる人が少ないが、自分はずっと運動部の顧問でいたいと思っている。
あっという間に十二時になり、解散の時間になった。
「明日は休みです。夏休み期間の部活動は、あさってで終わりな」
「はーい」
このだらけた感じの返事も、好きだったりする。とにかく、善羽は生徒たちがかわいくて仕方がない。
部活を終えて、善羽はコンビニに行って焼肉弁当を買った。今日はリッチにプリンもつけた。無性にクリームパンも食べたくなって、バーコードをスキャンしてもらっているとき棚に手を伸ばして追加した。学校に戻って、もりもりと食べた。すべてを食べ終えるまでにかかった時間は六分だった。
眠くなる前に、やるべきことをやろうとパソコンを立ち上げる。テレビで偉い先生が言っていたが、やる気を出すには行動するしかないそうだ。やる気を待っていても、やる気はやって来ない。まずは、自分から手を動かすしかないのだ。
さあ、今日こそやるぞ! と軽くガッツポーズを決めたところで電話が鳴った。取ろうと手を伸ばしたが誰かが先に取った。ちょっと残念に思ってしまい、電話で書類仕事から逃避しようとした己を恥じる。
「えっ!?」
大きな声にびくっとし、思わずそちらを見る。声の主は、電話を取った四十代の女性教諭だ。多くの同僚も目を向けていた。
「……はい……、はい……少々お待ち……あっ、申し訳ありません。須賀は本日出張でして……。校長もさっき出たところで……はい……大変申し訳ございません。すぐに連絡取ります。はい、おります。……はい、教頭に代わります。すみません、少々お待ちください」
女性教諭が保留ボタンを押した。
「あの、教頭……」
「どうかしましたか?」
不審そうな顔で、平井教頭が返す。
「三年一組の竹下真麻さんのお父さんからです」
「はい?」
「……昨夜、真麻さんが亡くなられたそうです」
えっ?
職員全員が一斉に顔を上げた。教頭が目を見開いたまま電話を取る。
「お電話代わりました、教頭の平井です。はい……、えっ、はい、はい……はい……。心からお悔やみを申し上げます。……夜……ですか……。はい、はい、すぐに連絡とりますので………はい、その点につきましては、改めてこちらからご連絡させていただきますので……。はい、申し訳ありません。はい、承知しました。はい……はい……、失礼いたします……………」
教頭の持つ子機が置かれたのを確認して、善羽は息を吐き出した。知らないうちに息をつめていた。
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