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 僕たちは荷物を預けると、ガンデン、中本、プーメン、イチモンの待つ地下街に戻った。荷物がないだけで身体だけでなく心まで身軽になった感じがする。

 ウロウロしていると、地下街のベンチで眠りこけているガンデンたちを発見した。プーメンだけが起きていて文庫本を読んでいる。

「僕たちもコインロッカーを発見したけえ、そこに荷物入れたわ」とプーメンが言った。

 すぐに起こすのはかわいそうなので僕とセノマンとエロ川もベンチに座ると、身軽になった安心感からか眠くなってしまっていつしか本当に寝ていた。

 一〇時を過ぎた頃に、徐々にお店が開きだして、その喧騒でようやく僕らは目覚めた。一時間以上もここで眠りこけていたのだ。

「よっしゃ、とりあえず原宿あたりに繰り出すぞ」とガンデンが言うと、またスタスタと歩き出す。

「おい、昼飯はマクドナルド行かいや」僕は言った。

「ええぞ。紹介したる」とガンデン。

「なにが紹介したるだいや。お前のもんだかいや、マクドナルドが」と中本が言った。

「渋谷店は俺のだ」

 ギャグでもなんでもないかのようにガンデンが返すと中本も「知っとるわい」と普通に返した。

「お前ら、東京に来てもほんにアホだな」とイチモンがニタニタしている。

「そんな君らが僕は好きだわ」とプーメンがあご髭を触りながら言った。

 ボケに対して突っ込まないとか、こういう意味のないやり取りを僕たちはたまにするのだが、それをオシャレで面白いと思っている。3年D組言葉で言えばもちろん『スンセ』が良いとなる。でも面白がっているのは鳥取中央高校3年D組の男子たちだけで、こういうやり取りが他人にウケたことは一度もない。イチモンとプーメンの二人がニタニタと聞いているだけで、もしかしたら僕たちはこの二人に向けて、そんな話芸を披露しているのかと思ってしまうこともある。

 3年D組の女子たちの前でも、例えば弁当タイムなどにこういったやり取りをしたことはあるが、彼女たちは聞いているのかいないのかまったくの無反応だった。それも僕たちから言わせれば『スンセ』がなく、物の本質を見る力がない、と言うことになるのだが。

「あと、とりあえずマジでジーパンは買えよ。東京でそんなジーパンで歩いとったら逮捕されるけえな」とこれもガンデンは真顔で言ったが、もちろん冗談で、それに対する突っ込みは特に誰もしない。真顔で冗談を言って、それに対して突っ込まないことの面白さは、僕がこの先、売れない映画監督になって幾度も試してみたがついぞウケることはなかった。だから僕は売れなかったのかもしれない。

 とりあえず、僕らはガンデンにくっついて池袋の駅まで戻り、ついにあの有名な山手線に乗ることになった。

 原宿と渋谷は池袋から山手線ですぐのところにあるらしく、駅で言うと隣らしい。そんな有名な街の駅が隣同士というのが僕の感覚からすると信じられない。鳥取県で言えば鳥取と米子という県内での都会度一、二を争う街が隣同士にある感じだ。何となくだが新宿とか原宿とか渋谷というのはそれぞれ離れた場所に点在しているのだと思っていた。

 池袋駅まで戻って来ると、また僕たちの気持ちは萎えてしまった。駅にはまだまだ人が多くて、山手線にいたってはホームも電車内も先ほどの丸ノ内線と同じようにすし詰め状態だ。時間はもう一一時前だが、これが倉吉駅だったらほとんど人はいない。

「おい、東京の汽車はずっとこんな感じだかいや?」と中本がガンデンに聞いた。

「汽車じゃなくて電車な。昼には半分以上が死んどるわ」とガンデン。

「ならええわ」と中本は言った。

 満員の車内に押し込まれながら僕たちは原宿で降りた。

 竹下通りにつくと、またびっくりしてしまった。その狭い通りも若者たちでごった返している。

「おいおい、ここもごっつい人だがな……」とセノマンが呆れたように言った。

「とりあえず、古着屋でジーパン買え」とガンデンは言うと、その人ごみの中に突っ込んで行った。

 狭い通りの両脇にはとんねるずや加藤茶、田代まさしなんかのタレントショップがズラッと並んでいて、クレープ屋さんから漂う甘い匂いが通り全体を包み込み、なんだかちょっとした遊園地のようだ。僕はまだクレープというものを食べたことがない。食べてみたいが並んでいるのは若い女子ばかりで、あそこに並ぶのは恥ずかしすぎるような気がする。そして並んでいる子は、なぜか誰もが可愛く見えるのは気のせいだろうか。

