最初から読む

 

浅草フランス座&スナック修業時代

#バブル絶頂期
 師匠・ビートたけしに弟子入りして、ストリップ劇場のフランス座に修業に行くことになったのが、1986年のこと。
 ある日、「フランス座で修業したい奴はいるか?」と、師匠が募った。「これはチャンス!」とにかく舞台に立ちたかった俺と小野正芳(水道橋博士)は真っ先に手を挙げたよ。このままたけし軍団の下っ端にいたところで、日の目を見ないのは明らかだったからね。
 1986年といえば、NTT株が上場するなど、バブル絶頂期だったよ。社会人一年生となった同級生たちは皆、セカンドバッグを持ち、肩パッドが入ったDCブランドのジャケットを着て、ソアラに乗っていたね。
 そんな時代。俺と博士はすでに廃れまくっていた浅草で、昼はストリップ劇場・フランス座での修業、夜はフランス座の岡山社長が経営する「スナック フランス座」でボーイとして働いた。
 昼夜合わせて16時間労働で日給1000円。とんでもないブラック企業だよ。これは師匠がフランス座で修業していた1972年頃と全く変わらない。時給にするとわずか62・5円だからね。
 全然、酒は飲めなかったなぁ。350mlの缶ビール1本でゲロ吐いちゃうんだから。
 中学2年という思春期に、家業が雀荘からスナックに代わってね。「酒は大人になっても飲まない」と心に決めていたんだけどね。
 ウチが雀荘だった頃から、タバコの煙とたくさんの大人たちに囲まれて育った。店に行くとお客さんから小遣いを貰ったりしてかわいがられた。店はジュースが飲み放題だから、ガキの頃は店に行くのが大好きだったんだよ。
 おふくろも店を手伝っていたので、雀荘で夕飯を食べることが当たり前。そこで自然と人懐っこさを身に付けたんじゃないのかな。
 酒が飲めなかった当時の俺にとって、スナックのボーイは過酷だった。
 ある日、スナックのトイレで急性アルコール中毒になってバターンと倒れたんだよ。
「大変だ、赤江が倒れた!」
 従業員のみんなは俺を劇場の楽屋まで運んでくれた。冬場だったせいもあって、俺はガタガタと震えて「寒い寒い」と口走っていたという。布団の近くに、電気ストーブを置いてくれたらしいんだけど、それはよく覚えてない。
 ぐっすり寝ていたらしいから。楽屋に運ばれてから、何時間たったのか?
 焼けるような暑さと、むせるような息苦しさを感じて目が覚めてね。それもそのはず、ストーブの炎が引火して楽屋が燃えていた。あと数分、寝ていたら、黒焦げだったよ。
 
フランス座の岡山社長

#ピンハネ
 明るいうちは、ストリップ劇場のフランス座で働き、夜はフランス座の岡山社長が経営する「スナック フランス座」でボーイとして働いていた。
 師匠とフランス座の劇場主であった岡山社長は、その昔、コンビを組んでいた仲。
 その縁もあって、過去にも師匠は東国原英夫さんや松尾伴内さんなど、軍団の若手をフランス座に送り込んでいたんだよね。結局、その場にいた軍団の若手5人、同期全員がフランス座に行くことになった。
 合計16時間労働で給料は1日たったの1000円。パワハラ・ブラック企業もいいとこだぜ。それでもスナックでは社長に「赤江(俺の本名)、あのテーブル行ってリザーブのボトル空けてこい」と命令されたら、素直に「ハイ!」と言って、お客の酒を飲む。
 素直で仕事熱心だったな。
 さっきも言ったけど、酒は苦手で缶ビール1本ゲーゲー戻してたんだから。“大人の義務教育”もへったくれもない。ホント激務だったよ。それでも俺はガンガンお客のボトルを飲むから、売り上げが伸びるんだな。
 他にも修業してる軍団の若手はいたけど、俺と博士はスナックでの座持ちがよかった。
 だからスナックでは俺と博士だけが働いてるの。他の連中は劇場だけで1日1000円だからね。あまりにも理不尽だったから、博士が月曜から土曜まで全員がスナックで働くスケジュール表を作って楽屋に張り出したんだよ。
 そしたら俺が社長室に呼ばれて、
「いいか赤江、小野ってのはな、この小屋の転覆を図っている男だ!」
 その社長はサウナや銭湯に連れて行ってくれたり、たまにラーメンをごちそうしてくれたよ。それがうれしくてね。アメとムチ、生かさず殺さずってやつだ。
 でも、そのカネの出どころはフランス座の親会社から支給されてたオレたちの給料だったんだよな。調べたら、親会社からは、ちゃんと高卒初任給以上の給料が出ていた。
 俺らに渡していたのは月に3万円だけで、あとは社長が全部ピンハネしてたの。それで故郷の金沢に家を建てたんだから。とんでもねえ話だよな。
 社長はフランス座で、うちの師匠と同期でね。漫才ブームでツービートが売れたときの恨み節を言うんだよ。
「俺はつらかったんだ。秋葉原行くだろ? テレビ売り場行くとなぁ、テレビが全部たけしなんだよ。それを俺はひとつひとつ消していったんだ」
 と言って泣いちゃったりするの。
 だんだん社長に洗脳されちゃってさ。“社長派”のフリしながら、それを博士に報告したりして。まぁ、いろいろあったなぁ。
 
芸能人における“ママ力”

