父の名は作郎と書いてサクロウと読む。ガソリンスタンドを営んでいて、いつも朝七時くらいに家を出て夜も七時くらいに帰って来る。楽しみはテレビでプロ野球のナイターを見ることと僕のソフトボール部の試合と妹の陸上の試合と僕と妹の運動会を見ることだ。とにかくなにかの試合を見るのが大好きなスポーツ親父で、ハンドボールのようなマイナーなスポーツの日本選手権決勝みたいなものがまれにテレビでやっていたりすると、そういうものも寝転んで見ている。だが自分ではなんのスポーツもしていないし、体を動かすことは嫌いだ。
僕は小学校中学校と野球部の補欠だったのだが、補欠の僕の試合も父はすべて見にきていた。父の観戦の仕方は少し変わっていて、仕事の合間に車で見に来るのだが、決して車から降りることはない。どこか遠く離れたところに車を止めて、そこから試合を見ている。そんなに離れていて見えるのだろうかと思うのだが、試合が終わって家に帰ると「あそこのバント失敗が痛かったのう」とか「もう前田はヘロヘロだったがな。代えないけんわい」(前田というのは中学時代の野球部のエースだ)などと言うからちゃんと見ていたのだ。運動会に関しては最初の徒競走を全学年見て、僕や妹以外の学年の足の速い子たちの名前も把握しており、「あいつは去年より伸びたな」などと言っているから母はいつも呆れている。
僕は小中学校と野球部でレギュラーになれなかったから、父をがっかりさせてしまったかなとちょっと後ろめたい気持ちがあった。高校も本当は野球部に入って「高校時代は甲子園を目指していましてね」とこれも将来有名になった暁には言いたいフレーズではあったが(鳥取中央高校から甲子園は99.99%無理だけど)、僕の野球のレベルでは中央高校野球部でもレギュラーは怪しいと思いソフトボール部にした。
事実、中央高校は弱い学校ではあったがエースの中本はマックス百三十キロのストレートを投げていた。そんな学校でレギュラーなんてとうてい無理だし、硬球は硬くて怖い。ソフトボール部にしたことで父は少し悲しむかなと思ったが、そんなことはまったくなく小中学生の頃と同じように毎試合観戦に来ていた。ソフトボール部では僕はめでたくレギュラーの座をつかんだから、小中学生のときよりは父を楽しませることができたかもしれないと思っている。
「遊ぶに決まってるじゃない。あのメンバーよ」と母が言った。
「そうだよ、甘いんだよ、パパは」と妹のワコが同調する。
ワコも標準語を使う。
「お兄ちゃんなんか、どうせ映画ばっかり観てるよ」
「そりゃ観るよ。せっかく東京に行くんだから。ミニシアターって言われる映画館に行ってみたいんだよ」
東京では、鳥取で上映していない映画がたくさん観られる。特に僕が観たいのはミニシアターと呼ばれている小さな映画館で上映されている映画だ。いや、映画というよりも、そういう劇場の雰囲気というものを味わってみたいと思っていた。
僕が映画好きになったのは両親のおかげだ。僕が高校を卒業するくらいまではテレビでよく映画が放映されていて、月曜ロードショー、金曜ロードショー、土曜日のゴールデン洋画劇場、そして日曜洋画劇場と当時は週に四日もあったテレビの洋画劇場を両親はほぼ毎回観ていた。それを僕はなんとなく横で観ているうちに映画が好きになったのだ。
父は主に戦争映画やアクション映画が好きだったが、母はどちらかというと名作と呼ばれている映画が好きで『ひまわり』だとか『夜の大捜査線』『ウェスト・サイド・ストーリー』『エデンの東』など母から薦められて観た名画は多い。父はそういった名画は「暗くていけん」と言っていた。ちなみに父から映画を薦められたことはない。だが父は面白かった映画に関しては観終わると「よう出来とったな」と感心するように言っていて、僕もそう感じるとなんだか嬉しかった。『遊星からの物体X』や『ランボー』『ターミネーター』などの映画は父と意見が合った。
