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 住む場所の話が終わって、大学生になったら『ねるとん紅鯨団』(とんねるずが司会をしていたお見合いリアリティショーの走りのような番組だ)にも出演しようと盛り上がっていると、

「大変大変大変変態変態変態!」

 大きな声を出してくだらないことを言いつつ、手を叩きながらエロ川がトイレから戻って来た。

「うるせえな、なんだいや」とイチモン。

「二〇番にごっつい美人がおる! アズキヨ並み!」

 エロ川はそう言うと、いきなりズボンをおろして股間を出した。通路からエロ川のケツが丸見えだが、やつも夜汽車の旅にテンションが上がっているのだろう。ちなみにアズキヨというのは当時人気のあったAV女優の東清美さんのことで、もちろん僕たち鳥取中央高校でも大人気で、特に3年D組の男子からはアズキヨの愛称で親しまれていた。

「アズキヨ!? マジか! マジか!」

 僕たちはゾロゾロと通路に出て、二〇番のスペースの前を通り過ぎてみたが、エロ川のいうアズキヨはすでにカーテンを閉めており、その姿は拝めなかった。

「おい、ほんにでアズキヨ並みだっただかいや?」と僕が聞くと、エロ川はニヤニヤして「チューだったかもしれん」と言った。

 チューとは第1章で僕が告白されて逃げた一年先輩の前田智恵美さんのあだ名だ。

「アホ! チューなら見んでもええわ!」とガンデンが言った。

 とりあえず、アズキヨはまたあとで見にこようと言って一三番に戻るとまたもエロ川が、「大変大変! 九時過ぎた! リカとカンチが今ごろセックスしとる!」と言った。

 時間は九時一分だった。一九九一年一月二八日の今日は月曜日である。つまり今、『東京ラブストーリー』の第四話が始まったばかりだ。今、こうして『出雲』にゆられている我々は当然ながらその第四話を見ることができない。

 東京への出発と四話の放送が重なっていることにプーメンが気づいたのは二日前だった。『出雲』の切符はキャンセル料を払えばキャンセルできるだろうが、ホテルは二九日から予約している。もちろんホテルの宿泊をずらすことだって金で解決はできるのだろうが、高校生の我々にはそのあたりの金銭が絡む問題は親に相談しなければならない。どうすべきかと喧々囂々悩みまくった。というのも三話の終わり方が衝撃すぎたからだ。

「セックスしよ」とリカがカンチに言ったところで終わったのだ。

 僕はテレビの前で思わず「えー!?」とわめきながら悶えた。まさかそんなセリフが飛び出してくるとは思わなかったし、女性のほうからそんな発言が出てくるなんて、これまでのドラマで見たことがなかったからだ。前に『瀬戸内少年野球団・青春編 最後の楽園』という映画で鷲尾いさ子ふんするヒロインが、主人公の田原俊彦に「明るいうちからするのはふしだらでしょうか?」と言うセリフがあってドキドキしたものだったが、「セックスしよ」というあまりにもダイレクトなセリフを耳にして、「え、こんなにもダイレクトにセックスしようって言っていいんだ!?」と僕は度肝を抜かれてしまったのだ。しかもその言い方があっけらかんとしたものだったことも驚きに輪をかけた。

 あんなにもかわいい鈴木保奈美が「セックスしよ」なんてセリフをどんな気持ちであんなにもあっけらかんと言ったのかと想像すると、その晩はなかなか寝付けなかったくらいだ。彼女はものすごく恥ずかしかったのではないか? いやそれとも意外とへっちゃらだったのか……あるいは特になにも思わなかったのか……考えているうちに夜が明けてきたというのはちょっと大げさだが、どうにも眠れなくなってしまったのは本当だ。

 ちょっと話がそれてしまったけれど、とにもかくにも三話がそんな終わり方をしたものだから僕たちがどうしても四話を見たいと思ってしまうのはお分かりいただけると思う。だが結局、「東京ラブストーリーの四話が見たいから一日遅れて東京に行くことにする」と親たちにはさすがに言えないだろうと結論が出て、僕たちは泣く泣く今夜の四話をあきらめたのだ。今ならTVerやらなんやらで家にいなくても見ることはできるのだが。

