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「とりあえずお前ら、まずは服をどうにかせえ。そんなジーパンはいとるやつ、東京にはおらんぞ。一緒に歩くのも恥ずかしいわ。東京着いたらまずジーパン買いに行くぞ」

 ケミカルウォッシュかボンタンみたいにだぶついたジーンズをはいている僕たちにガンデンが言った。

「東京の女は内面を見る力もあるけどなあ、ファッションにもうるさいぞ」とガンデンが言うと、また車掌さんがギロッと僕たちのスペースを覗くので、宴はなんとなくお開きになってしまった。

 東京には内面を見る目のある女が多いというのは確かに僕たちのような自称「田舎にはおさまりきれない男たち」にとって良いことだとは思うが、僕はエロ川の言った「告白しまくる」という言葉にも心の中でちょっと頷いていた。

 もしかしたら女性と付き合うことが一生ないかもしれないと先述したが、それ以前に告白というものを一生しないのではないか、あるいはできないのではないかという不安もあるのだ。不安という言葉が適切かどうかは分からないが、好きになった人に「好きです」と伝える行為は、もしかしたら人間のできる行為の中でもかなり尊いものなのではないかと思うのだ。

 僕は小学生のときも中学生のときも、好きになった人がいた。惚れっぽいのかそれが普通なのか分からないが、隣の席になった女の子を好きになる傾向があった。でも、そのすべての女子たちに告白できないでいた。それはなにか人としてとても大切なことをしていなくて、いつか大きな後悔をするのではないのだろうかと不安だったし、そんな大切なことをできない人間が映画監督なんてものになれるのだろうかとも思っていた。だから東京に出てキャラ変したその先にある大きな目標の一つに、「好きなった人に告白する」ということがある。

「告白」ができれば、僕という人間は大きく変われるのではないかと漠然とだが思っている。列車の揺れを背中に感じながら、歴代で好きになった隣の席の女子たちになんとなく思いを巡らせていると、いつの間にか眠ってしまった。

 

「皆さま、おはようございます。寝台特急出雲号東京行きです。列車は間もなく熱海に到着します。熱海を出ますと、次は横浜に七時〇六分、終点の東京には七時三〇分に到着いたします」

 そんな朝の放送で目覚めると、僕は寝床から抜け出して通路に出た。窓の外はうっすらと明るくなっていて、夜中とは違って風景もよく見える。

 トイレに行くついでにアズキヨがいるという二〇番を覗くと、髪の長いきれいな女性が、下段の寝台に座ってお化粧をしていた。一瞬目があったけど、僕はすぐにそらしてトイレに行った。

 アズキヨほどではないけれど、確かにきれいな人だなと思いながらおしっこをして、鏡を見ながら寝癖のついた髪を入念に整えた。もしかしたら帰り道にまた目が合うかもしれない。向こうも僕のことを「かっこいい人」なんて思っているかもしれない。どうしてもそんなマンガみたいな想像が膨らんでしまう。ついでにあの下段の寝台に「おいで」なんて招き入れられることだってあるかもしれない。

 自意識過剰で勇気もないのに、そういうあり得ない妄想だけはどんどん膨らんでしまうのだ。トイレからの戻りがあんまり遅いとあの女の人に「あいつ、うんこか……」と思われるかもしれない、なんてことまで心配になる始末だ。

 髪型を手早く整えると、僕はトイレから出て通路に戻った。ちょっとばかりドキドキして二〇番のスペースを通り過ぎると、女の人の座っていた下段の寝台はカーテンが閉じられている。僕にまったく興味がないのか、目が合ったのが嫌だったのか、そのどちらでもないのかは分からないけれど、なぜか僕はちょっとだけ傷ついた。

 一三番に戻ると、まだ誰も起きていない。一四番のプーメンの寝台もカーテンが閉まっている。

 僕は通路の椅子を出して座った。列車はちょうど熱海駅のホームに入っていくところだ。ゆっくりと停車すると、早朝のホームには誰もいない。

「誰も乗ってこないのかな?」と僕はちょっと不思議に思ったが、考えてみれば当然だ。熱海から東京までは二駅だからきっとそんなに遠くはないのだろう。こんな早朝にわざわざ寝台特急に乗って東京に行く人などいるわけがないのだ。

