早くおじさんになりたかった
#しょんべん横丁
町中華好きになったきっかけをつくったのは東京・大久保の『日の出中華』であり、新宿の『岐阜屋』のおかげでもある。
岐阜屋は西新宿で生まれ育った俺が、子供の頃から遊び場にしてた飲み屋街“しょんべん横丁”にある。正式名称は『思い出横丁』らしいが、昔から通う人間は今でもしょんべん横丁と呼んでいる。
横丁には岐阜屋だけでなく、俺のおふくろも通っていたバーや、小学生時代から通っているそば屋もあるんだ。
しかし、“酒場を遊び場”にしていた俺はつくづく変わった小学生だったよ。
飲み屋街にあるそば屋に通ってるんだから。しかもその店にハマっていたのは校内でも俺を入れてたった5人だけ。映画を見る前にここで腹ごしらえをするのが俺たちのルーティンだったんだ。同じファストフードでもハンバーガーなんかじゃない。食べに来ている人たちはおじさんばかり。同世代の子供なんか一人もいやしない。
店の人は俺らを見てどう思ったのかね?
あの頃、横丁で見たおじさんたちになりたくって、しょうがなかったんだよな。
岐阜屋はいいよぉ。場外馬券売り場が近くにあるから、土日はビールと野菜炒めとメンマつまみながら、おじさんたちが熱くなってる。
日曜だと、『笑点』が始まる前あたりの時間だ。俺も岐阜屋に行ったら、定番の野菜炒めとビールを頼む。野菜炒めは外せない。
そんな時期、岐阜屋に女の子を連れて行ったら、
「おいしい!」
と言う子か、
「私には合わない…」
と言う子の2パターンに分かれたね。
今でこそ“町中華女子”なる言葉もあるから、女子にも受け入れられるかもしれないけど、さすがに岐阜屋はハードルが高いだろうなぁ。
しょんべん横丁は人を見るリトマス試験紙でもあるし、俺にとってしょんべん横丁は未だに通ってる永遠の学校みたいなもの。
岐阜屋で思いっきり酔っ払ってるおじさんを見かけたんだけど、あとから同級生のオヤジだって判明したこともあったな。
ホント、町中華って、スナックと似た人たちが集まるんだよ。
新宿に寄った際は“ザ・大衆”の雰囲気をぜひ味わってほしい。週刊大衆をはじめとしたオヤジ雑誌を好む人のストライクゾーンど真ん中の店だと思うよ。
高校時代、町中華でのバイト
#天津飯が作れないチーフ
俺は高校生時代、新宿・歌舞伎町にあった『昌平ラーメン』という町中華で働いていた。
担当は電話番と出前、そして天津飯のアタマ作るためにひたすら卵を割ったり、玉ねぎをむいたり、ゆでた冷やし中華の麺を冷やすなどの下処理全般。賄いの時に生姜焼きを作ったぐらいで、一度も鍋を振ることはなかったね。
出前は持っていくよりも食器の回収の方が何倍も辛いんだ。バブル景気全盛だった歌舞伎町の雀荘、トータルで何百卓あったのか。とんでもない数だよ。
でも大きな雀荘は器を一気に回収できるからまだマシで、小さな風俗店が入ってるようなマンションだと、一軒一軒回収するのは骨が折れる作業だった。伝票を見れば器の数がだいたいわかるから、伝票の裏に雀荘の店名をメモり、効率のいい道順を決めて回収していった。
繁盛してる雀荘は次から次へと出前の器がたまっていくから、比較的洗って返してくれることが多かった。ヤクザの事務所も教育が行き届いてるところは若い衆が洗ってくれるから回収は凄く楽でね。
ただ、ラーメンを持っていくときは汁をこぼしちゃいけねぇと思うから怖いよね。賭け麻雀してる真っ最中だし…。
問題なのは家の玄関に出される食器。洗って返すかそのまま返すか。それによってその人の社会性、マナーがわかる。残したラーメン汁の中にタバコの吸い殻が沈んでるというのが最悪のパターンだな。
