被害者の無念はいったいどうすれば晴らせるのか。遺族は哀しみにくれるしかないのか。その哀しみを銃弾に込めて復讐を代行する殺し屋を描いたのが本作だ。決して許されることではないが、少しでも報われる人がいるのなら……。謎の殺し屋コンビが今日も誰かの思いを遂げる。

「小説推理」2023年7月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『殺し屋商会』の読みどころをご紹介します。

 

決して正義ではないが、 その銃弾で救われるのなら…  謎の殺し屋が法で裁かれない悪人に鉄槌を下す。  哀愁の傑作ハードボイルド

 

■『殺し屋商会』柴田哲孝  /細谷正充[評]

 

ロンホワンと水鳥川亜沙美。殺し屋コンビが、法で裁けなかった悪党を始末する。柴田哲孝の連作短篇集は、現代の東京を舞台にした、ハードな物語だ。

 

 本書『殺し屋商会』は、「小説推理」に掲載された4話に、書き下ろしの完結篇を加えた文庫オリジナル連作集だ。ハードボイルド・冒険小説・警察小説を中心に、ハードな物語を書き続けてきた柴田哲孝ならではの内容が堪能できる。そこが本書の読みどころだろう。

 主人公は、ロンホワンと水鳥川亜沙美の殺し屋コンビだ。ロンホワンが実行役。主にS&W・M36リボルバーを使用して殺しを行う。亜沙美は、依頼人との折衝や、下調べなど、殺人以外の諸々を引き受けている。2人は恋人関係にあるが、亜沙美は仕事のために体を使うことも厭わない。ロンホワンも黙認している。

 第1話のターゲットは、車の事故で母娘を殺してしまった、高齢の元エリート官僚だ。依頼人は死んだ母娘の父親。事故の後、妻が自殺してしまい、ひとりぼっちになった。彼が許せないのは事故そのものよりも、元エリート官僚が、自分の罪を認めないことであった。だから「殺し屋商会 復讐代行相談所」という、うさん臭い名刺を差し出した亜沙美を疑いながらも、殺人を依頼したのである。

 という粗筋を見れば分かるように、物語は実在の事故をモデルにしている。事故の加害者に対する警察や司法の態度が、まるで“上級国民”に忖度しているように思え、なんともいえない気持ちになった人も多いだろう。だからロンホワンの殺しに、すっきりしてしまうのだ。

 続く第2話は、恋人の俳優に裏切られ、追い詰められた歌手が自殺。歌手の両親から、亜沙美が依頼を受ける。歌手の母親から亜沙美が貰った、バーキンのハンドバッグの扱いが巧み。これによりストーリーの味わいが深まっている。

 第3話のターゲットは、自分の子供を愛人と一緒になって虐待死させた母親だ。依頼人の意外な正体にはビックリした。第4話は、闇AVの現場から逃げ出した女性が依頼人となる。現実を無視したAV新法の問題点や、依頼人のしたたかな立ち回りなど、注目すべきポイントは多い。なお、第3話から第5話のタイトルは、萩原健一と水谷豊主演の探偵ドラマ『傷だらけの天使』のサブタイトルを意識したものだろう。

 ところで本書は、2015年の長篇『クズリ』の続篇である。ラストの第5話で、そのことが明確に示される。また『クズリ』のキャラクターたちと会えるとは、嬉しい驚きであった。