もう一つついでに言うと父は映画を薦めたことがないだけでなく、なにかをしろと言ったこともない。野球をするときもソフトボールをするときも中央高校を選んだときも、日大芸術学部に行きたいと言ったときも、「まあ、がんばれいや」くらいしか言わなかった。それはワコに対しても同じだ。ワコは中学受験をして国立大学の付属中学に通っているのだが、そこを受けろと言ったのは母だ。僕が中学の先生と馬が合わなくて、母が先生とやりあってしまったため「あんな中学はダメ」と母が言い出したのだ。ワコが言うには「お兄ちゃんのとばっちりを食った」とのことで、申し訳ないとは思っていないが、その通りだと思っている。ワコは勉強もよくできるし運動能力も高い。ついでによくもてる。父は後年、仲間由紀恵をテレビで観たとき、「ワコにそっくりだがな」と言ったが、言われてみれば確かに似ているなと思った。だがワコは今風に言うと陰キャというやつで、いつも暗いマンガや本を読んでいた。映画も僕ほどではないがよく観ていた。僕とは真逆に妹は邦画ばかり観ていた。どこでそんな映画を知るのだというようなATG作品とかを好んでいた。そんな妹は正直身内ながらどういう人間なのかよく分からない。ふと、「ん? この人は誰だろう? なんでこの家にいるのだろうか?」というような感覚に襲われることがある。普段何気なく使っている言葉を連呼すると、その言葉の意味と言うのか、なんでこの言葉はこんな言葉なんだろうかと思ってしまうことがあるが、あれと似たような感覚だ。と言っても誰の共感も得られまい。ちなみに妹が僕に対してどんな兄だと感じているのかもよく分からないが、後年、「パパとママはお兄ちゃんにしか興味がなかったよね」とドキッとすることを言ったことがあり、でもそれを恨んでいるというよりは、「まあ、しょうがないよね」という感じであった。意外と家族を一番客観的に見ているのが妹なのかもしれない。
「そういえば、あんたビデオ来てたわよ」と母が言った。
「ビデオ? あ! 『わらの犬』でしょ!? どこにあるの?」
「なんか知らないけど、玄関にある」
「なんだいや、『わらの犬』って」と父が聞いた。
「ペキンパーの映画だよ! ダスティン・ホフマンの」
「おもしろいだかいや?」
「多分ね。倉吉じゅうのビデオ屋を探したけどなかったんだよ!」
僕は興奮気味に夕飯をかき込むと、一目散に玄関に行った。ガムテープでグルグル巻きにされた小さな包みが置いてある。『わらの犬』のⅤHSがあの中に入っているのだ。僕は気がせきながらビリビリとガムテープをはがして中身を取り出した。
ああ、これだ! ダスティン・ホフマンがショットガンを構えている不気味なパッケージだ。
その頃の僕は、映画の批評や紹介文に「暴力描写」という文字があると、それだけでその映画を観たくなった。『わらの犬』に関してはその不気味な題名に加えて批評やレビューを読むと必ず「すさまじいまでの暴力描写」などと書いてあり、一体どんな暴力がそこには描かれているのかどうしても観たかったのだ。しかも監督はあの『ワイルド・バンチ』や『ゲッタウェイ』などの暴力映画の名手のサム・ペキンパーときている。『わらの犬』は『ワイルド・バンチ』のような派手な銃撃戦や暴力描写はないようだが、派手でないぶん本物っぽい暴力、あるいは暴力の本質的な怖さのようなものが描かれているのではないかと僕は想像を張り巡らせていた。妻の故郷の田舎町に引っ越してきた数学教師の夫が、暴漢たちに妻を強姦され、ラストは町の男たちを殺しまくるというストーリーに、暴漢はもちろんのこと数学教師も自らの中にある暴力性に目覚めてしまうようでそのストーリーだけでもワクワクする。
それにしてもどうして僕はこんなにも「暴力描写」という言葉にときめいてしまうのかよく分からない。先述したように中学時代にヤンキーや、ときには教師から理不尽な暴力を何度か受けたことがあったり、近所のスナックで山一抗争の刺殺事件などがあったりしたから、その恐怖が植え付けられているせいで暴力に関しては人一倍臆病になってしまい、逆に人間の中に潜む暴力性にものすごく興味があるのかもしれないし、フィクションとしてなら怖い物見たさで観たいのかもしれない。
よし! 今晩は『東京ラブストーリー』は録画して、まずは『わらの犬』を観て、そのあとに録画した『東京ラブストーリー』を観よう。父や母にも『わらの犬』は是非観てもらいたい。いやいや待て待て『わらの犬』には激しいレイプシーンがあるようだから両親と観るのは気まずいどころの騒ぎではないし、場合によってはいかがわしい気分になって、そのまま隠しているエロビデなんかに一時的に移行する可能性もなくはない。やはり『東京ラブストーリー』が先だ。僕の部屋にテレビはあるが、ビデオデッキは居間にしかないから『わらの犬』は家族が寝静まったあとに居間でゆっくり観るとしよう。