店側は常に人を見てるよ。出前を取る側も見られてる意識を持った方がいいね。今はウーバーイーツが全盛で出前はネット上での“流れ作業”だと感じてる人も多い。結局、感情を持った人間がやってるんだ。お互い気持ちよく応対した方がいいに決まってる。
「釣りは要らねぇ。ジュースでも飲みなよ」
そう言われるのってのはうれしいもんだよ。最初からお釣りありきで払ってくれるとかね。
ガキの頃、実家の雀荘にもよく来る出前のお兄さんがいて、その人にはかわいがってもらったな。家族の集まりは決まってそこの町中華で宴会をやった。出前からだって人間関係の繋がりは生まれるんだ。
店にはシフトがあって、シフトの違いで同じメニューでも料理人によって変わってくる。中でも文句を付けられるメニューは中番のチーフが作る「天津飯」。
何度もお客に叱られたな。出前がメインの店だから、お客のクレームを承るのは出前持ちだからね。
天津飯ってご飯にふぁっとしたカニ玉がかぶさってるイメージでしょ? ところがチーフが作る天津飯は、ご飯の上にふんわりかぶさることなく、カニ玉っぽい卵の塊がドーンと乗ってるだけ。例えるなら、ハゲ頭にカツラがのっかってるみたいなんだよ。
体に染みこむ町中華の生姜焼き定食
#ご飯の貸し借り
出前の仲間から言わせると「チーフの天津飯は天津飯じゃねえ」というのが定説だった。チーフ以外の料理人が作る天津飯はカニ玉で、ちゃんとご飯を包んでる。同じ店の出前で“天津飯には見えない何か”を持ってこられたら、クレームも付けたくなるよ。
俺を含めた出前陣はチーフに一度もお客のクレームを伝えられなかったね。なぜかというとチーフは体がデカくて怖いから。厨房で殴り合いのケンカしてしまうような暴走機関車で、おまけに一流ホテルに入ってるような中華の名店に居たから、プライドが高いんだよ。
そんな怖いチーフに怒られたことは何度もあるんだけど、今でも鮮明に思い出すのはご飯の炊き忘れ。忙しいとうっかり忘れてしまうのよ。
「バカ野郎! 今すぐご飯借りてこい」
ボウル片手になじみのラーメン屋に“借り”に行く。借りるわけだから炊けたらあとで返す。そういった町中華同士の連携が当時の歌舞伎町にはあったんだよ。俺を含めたバイトのポカで何度か炊き忘れてご飯を借りているうちに、だんだん無愛想になって貸してくれなくなった。それで困ってたらチーフが、
「隣に焼き肉屋がオープンしたから、飛び込みで行ってこい!」って言われたっけ。
俺がいた店は来店客よりも出前の方が多い店で、働いている時間は17時~22時。俺は主に出前担当、忙しい時は22時ギリギリまで出前だね。賄いにありつけるのは出前の伝票を計算した後、だいたい21時過ぎ。もう腹ペコだよね。
「お~い赤江(本名)、今日の賄いはどうするんだ?」
出前の料理を作りながら、厨房にいるチーフがオーダーを聞いてくれる。
「生姜焼きで~。キャベツ大盛りにしてください!」
俺は決まって生姜焼きを注文した。町中華で食べる生姜焼きってメチャクチャうまいんだよ。
生姜焼きに使う豚肉の部位は、ロース、肩ロース、バラの三種類ぐらいだろうけど、俺は断然“バラ”派だね。
洋食系のレストランやとんかつ屋で生姜焼きを注文すると、決まって肉はロースなんだよね。それも2枚ぐらいでさ。
2枚じゃ、ちょっと食ったらなくなっちゃうし、肉が2枚しかないと食べながら残りのご飯とのバランスを考えなきゃいけないでしょ? そういうのが嫌なわけ。
その点、バラ肉を使った生姜焼きは2枚ってことはないよね。生姜焼きぐらいお肉をガッツリ食べたいじゃない。
玉ねぎと一緒に炒める生姜焼きもあるけど、肉だけがベストだね。
家で生姜焼きをするときもバラ肉だし、町中華や住宅街にある個人営業の定食屋だと、バラ肉率が高いんだよ。
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