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 前祝いにいつもの宅配ピザの一番高いやつを注文した。
 他に近くの韓国料理屋で明洞のり巻とチャプチェ、さらにコンビニでサラダやビール、ワインも買ってきた。
 ロンホワンと亜沙美は、それを貪るように食って飲んだ。こんな贅沢ができるのは、久し振りだ。
「そうなんだ……。映像で見たいっていってるんだね……」
 ひと息ついたところで、ロンホワンがいった。
「そうなの。でも、“できれば”よ……」
 亜沙美が手に付いたピザの汚れをナプキンで拭い、ワインを飲んだ。
「でも、タナカという人の気持ちはわかるような気がする。僕でも、きっとそう思うはずだよ……」
「そうね。でも、まさか本人の目の前で“る”わけにはいかないし、私が同行してアイフォーンで撮影するわけにもいかない。無理よ……」
「そうだね。難しいね。それで、そのトクダヨシマサの行動パターンはもう調べてあるの?」
 ロンホワンが訊いた。
「調べてあるわ……」
 亜沙美がスマホのメモを開き、説明した。
 それによると、事故を起こしてからの徳田はほとんど練馬区中村南の自宅を出ずに、妻と二人で家の中に引き籠もっている。
 自宅は都内のこのあたりでは比較的広いおよそ五〇坪の敷地に立つ一軒家で、普段は窓のカーテンも閉めきっているので中の様子はまったくわからない。家は高い壁に囲まれ、大手の警備会社とホームセキュリティー契約を結び、確認できるだけで四台の防犯カメラを含む最新式の警報装置が設置されている。
 徳田がこの家を出るのは、基本的にはほぼ月に一回、二キロほど離れた東海病院に定期検診に通う時だけだ。この時は予約したタクシーに送迎させる。他に外出することがあるとすれば、公判の日くらいのものだ。
 裁判の打ち合わせも、弁護士を自宅に呼んで行なっている。妻の加津子かづこも、ほとんど外出しない。食事の買い物も、すべてコープなどの宅配ですませている。
「自宅に侵入して“殺る”のは難しいかもしれないわね。ホームセキュリティーが入っているし、奥さんもいるし……」
 亜沙美がいった。
「まあ、無理ではないけれど。でも、リスクはできるだけ回避した方がいいね。それに、他の家族を傷つけたくはないし……」
 ロンホワンが、缶ビールを口に含む。
「でも、外出する時の方がリスクが高いかもしれない。たぶん来週あたりに徳田は病院に行くと思うけど、家の前までタクシーが迎えに来るし、まさか病院で待ち伏せするわけにもいかないでしょう……」
「そうか……」ロンホワンが考える。「それなら、次の裁判はいつごろ?」
「まさか、公判の日を狙う気なの?」
「だめかな」
「次の公判は四月三〇日のはずだから約束の一カ月にはぎりぎり間に合うけど、その日も送迎があるはず。それに毎回、公判の時はテレビ局や新聞社の記者たちが家から出てくる徳田を門の前で待ち伏せるの。絶対に、無理よ……」
「そうか……。でもぼくに、ちょっと考えがあるんだ……」
 ロンホワンがビールを飲み干し、缶を握り潰した。

 

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