夕飯を終えて、風呂に入ると僕は『東京ラブストーリー』の第二話を見るために二階の自分の部屋に行った。僕の部屋は壁中に映画のポスターが貼ってある。『蒲田行進曲』という映画の登場人物ヤスの部屋を真似たのだが、ヤスはポスターの上にさらにポスターを貼っていたからあの領域にはまだまだ遠い。
『東京ラブストーリー』の第二話では織田裕二演じるカンチの優柔不断というか煮え切らなさがますます際立って僕にはもうたまらないものがある。「暴力描写」とともに、なぜだか僕は「優柔不断で煮え切らない男」という役どころにもものすごく魅力を感じる。
そして鈴木保奈美演じる赤名リカは今日も魅力的だ。行き違いから待ち合わせ場所の店に現れないカンチをずっと待っている。店が閉店時間になると、鈴木保奈美は……いや赤名リカは寒い中を店の表で織田裕二、いやカンチを待つ。冷たい雨が降って来て小田和正の主題歌『ラブストーリーは突然に』が流れるともう気分は最高潮に達した。僕も東京に出たらこんな恋をしたい! そう思わずにはいられなかった。きっとさっきまで一緒に麻雀をしていた連中も今、ドラマを観ながらそう思っているに違いない。このドラマは柳葉敏郎とか陣内孝則とか中山美穂とか石田純一とかが出ている『君の瞳に恋してる!』とか『愛しあってるかい!』などのドラマとはどこか雰囲気が違う。織田裕二も鈴木保奈美もそんなにおしゃれな部屋には住んでいない。そこがなんだか共感できる。柳葉敏郎や陣内孝則のドラマは登場人物たちがやたらおしゃれなマンションに住んでいるのだ。
住んでいる場所も代官山とか表参道とか、倉吉にはそんなカッコいい名前の町はない。エロ川がすんでいるのは「谷」という村でプーメンは「穴沢」という村だ。まるで縄文時代のような名前だ。だが僕たち麻雀仲間は柳葉陣内ドラマなんかも大好きで、大学に合格した暁にはみんなで代官山のおしゃれな部屋で共同生活をしようと話してもいるのだ。そしてそんな街に住みながら、『東京ラブストーリー』のカンチや赤名リカのような恋ができれば最高だ。奇跡が起きれば今年の四月からそんな生活が待っているのかと思うとワクワクせずにはいられない。
両親が寝静まったあと、僕は抜き足差し足で一階におりるとビデオデッキに『わらの犬』を突っ込んで再生した。
映画が始まると、教会の墓地で子供たちが子犬と遊んでいる。そこからしてなぜだか少し不気味な空気が漂っているのだが、次は街に越してきたばかりのダスティン・ホフマン扮する数学者と妻のスーザン・ジョージが買い物帰りの道を歩いている。ノーブラで歩くスーザン・ジョージを街の男たちが異様な目つきで見ていて、ここまでくるともうただ事ではない不穏な気配が流れ、映画は終始、不穏さと異様さの空気に包まれていて、その空気が僕にはたまらない。
百十七分間、僕は瞬きすら忘れたかのように『わらの犬』に観入った。レイプされた妻への復讐で街の男たちをぶっ殺しまくると思っていた話とはぜんぜん違って、妻がレイプされたこととはまったく違う出来事から主人公は暴力で男たちと大立ち回りを演じて殺しまくるのだが、ラスト二十分ほど続くその暴力シーンは『ワイルド・バンチ』の大銃撃戦を見終わったあとのようなヌオーっ! と力が湧いてくるものではなく、ひたすらに恐ろしかった。それこそこの二十分間は本当に瞬きをしていなかったかもしれない。どんな感想を持つのが正解なのかまったく分からないが、なにかとんでもない物を見たような気持ちになる映画だった。今ならすぐにネットで考察動画やらなにやら見て自分の考えと他人の考えを照らしあわせるところだが、当時は自分で何かを思うことしかできない。映画ってこんな酷いことを描いてもいいものなのだなと思うと、なぜだかムクムクと力が湧いてきた。その理由はよく分からない。
とにかく僕の心の映画に文句なく決定した『わらの犬』のビデオパッケージをVHSコレクションの棚に丁寧に置いた。コレクションと言っても当時VHSは一本一万五千円ほどする。お年玉と小遣いをはたいて買っていた僕のコレクションは七本しかない。『ロッキー3』『俺たちに明日はない』『明日に向かって撃て』『ワイルド・バンチ』『暴力脱獄』『大脱走』そして『わらの犬』が今日加わっての七本だ。大学に受かった暁にはこいつらはすべて東京に持って行くつもりだ。並んだ七本のVHSを見ながら、いつかこんな映画を作りたいと僕は夢を馳せていた。