「あ~の日、あ~の時~、あ~の場所で~」

 エロ川が主題歌の『ラブ・ストーリ―は突然に』を歌い出した。

「お前、うるさい」とイチモンが冷めた口調で言った。

「でも、さすがにあんなにはっきりセックスしよって言われたら俺ならヒクわ」とガンデン。

「アホか! すぐやるわい!」とエロ川。

「保奈美だったらやるだろ」と僕。

「やるなんてもんじゃないだら」とセノマンも続く。

 プーメンがそんな会話をニタニタしながら聞いている。

「おいおいお前ら童貞のクセに、やるとかやらんとか保奈美に失礼だろ」と中本がもっとニヤニヤしながら言った。もちろんそう言う中本だって童貞なのだが。

 一九九一年、鳥取中央高校の男子たちの童貞率はおそらく九〇%は超えていたと思う。鳥取のド田舎では高校生になっても、男女間の壁というものが割と高く立ちはだかっていて、男子が女子と喋っていると、「あ~、あいつ女子と喋っとる!」などという小学生のような嘲りこそなかったが、感覚としてはそれに近いものがあった。とはいえ年頃の男子だからセックスに対しての好奇心は当然旺盛で、エロ川と中本とガンデンとセノマンはこの大学受験期間に東京でソープランドに行ってみようと企ててもいる。僕だってもちろん行ってみたいし、「行こう行こう」と口では言っていたが、実はなかなかその勇気が持てないでいる。

 僕は自分が将来、女の人とセックスできるような気がまったくしない。それどころかキスすらできるのかと不安だ。いやもっと言うとオッパイを揉める日がくるのだろうかと真剣に悩んでいるし、さらにもっと言うと、女の人と付き合うことができるのだろうかとさえ思っている。チューこと前田智恵美さんから告白されていたじゃねえかと突っ込まれそうだが、確かに告白はされたが僕は逃げた。その理由は前田智恵美さんの評価が友人たちから異様に低いからと第1章で書いたが、実はもう一つ理由があって、こちらのほうが自分としては深刻だ。

 僕は女性と一緒にいると、極度に緊張してしまうのだ。極端に自意識過剰なのだ。なぜ自分がこんなふうになってしまったのかは見当がついている。それは小学6年のときにかいた二つの大きな恥が原因だと思っている。

 一つ目は、音楽の時間に一人ずつ「翼をください」を歌うテストがあったのだが、僕はそのときなぜか声が出なかった。自分が歌が下手なことは分かっていたが、まさか緊張して声が出ないなんて事態になるとは夢にも思わなかった。どうにか声を出そうと試みたが、どうしても声は出て来てくれなかった。僕は泣きそうになってしまったのだが、そのとき幼なじみのタエ子という女子がまさに「あ、泣いちゃう、泣いちゃう! 瞬が泣いちゃう!」と大きな声で言ったのだ。タエ子に言われると、僕は我慢できずその場で泣いてしまった。

 二つ目は少年野球の試合のときだ。その日は練習試合だったのだが、見に来ていた父がなぜだかその日に限って審判を買って出た。補欠の僕が「嫌だなあ……」と思う気持ちは分かってもらえると思う。チームの監督さんは僕を試合に出さざるをえなくなり、最終回に代打で出ることになった。僕は主審をしている父に「代打、高崎です」と自分の苗字を告げた。父は「うむ」と言った。その時点で死ぬほど恥ずかしかったのだが、バッターボックスに立った僕は、歌を歌えなかった時と同様にどうしてもバットを振ることができなかった。棒立ちのままむかえたフルカウント、ピッチャーの投げたボールはど真ん中にきた。僕はやっぱりバットを振れなかった。そこまではまだいい。いや、良くないけどいい。次の瞬間に起こったことに比べればぜんぜんいい。

 ど真ん中にきたボールがキャッチャーミットにおさまると、数秒の間があったのち、

「ボール!」

 父は大きな声でそう言ったのだ。

 ピッチャーは「はぁー!?」と露骨に不満そうな声を出して、キャッチャーは思わず立ち上がって父を睨みつけた。

 僕がどんな気持ちで一塁に走ったのかは想像いただけると思う。いや想像を絶すると思うが、ともかくこの二つのトラウマが僕を必要以上に自意識過剰で、臆病な人間にしてしまっているのだと思う。タエ子と父のせいだ。

 だから中本たちが企てているソープランド計画にもちょっと怖気づいているのだ。相手をしてくれる女性とどんな会話をしていいのか、どんなふうに時を過ごしていいのかまったく分からない。極度に緊張するであろうことを思うと、エロ川や中本たちのようにノリノリでその計画には乗れないのだ。

 エロ川と中本とガンデンとセノマンは、「ホットドッグ・プレス」を開きながら、またもソープランド決行の話をしている。吉原と呼ばれるところか歌舞伎町というところに行くかで迷っているようだが、ついでに言うと、いや、ついでではなく、大切なことなのだが、エロ川たちがソープランドに行けば、それは当たり前だがやつらは童貞ではなくなるということだ。そのことに僕は強烈な焦りがある。なんだか取り残されたような気持ちになる。その一線にはとてつもなく高い山が聳え立っているような気がするのだ。