「大変大変! 女の偏差値が七〇以上ある!」とエロ川が言った。僕もその意見に賛成だ。

 もう少し歩いて行くとマクドナルドもあったので、僕は「おい、昼飯、ここで食おうぜ!」と言った。

「ジーパン買ってからな。ケミカルウォッシュでマクドナルドは立ち入り禁止だけえの」とガンデンが言った。

 確かに僕たちみたいなダボダボのケミカルウォッシュのジーンズをはいている人は原宿には誰もいない。ベルトまでの短い短ランのようなダウンジャケットに、ガンデンがよくはいているリーバイス501のようなジーンズをはいている男子が多い。その服装がカッコいいとは思わないが、流行っているのなら、その恰好をしているほうが無難だ。

 ガンデンについて古着屋さんに入ると「いらっしゃいませぇ! どんなのお探しですか?」と若い女の店員さんがすぐに近づいてきた。その店員さんもとてもかわいい。

「あ、えっと……」

 僕はトラウマになっている歌が歌えなかった時のように声が出なくなってしまった。

 ケミカルウォッシュのジーンズに、母が「暖かいから着ていきなさい。ピエール・カルダンなんだから」と言って出してきた父のおさがりのふるぼけた茶色のコートを着ている。靴はかかとのつぶれたよく分からないメーカーの白いスニーカーだ。

 きっと今、このかわいい店員さんは、僕のクソダサい服装を腹の中ではバカにしているのだろうなと思うと恥ずかしくてたまらないし、汗もダラダラと出てくる。

「アウター探してる? ダウンジャケットたくさんあるよ」

 アウターという言葉の意味すら分からなかったが、ダウンジャケットと言っているのだから、ダウンジャケットのことをアウターというのだろうと僕は思った。

「あ、は、はい……」

 とりあえず返事をすると、そのかわいい店員さんは、「どんなのがいいかなあ」とハンガーにかかっている色とりどりの短ランダウンジャケットから選び始めた。

 洋服屋でこうして服を選ぶということすら、実は人生で初の経験だ。父のおさがりを何の躊躇もなく着てしまうことからもお分かりだろうが、僕は服装にはまったく興味がないのだ。中学高校と休みの日も部活があったから私服でいる必要はほとんどなかった。たまに私服を着なければならないことがあると、母がどこで買ってきたのかよく分からない服ばかり着ていた。なんなら母の肩パッドのはいった女性もののジャケットを、おしゃれかな? と思って着てみたこともあるくらいだ。

「これとかいいんじゃない?」

 可愛い店員さんはそう言うと、青色のダウンジャケットを僕の胸あたりにあわせた。

「うん、似合いそう。試着する?」

 胸に服をあてられただけでさらに汗が出てきて、その汗に気づかれないように顔をそむけると、なんだか店員さんを拒否しているような感じになってしまった。

「あ、ごめん、イヤだった?」

「いえ……」

「どんな色が好きなの?」

「えーと……どんな色でも……」

 しどろもどろになっていると、ガンデンが「これとこれにしろよ」となぜかいきなり標準語で言いながら、ジーンズとダウンジャケットを持って来た。

 鳥取弁で言うと、「これとこれにせいや」になる。

「あ、いいじゃん。試着してみたら?」と店員さんに聞かれて、僕は「あ、いいです。これください」と言ってしまった。

「アホ! 裾上げがあるけ試着しとけ」とガンデンが、今度は鳥取弁で言った。

 どうやらガンデンはみんなのコーディネイトをしているようだ。と言ってもみんな似たようなジーンズに似たようなダウンジャケットなのだが、ガンデン自身は『トップガン』でトム・クルーズが着ていたアメリカの軍隊のジャケットを着ている。

「とりあえず買った服に着替えて、今まで着とったのは捨てちゃえ」とガンデンが言った。

 ガンデン以外の六人はみんなリーバイス501にいろんな色のダウンジャケットというスタイルになり、これはこれでなんだかオシャレ軍団になったような気がしたし、僕は急激に東京に馴染んだような気分になった。

 みんな照れたように同じような恰好になった互いを見合っているが、満更でもなさそうだ。

 僕たちは意気揚々と店を出ると、次はマクドナルドに行った。

 まだ昼前だがマクドナルドは混んでいた。ショートダウンジャケットにリーバイス501という、恥ずかしくない服装になった僕たちは(集団でいると随分恥ずかしいと今は思うが)、マクドナルドでも堂々とした態度で注文できた。服装一つで気分がこうも変わるものなのかと僕は新しい発見をしたような気分だった。

「言っとくけど、モスよりまずいぞ」

 すっかりガイド役となっているガンデンが言った。

 世界で一番有名なマクドナルドがそんなことがあるはずがないと思いながら、モスでも好きなテリヤキバーガーとポテトとコーラを注文したのだが、一口食べてガンデンの言うことが本当だと分かった。モスバーガーのテリヤキバーガーのほうが断然うまい。

 どうやらみんなもそう感じているのか、複雑そうな表情になっている。

「確かにモスのほうがうまいな……」

 僕がそう言うと、プーメンが「でも、ポテトはこっちのほうがうまいわ。パリパリで」と言った。

 ポテトを手に持ったまま早々にマクドナルドを出ると、ガンデンが渋谷まで歩けるというので、歩いて移動することになった。

「この辺はオシャレな古着屋とかが多い。俺くらいのレベルになるとこの辺の古着屋で服買うぞ。お前らもあと一〇年くらいしたらこの辺で買えるくらいにはなれ。それからだな、東京の女と付き合うのは」などと言っている。

