第3章
僕たちはぞろぞろと七人で連れだって最上階にある受験生サロンというところへむかった。
三七階でエレベーターをおりると、小さな可愛らしい木製看板がエレベーター前の片隅に設置してあり、受験生サロンへのご案内がこれまた可愛い字や絵で書かれている。朝の十時から夜の九時半までスィートルームを受験生サロンとして開放しており、自習をするなりおしゃべりしてリラックスするなり自由なようだ。
廊下を歩いて行くと、豪華なスィートルームの前に来た。開けっ放しになっている大きなドアの前にも受験生サロンとエレベーター前と同じような小さな看板が置いてある。
おそるおそる中を覗いてみると、僕らと同年代の男子や女子が何人かいて、なにやら楽しそうに笑いながら話している様子が窺える。それはまさに「サロン」という雰囲気で、なんだか簡単には入りづらい。
「おい、どうすっだいや」
エロ川が満面のニタニタ顔で言った。
「お前、入ってみぃ。言い出しっぺだけな」とガンデンが僕に言った。
「アホ。みんなで入ろうぜ」と僕が言うと、ガンデンが「アホ! 友達同士でぞろぞろ入って行ったら田舎モン丸出しだがな。恥ずかしいわい」と言い返した。
確かにそれはそうだ。
「じゃあ、どうすっだいや」と僕。
「そいじゃあ時間差で入らいや」とセノマンが言うと、「ほんに君らは面白いわ」とプーメンが言った。
「もうええわ。俺は部屋で待っとる」
イチモンが呆れたように言った。
「おいおい、お前はここまで来てなにをスカしとっだいや」と中本がイチモンに言った。
「それが俺の生き様だ」とイチモンは答えると、今来た廊下をエレベーターのほうへ戻って行った。イチモンは人見知りだし、こういうのはいつものことなので僕たちは特に引き留めない。
「よし。じゃあジャンケンするぞ」
ガンデンが言うと、「その前に最初に行ったやつはレートストだったら?」とプーメンが言った。
久しぶりに出てきたフレーズ、「〇〇したらレートスト」だ。一応再び解説しておくと、〇〇には今、僕たちが誰が最初に入って行くかで揉めているような実行困難な言葉が入り、それをしたらレートスト、つまりストレートで大学に受かるという意味だ。
「ええわい、どうせレートストなんか無理だけジャンケンするぞ」とガンデンが言い、僕たちはジャンケンをするために輪になった。
「最初はグー、いかりや長介頭がパー、正義は勝つ。ジャンケン、ポン!」
小学生のような掛け声のジャンケンで一斉に手を出すと、僕がチョキであとのみんなはパーだった。
「よっしゃ!」
思わず僕はガッツポーズを作った。
「じゃあ瞬君が一番か」とプーメンがニタニタして言った。
「アホ。俺は……」
僕はちょっと悩んで三番手にしようと思ったが、その中途半端な数字がいかにも僕らしい。これから東京に出たら僕は変わるのだ。今日がその最初の一歩と考えると、一番手かラストを選ぶべきだ。
「じゃあ……俺は……ラスボスだ」
僕はラストを選んだ。
残りの五人のジャンケンはなかなかケリがつかずに二十数回のあいこを繰り返したのち、先鋒ガンデン、次鋒中本、中堅プーメン 三将セノマン 副将エロ川の順となった。
「よっしゃ、じゃあ俺から行ってくるけぇ、一人最低でも三分はあけてこいよ」
ガンデンはそう言うと、肩で風を切るようにサロンの中へ入って行った。そんなふうに入れるのなら最初からお前が行けと言いたいが、それはともかくとしてドア付近にこうしてぞろぞろとかたまっていては誰かが受験生サロンから出て来たり、新たな受験生がやって来たりしたら恥ずかしいので、僕たちは廊下の突き当たりまで行って、三分が経過するのを待つことにした。
「ほいじゃ、行ってこようかいのぉ」
次鋒の中本が猫背の長身を、いつもよりいくらかは伸ばし気味にして歩いて行くと部屋の中に消えた。
そしてまた三分後、今度はプーメンがニタニタと顎髭を触りながら行き、続いてセノマンが珍しく前髪なんかを意識しながら歩いて行く。
残りは僕とエロ川だけで、エロ川はずっとニヤニヤしている。プーメンもニタニタ顔なのだが、エロ川はニタニタというよりニヤニヤのほうがあっている。その違いをうまく説明することはできないのだが。
「オッケー、じゃあ行ってくるぅ!」
エロ川はジーンズを無理矢理脱いで、意味もなくいつものように股間を出すと「イク、イクゥ!」とエロビデオの女優さんのような声を出して、ジーンズを所定の位置に戻すと歩き出した。
「俺も部屋の前まで行こ」
一人取り残されるのが寂しかった僕は、エロ川と一緒に歩き出した。
「おいおい、お前はほんに根性がないのぉ!」
「うるせぇわ」と僕はエロ川に言い返したけど、本当にこの根性のなさが嫌になる。
部屋の前まで来ると、「こんちゃーす!」と言いながらエロ川は入って行った。
「えー、なんでこんなに次から次に来るのぉ! なんかすごいんだけど! 偶然?」と中から女の声が聞こえる。
やはり三分おきに新しい受験生が入って行くなんて不自然すぎる。しかも僕たちがこの階に来てから受験生サロンに入って行く人もいなければ出て行く人もいないのだ。
「やっぱりラストなんかにするんじゃなかった」と僕は自分の選択を少し後悔していた。
もしかしたら、中にいる人たちには、すでに僕たちが友達同士だとバレているかもしれない。だとしたら最後に入って行く僕はなにか落ちをつけなければならないのではないだろうか。いや、本当にただの偶然だと思われていても、その偶然のラストを飾る僕はどんな振る舞いをすればいいのだろうか。
ああ、またも自意識過剰な僕がニョロニョロと出て来てしまい、三分以上経過したというのにまだ部屋の前で悩んでいる。
中をチラッと覗いても、賑やかな声が聞こえるだけで、仲間連中がどんな感じでいるのかはよく分からない。
どうしようかと挙動不審に佇んでいると、「あれ? どうしたの」と声がした。
振り返ると、廊下のむこうから身長一六五センチくらいのスラッとした若い女の人が一人歩いてくる。その女の人はホテルの制服のベストのボタンをすべて開けて、着崩したような着方をしている。ベストの下のYシャツのボタンも上から二つくらいを開けてちょっと胸元が広い。
「あ、えーと……」
その女の人は季節外れに小麦色に日焼けしている。髪型は「東京ラブストーリー」に出ている千堂あきほのようなクシュクシュとしたロングヘアで、これは確かソバージュとかいう髪型だ。僕の中ではいわゆる「ケバい」と言われる女の人がやっている。
その女の人は猫の目のような、どこか凛として神秘的な目つきをしていて、その目の上にも薄い紫色のアイシャドウを入れている。口紅の色も同じような薄紫だ。膝までの紺色のタイトスカートからはキュッと締まったストッキングに覆われた長い足が出ている。
僕が、人生の中で絶対に話をすることはないだろうなと思いつつ、でも一度はこんな女の人と仲良くなる機会はないものだろうか、あるいはもっとその先のエロい関係にまでなれないだろうか、できればその女性のほうから口説いてきてもらって、そういう関係になれたら理想的なのだが……などと妄想し続けていた「ケバい女の人」だ。
「受験生の子? 入って入って! なにしてんの」
その女の人は笑顔で言うと、受験生サロンへとさっさと入っていった。