 熱海というところは、温泉で有名なことと、『熱海殺人事件』という映画の舞台になっていることくらいしか知らない。

 僕は『ロードショー』という映画雑誌を毎月購読しているのだが、そう言えば映画『熱海殺人事件』は批評家からけっこう貶されていた。原作はつかこうへいという人が書いた舞台劇らしいが、僕はタイトルに妙に魅かれていた。つかこうへいという人は、どうしてこんなところで殺人事件が起こる話を書いたのだろうか……? そんなことを思いながらぼんやりと窓外を見つめていると、列車はゆっくりと駅を出た。

 横浜に着くころには再び眠くなってきた僕のかわりに他の連中が目覚め始めた。次の東京には三〇分ほどで着いてしまうので、僕も寝ないことにした。歯をみがいたり、荷物の整理をしていると、「出雲」はあっと言う間に東京に入っていった。

 僕は通路の窓にへばりついて東京の景色を見つめた。高いビルやいろんな建物がぎっしりと並んで高架道路も見える。まだ朝なのに車もたくさん走っている。テレビで何度も東京の風景は見ているのに、いざこうして自分が現実に東京にやって来ると、なぜだか風景がぜんぜん違って見える。いや違って見えるというのではない。なんだかものすごい迫力を感じる。この列車ごと東京に飲み込まれてしまいそうな感じだ。

 いつの間にか、僕だけでなく、みんな窓から東京の風景を見つめている。誰も言葉を発さずに黙って見つめていると、車内放送が鳴り始めた。

「チャララララン、ララララ、ラン」

 耳に馴染みの良いこの音楽を聞くことは、これから三週間はないのかと思うと、なぜだか妙に切ない気持ちになる。

「おはようございます。まもなく終点、東京です。東海道新幹線、山手線、京浜東北線、中央線、総武線、横須賀線、京葉線、地下鉄丸ノ内線はお乗り換えです。皆さま、長らくのご乗車をありがとうございました。どうぞお忘れ物のないよう、お支度ください。本日も寝台特急出雲号をご利用くださいまして、まことにありがとうございました。まもなく東京、東京、東京に到着です」

 ああ、いよいよ東京に着いてしまう。本当に着いてしまうのだ。そして僕たちは、これから大学受験というものに挑むのだな。申し訳ないが、その現実感がまったくなかった。申し訳ないのは多分親にだと思う。これから野球の試合があるというのに、ユニホームも着てなければバットもグローブも持って来ていないような感じだった。「あれ? 今日試合だったっけ?」そんな感覚だ。僕は本当に大丈夫なのだろうか? 本当に受かるのだろうか? 今さらながらにそんなことを思ってしまった。

「よっしゃ、じゃあ降りるか!」

 僕たちの中では東京に一番慣れているガンデンが言うと、みんななぜか慌てたように大きな荷物を手に持った。

 

 まだ八時にもなっていないというのに東京駅の構内は大勢の人でごった返している。歩く人たちは体当たりでもしてくるかのようにすごいスピードでずんずん直進してくるから、荷物を持った僕たちは何度も人にぶつかっては謝った。ぶつかった人はこちらに一瞥くれるか、ほとんど無視して歩いて行く。みんな急いでどこに行くのだろうか。

 何度も東京に来ているガンデンが迷路のような東京駅構内をスタスタと歩いて行くのを僕たち六人は必死について行く。

 僕たちは池袋にあるサンシャインシティプリンスホテルに泊まることになっている。ガンデンによると、東京駅から丸ノ内線という地下鉄に乗って池袋まで行くとのことだ。

 ホテルにチェックインができるのは午後三時からだから、ひとまず荷物だけ預けてから原宿とか渋谷あたりに繰り出してみようということになっている。

 丸ノ内線までやって来ると、そこのホームにも大勢の人がいた。この人たちみんなが同じ電車に乗るのだろうか。僕は地下鉄に乗るのも初めてだし(ガンデン以外みんな初めてだ)、いったいどんな雰囲気なのだろうかとちょっとワクワクしていたのだが、人が多すぎるのと、歩くスピードが速いガンデンについて行くのに必死で、ワクワクどころじゃなかった。こんなところで迷子になったらたまったものではない。

 ホームにいる大勢の人たちはみんな無言で雑誌や新聞を読んでいる。当たり前だがこの時代はスマホを見ている人は一人もいないにもかかわらず、みんな下を向いて本や新聞を読んでいる光景は今とたいして変わらない。

