幹から三ヒラほど離れた枯れ葉の上に落ち、かさりと音を立てた。
クムゥの肩がぴくりと動き、首がこちらを向く。よし、いいぞ。
のっそりと起き上がって、近づいてきた。ウルクは子どものカァーより重い石を抱え直し、折っていた腰をあげた。
クムゥが土の器のかけらに鼻面を伸ばして匂いを嗅ぎはじめる。もう少し。あと半歩前だ。来い。
前足でかけらをもてあそびはじめてしまった。あおぅ。だめか。
長い爪がかけらを弾き、木の根もとにころがってきた。同じかけらを別の何かだと思ったのか、クムゥがまた匂いを嗅ぐために首を伸ばす。身構えたウルクの真下に、陽の色の頭が来た。
いまだ。
石を頭の上まで抱え上げる。自分の体も放り出そうな勢いをつけて、下へ落とした。
硬いもの同士がぶつかり合う鈍い音がした。クムゥの首ががくりと折れ、頭が深く沈む。クムゥの平たい頭頂を直撃した石が、ごろりと地面にころがった瞬間、すさまじい吠え声が轟いた。
「ガァゴォグォウウ」
背骨が震えるような声だった。クムゥの体がミミナガのように跳び上がる。
「ゴゥアアッウウ」
もうひと声叫んで丸くうずくまった。頭がカァーの血ではない、新しい真っ赤な血に染まっている。
やった。ウルクはためこんでいた息を吐く。
よし、とどめだ。
二股の枝の一方に立てかけていた弓を手に取る。樹上で立ち上がり、矢をつがえて真下へ身を乗り出した。
クムゥが、消えていた。
なんてやつだ。あの大石が頭を直撃しても、平気なのか。
どこへ消えた?
また藪に逃げこんだか?
弓を藪に向けたが、クムゥの姿は前方のどこにもなかった。
凍えた手を押しあてられたように、うなじが冷えた。背後から低い唸り声が聞こえたのだ。
振り返ったウルクの目に映ったのは、巨大な掌だった。灰色の肉袋に覆われ、五本の刃を並べたような爪を持つ、ウルクの顔より大きな掌。
繁り葉の間から差し入れられたその掌は、二股の枝のつけ根の右側を手探りしていた。それ自体が一頭の凶悪な獣に見えた。爪が木肌に当たるたびに、がちがちと硬い石を打ちあてたような音を立てる。
「ひいいいっ」
ウルクの口からずっとこらえていた叫びが漏れた。
弓を放つどころじゃなかった。釣り針のように反り返った爪が足袋にかかった。いきなり物凄い力で引っぱられた。体を引きずり下ろされないように、片側の枝に取りすがる。弓と矢が手から落ちた。
ありったけの力で枝に抱きついていたが、とてもたちうちできなかった。足がもげそうだ。枝にしがみついている腕も。
下へ落ちたらどうなるかはわかっていたが、ウルクの体にはもう、抗う力は残っていなかった。
落ちる、と思った瞬間、麻紐で足首にくくりつけている足袋だけが引き下ろされた。下から唸り声が聞こえる。クムゥが足袋をウルクの体のかわりに噛み裂いているに違いなかった。
立ち上がる暇も、紐をかけて背中にしょっていた針葉の幹の槍を構える間もなく、また巨大な掌が伸びてきた。やはり枝のつけ根の右側から。やつの利き腕なのか、また左掌だ。探りあてた矢筒に爪を立てていた。矢筒が引きずり落とされる前に、ウルクは残った最後の一本の矢を抜き取った。
両手で矢を握り、クムゥの掌に振り降ろした。イーの骨の矢尻がごわついた毛に覆われた掌の甲に突き刺さり、反対側の肉袋まで貫いた。