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オオクワガタは一等地を目指す

 なぜオオクワガタは採るのがとんでもなく難しいのか?
 その理由は、単に数が少ないからだと思ってきた。確かに希少種であることは間違いないのだが、インフィニティーのメンバーに同行して、それだけではないことがわかった。キクリンは言う。
「オオクワガタはエサを食べるよりも、身を隠すことを優先する虫です。体がすっぽりともぐれるウロや大きな樹皮のめくれがあり、そこから樹液が出ていることが絶対条件になります」
 見かけることが多い普通種のクワガタやカブトムシは、樹液が出ていればそこに集まってくる。根元付近から人の目が届く範囲で、樹皮の上にとまっているため簡単に見つかる。だがオオクワガタは身を隠せる場所がない限り、樹液が出ていてもそこに来ることはない。台場クヌギのウロやカミキリムシが羽脱うだつした穴、樹皮の大きなめくれがあり、そこから樹液が出ていることが絶対条件になる。そしてもう一つ、フジの木がクヌギやコナラに巻き付くと、締め付けにより樹液が滲むことがある。そこにオオクワガタがひそめる隙間があれば、絶好の棲家すみかになるのだ。
 しかし自然界において、こうした“好物件”は少ない。山梨県など台場クヌギが多数残された地域を除けば、一つの山にオオクワガタが入れる条件の揃った木は、数えるほどしかないという。では入居にあぶれた個体はどうなるのか? 妥協して他のクワガタたちと同じように樹液を舐めて、土に潜って寝ればいいと思うのだが、それができないらしい。キクリンに言わせると、こういうことになる。
「オオクワガタは常に一等地を目指すんです」
 なんとタワーマンションの高層階にしか住めないらしいのだ。あぶれ個体のその後を調査したデータはないのだが、おそらく外敵に捕食されていると思われる。その一帯に棲家が一つしかない場合、メスは産卵に出ていくので、入れ替わりに他のメスが一番強いオスと同居できるが、二番手、三番手のオスはエサにありつけることもメスと交尾することもできないことになる。なんか哀れだなぁ……。
 ところで子どもの頃から昆虫図鑑や専門誌を見てきた人は、オオクワガタが木の幹にとまっている写真を目にしてきたのではないか? 筆者もその一人で、そんな光景に長年憧れてきた。しかし、現実には自然界でオオクワガタが全身を出して木にとまっていることはほぼありえない。例外的なことを言えば、新成虫が棲家を探しているときや、寿命が近づいた個体がウロから出て来た場合である。オオクワガタは一度気に入った棲家が見つかれば、自分よりも強い個体に追い出されない限り、そこから出て来ることはない。図鑑などに使われている写真は、オオクワガタの全体像を見せるための“絵作り”だったと思われる。

 山梨県や大阪府能勢地域は、古くからオオクワガタの“多産地”として知られてきた。後者の能勢地域は、現在では開発が進んで生息個体が少なくなってしまったが、山梨県は今も健在である。その理由は多数の台場クヌギが残され、山林が手入れされているからだ。台場クヌギとは、薪にするために枝を伐採し続け、樹高が低いまま幹周りが太くなったものだ。樹齢が100年を超えるものもあり、内部が朽ちてウロが生じながら樹液を出している木も多い。オオクワガタにとっては高級マンションが用意されているようなものだ。「成虫の個体数」は「ウロのある樹液木の数」に比例するとも言われている。
 キクリンの案内で、山梨県のあるポイントへ行くと、そこにあった台場クヌギの巨木が幹の途中から倒れていた。洞内が朽ちて重みを支えきれなくなったのだろう。キクリンが過去にも採集した木だったので、とても残念そうだった。残った幹の周りを見たがもうオオクワの気配はなかった。
 そこから10メートルほど登ったところにも、大きな台場クヌギがあった。樹高2メートルほどのところから二股に分かれて横に伸びており、その一つは洞内が朽ちてウロになっていた。キクリンは登ると腹這いになって覗き込む。中はかなり深いようで、ライトで照らすが奥までは見えない。スズメバチが出入りしているのは樹液が出ている証拠だ。しばらく調べていたが「コクワガタの姿を見たので、生態的に優位なオオクワガタはいないと思います」と言って下りてきた。そして以前あった木の方を指した。
「あの木が倒れたことで、前方に大きな空間が開けました。今度はこの木が一等地になるでしょう」
 とにかくオオクワガタは棲む場所に異常なこだわりをもつ。同じ潜洞性のクワガタでも、コクワガタやヒラタクワガタは入る穴がなければ、小さな窪みでも身を寄せているが、オオクワガタは決して妥協しない。人間でいえば間取りの良い部屋(ウロや樹皮めくれ)が空いているだけでなく、そこが昔からの高級住宅街(二次林ではなく自然林)でなければならない。食事(樹液)は外食せずに家の中に限る。さらに家の前に目障りな建物があるとダメ(開けた空間が好き)で、日当たり、風通し全てが条件となる。強いていえば3階建て以上(木の高い場所)が好きで、周りに竹林があるとさらに良い。
 ああ、オオクワガタよ。こんな物件、そう簡単にあるはずなかろうが。

本領発揮開始

 冬季の材採集に比べて、オオクワガタの夏場の樹液採集は、難易度が数段高くなる。樹液木を1日に何カ所も見て回るのは、山梨のような多産地でなければ難しい。
 キクリンが車のトランクを開けると、伸縮タイプの梯子はしごと木登り用のステップを取り出した。これまでも道具を使わず10メートルくらいの高さに、軽々と登っていくのを見てきたが、今度はいったいどんな場所だというのか?!
 梯子をかけたのは、崖の上にあるコナラの木だった。根元付近の直径は70センチくらいあり、まっすぐに伸びた幹にはかなりの高さまで枝がない。筆者もその木まで行こうとしたが、斜面がキツく滑り落ちそうになった。崖はほぼ垂直に40メートルほどの高さに切り立っており、コナラが生えているのはそのふちだ。キクリンは梯子をかけると3メートルの高さまで登った。そこからさらに5メートル上に、直径4センチほどの穴が空いている。おそらくカミキリムシが羽脱した痕だろう。樹液が幹を伝って出ており、カナブンやスズメバチの姿が確認された。

 

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