 ホームに電車が入ってくると、大勢の人がまさに吐き出されるかのように降りてきて、僕たちを押しのけて地上への階段を上がって行く。すると今度は僕たちが人の海に呑み込まれるかのように電車に押し込まれた。前後左右の人と顔と顔がくっつきそうになりながら息を殺して乗っている。もはや自分の足で立っているのかどうかもわからない状態だが、ふとエロ川と目が合うとニタニタしている。そのエロ川の前には若い女の人がいるのだが、まさかこいつ痴漢なんかしてないだろうなと一瞬疑ってしまった。

 駅に止まるたびに僕たちは電車から押し出され、また押し込まれるという動きを五、六回繰り返してクタクタになったころにようやく池袋に到着した。地上に出ると、さすがに東京の中でも都会である池袋は駅周辺にデパートなんかあったりして賑やかな感じだけど、僕はまだフワフワと気持ちが浮ついていて東京に来たという実感が湧かない。

「あっちだ」

 また勝手に歩き始めたガンデンに僕らは必死でついて行く。時間はまだ朝の八時過ぎで、一月の朝は外もけっこう寒いというのに酔っぱらった若者やサラリーマンたちが普通に歩いている。

「おい、もうちょいゆっくり歩けえや」と中本が言ったが、ガンデンの耳には入っていないようでスタスタと歩いて行く。

 サンシャイン60通りという通りはとても賑やかで、若者向けのオシャレな喫茶店やらスパゲッティ屋さん、ハンバーガー屋さんなんかが並んでいる。ロッテリアはなんとなく聞いたことがあるが、ウェンディーズというやつは知らない。倉吉にはモスバーガーしかなかった。僕はマクドナルドをどうしても食べてみたかった。モスバーガーでさえあの美味しさなのだから、世界で一番有名なマクドナルドはどれだけ美味しいのか、東京に行ったら絶対に食べると決めていたのだ。あと、よくドラマに出てくるデニーズというレストランにも絶対に行ってみたいと思っている。

「お、映画館もある!」と僕は思わず声を出してしまった。『ロッキー5』の大きな看板が出ている。

「あとで『ロッキー5』観に行かいや」と僕が言うと、みんな「行こう行こう」と言った。

 地下のサンシャインシティというところに降りて行くと、まだ開いてはないが、ここにも洋服屋とか飲食店がたくさん入っていて、まるで巨大な迷路のように広い。さすがにガンデンもときおり案内の看板を見ている。僕らは完全にガンデンにお任せ状態だが、そのまま地上に出ることもなく、いつの間にか宿泊するサンシャインシティプリンスホテルのロビーに着いていた。もう一度池袋の駅からここまで来いと言われても絶対に無理だ。

 どこが入り口だったのかも分からないまま七人で同時にロビーに着いてしまったものだから僕たちは少し慌てた。というのも僕たちは三人部屋を一部屋予約しているだけなのだ。そこに七人で泊まるつもりなのだ。残りの四人は忍び込んで、浮いたお金は遊びに使おうという計画だ。だから七人でぞろぞろとロビーにいてはまずいのだ。

「おい、とりあえず俺と瞬とエロ川以外は外で待っとれ」とホテルを予約したセノマンが言った。予約時の名前がセノマンと僕とエロ川になっているのだ。

「外ってどこで待つだいや?」と中本。

「さっきの地下街に座るところがあるけ、そこ行こう」とガンデンが言うと、プーメンとイチモンを含めた四人は、今来た道をコソコソと引き返して行った。幸いにもホテルのロビーはだだっ広く、こんな早朝の時間だというのに、わりとお客さんらしき人もいて僕たちが怪しまれるということはなかった。

「すみません、予約していた瀬野ですけど、チェックインまで荷物を預ってもらえますか?」

 セノマンが受付の若い男の人に言うと、「かしこまりました」と快く預かってくれた。

「一五時にチェックインできますので、戻られましたらこちらにお申し付けください」

 去年放映していた『ホテル』というドラマで高嶋政伸が演じていたベルボーイのような口調でその人が言うと、エロ川がすかさず「姉さん、事件です! イエーイ高嶋!」と言った。

「姉さん、事件です!」は『ホテル』の主演、高嶋政伸が演じる赤川一平のお馴染みのセリフだが、「イエーイ、高嶋!」の「イエーイ」は高嶋政伸の父、高島忠夫が司会を務める「クイズ!ドレミファドン!」での名ゼリフだ。エロ川はこういう合わせ技が上手いというか、頭に浮かんだらそれが口に直結するようなところがあって、そこも本当に面白い。こいつはお寺を継ぐよりもお笑い芸人のほうが向いている気がする。

 

(つづく)