 僕はいつまでもみんなで同じ場所に立ち続けていたい。

 そんな気持ちが心のどこかにあるのが僕の正体なのだ。映画監督を目指しているというだけで、どちらかと言うと僕は「自分の世界をちゃんと持っている奴」としてこいつらから認識されている。そう認識されているだろうなと自分で思い込んでいるだけかもしれないけれど、実は臆病で、他人の足を引っ張るような(テスト勉強なんかでも他人の時間を奪おうとしてしまうところがある)卑怯で小心な人間だということを自分が一番よく知っている。

 自意識過剰よりもなによりも、実はそここそが僕の最大のコンプレックスだ。

 大学生になって東京に出たら、僕はまずこの部分をキャラ変して生きていこうと思っている。誰も僕を知らないところならば、自分で目指すキャラとして生き直すことができるような気がしている。他人は他人、自分は自分と思って前向きに明るく生きる。でも、ときにへんてこりんなこともしてしまう、ちょっと天然でどこか不思議なキャラを僕は目指している。『女性は得体の知れない男、正体不明な男に落ちる』みたいなことがガンデンの持っていた「ホットドッグ・プレス」だかなんだかのおしゃれ雑誌に書いてあって、なるほどと思ったのだ。ちなみに中本やエロ川たちがソープランドに行こうと決心したのも、「ホットドッグ・プレス」の北方謙三先生のお悩み相談室において、いろんな悩みに対して、「ソープへ行け!」という答えが多かったことにも背中を押されているのだ。僕のコンプレックスだって、きっと北方先生に言わせれば「ソープへ行け!」の一言で解決するかもしれないのだが、今はまだその勇気がない。

「まあ、とにかく俺は大学に入ったらキャラ変するわ」と僕は言った。ソープランド話から話題をそらすつもりもあった。

「なんだいや、お前はいきなり」ソープランド話の腰を折られたエロ川が言う。

「これからは積極的に女とコミュニケーションをとって、自分の良さちゅうもんをアピールして生きていくっちゅうことだがな」と僕は言った。

「なにがコミュニケーションだいや、英語使うな。だいたいお前の良さってなんだいや」とセノマン。

「わからんけど、それは東京の女なら見抜いてくれるだら。まずは話さんとどうにもならんわ」

「まあな。確かに東京の女がいくら見る目があるって言っても俺らのほうも壁作っとったらいけんだろ」と中本が言った。

「まあ、俺はこのニヒルさが売りだったけど、そこにちょっとしたキュートさを交えていくつもりだわいや」と続けて言う。

 背も高いし、普段は仏頂面の中本が、その中にキュートさを滲み出すことに成功すればこれはかなりの武器になるだろうが、キュートとニヒルは同時に存在することはできるのだろうか。ものすごいハイレベルなテクニックが必要な気がする。

「おい、イチモン、ニヒルは俺だとか思っとらんだろうな」と中本がイチモンを指さしてニヤニヤしながら言った。

「言っとくけど、お前のはニヒルじゃなくてただの不愛想だけえの。そこをわきまえとけよ」と言うと、イチモンは「勝手にせえ。俺は不愛想そのものが武器だ」と言った。

「じゃあ、僕は文学を武器にしようかいな。見た目はチビだし、モテんのは自分でもよう分かっとるけえ、大学時代に文學界新人賞か群像新人賞とって才能だけでモテてみせるわ」とプーメンがあご髭を触りながら言った。

「そんなのぜんぜんモテんと思うぞ。仮にモテたとしても相手はブスばっかりだ」とガンデンが言うと、プーメンは「僕もそう思う!」と言って笑った。

「お前ら、その前に大学受からんとモテるとかモテんとかないだら。俺以外、受かる確率ないのになにを不毛な話をしとるだいや」とセノマン。

「不毛不毛! 俺の毛もなくなってほしいわ!」とエロ川は言うと、「もう俺は大学に入ったら告白しまくる。これしかない。OK出るまで毎日誰かに告白するくらいじゃないと俺の場合は無理。だってこの毛だもん」と言って、エロ川はまた毛だらけのお尻を丸出しにした。そしてみんながドッと笑った。

「お前なんか一〇〇連敗して、その毛の多さで警察に通報されるわい」とガンデンが言った。

「うん、逮捕もの!」とエロ川は自分でそう言いながらケツ毛をむんずとむしると僕たちに投げつけた。

「アホ! やめえ!」

「汚ね!」

「口に入ったがな!」

 ひらひらと舞うエロ川のケツ毛を払いながら僕たちは悲鳴をあげた。もはやこいつの面白さは狂気じみている。

 そんな騒ぎに車掌さんが飛んできた。

「静かにしなさい! お客さんは君たちだけじゃないんだ!」

「すみません……」

 僕たちは小さな声で謝った。

 

(つづく)