#理想のスナックママは春川ますみ&あき竹城
 スナックのママに必要な“ママ力”。
 いかにしてお客さんをお店に呼べるかどうか。こればっかりは誰にでも備わっている力じゃない。接客業の基本である気配りや愛嬌、お客の好みなどのデータを覚える記憶力、きちんとお礼が言えるなどなど。
 大きな店の場合は、従業員たちを束ねる力も必要となるだろう。場の空気を読むことも大切だ。そういうできて当然と思われがちな基本的なことの積み重ね、それを何でもなくこなすのは結構難しいものだ。頭で覚えるのではなくて、身に付けることなのかもしれない。なにしろ、スナックにはマニュアルはないからね。
 そこで芸能界で活躍する女性タレントたちがスナックのママだったら? という“仮想ママ”を考えてみた。
 芸能人、とりわけ女芸人になって活躍してる時点で、ママになる素養はある。
 舞台でウケずに恥をかき、また、大爆笑をとった経験はダテじゃないはずだ。みんなママ力はあると思う。その筆頭は友近。どう見たってママだよ。
 そして一本独鈷、個人事務所で頑張っている女性タレントは、みんなママだと思えばいいんじゃないの?
 大手の事務所に所属しているタレントの場合は、ケツ持ちが付いてる雇われママという感じなのかもしれない。
 一方、最近のテレビドラマに出ている若手女優たちが全てママかというと、“ママ力が少ない”女優の方が多い気がするね。
 それはなぜなのか?
 俺が考えるママ力で一番重要なのは“全てをさらけ出せる覚悟”だと思っている。
 最近の女優は、寂しいことに映画でも脱がなくなった。
 正直、スナックのママを演じて違和感のない若手女優が思い浮かばない。かつて演技派女優と呼ばれた大女優たちは、ストーリーに必然性があれば、みんな銀幕で濡れ場を演じたもの。90年代にはヘアヌードブームがきた。スクリーンで脱ぎ足りない女優さんたちが次々と脱いでママ力を証明したよね。“おっぱいを見せる、見せない”は、覚悟という意味ではわかりやすいボーダーラインじゃないのかな。 
 俺が理想とするママ像は春川ますみさんであり、あき竹城さんだ。ママ力の塊だろ?
 特に春川さんがやもめのジョナサン(愛川欽也)の妻役で大活躍した映画『トラック野郎シリーズ』には全てのスナック要素が入っていると言っていいだろう。
 俺なんてトラック野郎に憧れて“スナック野郎”になってしまったわけだからさ。
 
ロッキーはスナックだ

#エイドリアンはゴージャスなママ
 皆さん、スナックに行ってカラオケのリクエスト履歴を見ることもなく、場の雰囲気も考えずに自分の得意な曲、例えば『ゴールデンボンバー』なんかをカラオケでリクエストしちゃってないだろうか? 
 それは言ってみりゃ、コーチや監督のサインなど見向きもせずに、ただただ自分の欲望をかなえるためのフルスイングだね。
 一球目から悪球を振るドカベンの岩城だよ。試合開始のサイレンが鳴るのと同時にホームランを客席に叩き込むのもいいけど、スナックで一番大事なのは調和だ。
 まあ、スナック初体験なら仕方ないけどね。
 次行く時からは合わせていこうと思うようになる。おいおい変わっていくだろう。そのとがった角を削るのは古くからの常連さんであり、アルバイトレディーだ。
 スナックにはそういう研磨剤代わりの人たちがいるからね。自然と削られるよ。削られるってことはツルツルに磨かれるんだ。泥団子にならなきゃ。
 スナックになじみたいなら“泥団子であれ”だよ。
 BS-TBSで『ロッキーでろうぜ』というタイトルでロッキー・シリーズの映画解説をやったんだよ。昭和のTBSでいうと『月曜ロードショー』。その映画解説は荻昌弘さんだったね。
 動画配信、オンデマンドが当たり前になった令和の時代、決められた時間にテレビで映画を見るというのもなかなかの昭和仕草。でも『ロッキー』を改めてみるといいんだよね。
 20代の頃に見た『ロッキー5』は最悪だと思ってたんだよ。
 ロッキーと息子とのやり取りをクローズアップした物語でさ、シリーズで一番忌み嫌ってたわけだけど、解説をするにあたって30年ぶりにロッキー5見直したらもの凄くいい作品だった。50過ぎると、若い頃に見えてなかったものも見えてくる。親子の葛藤は心を打つものがあるよ。
 ロッキーシリーズを通して見てわかったことは“ロッキーはスナック”だってこと。
 エイドリアンというママがいるんだよな。エイドリアンは最初は控えめなペットショップの店員だったよね。地味で全然、水商売なんか似合いそうにないんだけど、“スナックロッキー”が始まった途端、どんどん店を展開(シリーズ化)していくうちに、服装から化粧からそして堂々たる態度までもの凄くゴージャスなママになっていったじゃない? 
 エイドリアンの兄・ポーリーはスナックのチーフだね。憎めないダメ人間・ポーリーの使い込みで何もかも失うのが、ロッキー5という物語だから。
 栄光と挫折。それがロッキーであり、スナックなんだな。
 若い頃、会社の先輩に連れられて行ったスナックにあまりいいイメージがないという人も多いと思う。今一度、スナックに行ってほしい。「スナックっていいな」という気付きがあるかもしれないからさ。

 

『玉袋筋太郎の#昭和あるある』は全5回で連日公開予定