 さっきからずっとなのだが、とにかく歩いている女の人がみんな美人に見える。渋谷が近づいてくると、竹下通りよりもずっと大人な感じの女の人が多くなった。そういうところばかり僕たちは見ていた。

「こっから先がセンター街だ。撃たれるかもしれんけ気ぃつけよ」

 ガンデンが言った。

 渋谷センター街とアーチが出ている。

 僕たちはまだセンター街に足を踏み入れたわけではないが、五メートルほど歩けば入り口につく。

「やめとこうや。カツアゲされたらかなわんもん」

 暴力とは無縁の僕らの中でももっとも無縁なプーメンが言った。

 センター街というところにはチーマーと呼ばれる不良がいるらしいことは知っていた。テレビ番組なんかで『渋谷センター街24時』みたいな特集番組をやっていたのを見たのだが、目があっただけでボコボコにされるとか、さらわれるとか信じられない出来事が起きているようだ。田舎のヤンキーは目があったら殴るかもしれないが、人をさらったりなんかしない。

 そんなところにはプーメンだけでなく、みんな近づきたくもないと思っていた。

「映画、観にいかいや。『ロッキー5』」

 僕が言うと、みんな都会歩きに少し疲れていたのか賛成してくれた。

「じゃあせっかく渋谷に来とるけぇ、渋谷の映画館で観やいや」と言ったガンデンに連れて行かれたのはセンター街と反対側にある東急文化会館という大きなビルだった。中には渋谷東急1・2・3とパンテオンという四つの映画館が入っているようで、ビルの表に大きな看板が出ている。

 お目当ての『ロッキー5』はパンテオンという劇場でやっているようだ。他の劇場は『プリティ・ウーマン』と『ネバーエンディング・ストーリー第2章』とカンチこと織田裕二主演の『ベストガイ』という映画を上映している。

『東京ラブストーリー』ではその優柔不断なキャラクターで僕を魅了してくれている織田裕二だけど、こちらの『ベストガイ』はなんだか『トップガン』のパクリみたいな感じがして全然観たいと思わない。というかこの頃の僕は邦画=ダサいという印象で、何人かの監督をのぞいては、ほとんど邦画を観ることはなかった。

 入場券を買ってパンテオンに入ってみると、ロビーはホテルのように広くて、二階席にあがる螺旋階段をのぼって行くと、二階のロビーにはフカフカな赤絨毯が敷き詰められている。座り心地抜群な赤いソファも置いてあり、ヨーロッパにでもありそうな豪華な劇場みたいだ(行ったことも見たこともないけれど)。劇場内に入ると客席は1000席以上もありスクリーンもバカみたいに大きい。鳥取県にある映画館はすべて制覇しているがこんなに大きな劇場はない。

「いつかここで僕が作った映画を上映できるといいなあ」

 そんなことを思ったが、その思いは実現しない。僕に才能がなかったからではなく、二〇〇三年、僕が二一歳のときにこの東急文化会館は閉じてしまうのだ。

 七人で観た『ロッキー5』は残念ながら内容的には面白くなかった。最後がリングでの戦いでなくストリートファイトだなんて燃えられるわけがない。でも、こんなにも大きなスクリーンで映画を観られたということに感動して、僕はその感動をどうしても家族に伝えたくなり、映画館を出たあと電話ボックスに入って実家に電話した。もちろん友人たちには恥ずかしいから、ちょっと用事があるからと言って電話をかけに行った。

 電話に出た母親に渋谷で映画を観たこと、スクリーンがバカでかかったこと、マクドナルドにも行ったがモスバーガーのほうが美味しかったことなどを立て続けに伝えると、「あんた、なにしに行ったか分かってるんでしょうね」と言われた。しかし電話の向こうの母の声は、そんな息子を心配するというよりも、都会の映画館に感動して報告までしてくる息子の様子に喜んでいるようにも感じられた。

 電話ボックスの中にはなんだかよく分からないが、女の子の写真がついたピンクのシールが大量に貼られている。ちょっとエロそうなかわいい女の子と通話ができるみたいなことが書いてあり、すべての電話番号が〇九九〇から始まっていた。

 仲間たちへのお土産に、僕は適当に一〇枚くらいそのシールを剥がして持って出た。これが後ほど大変な事態を引き起こすことになるとはこの時は思いもしなかった。いや、大変な事態というとちょっと大げさかもしれない。他人が聞けばしょぼいことだろうが、僕にとっては、それは出くわすべくして出くわしたような出来事で、今でもそのとき心に感じた痛みを引きずりながら、時に噛みしめながら生きている。

 

 ホテルに戻るとセノマンと僕とエロ川はチェックインした。初めて自分の名前を宿泊カードに書くのはちょっと緊張したけれど、たったそれだけのことでも少し大人になったような気がした。

「ご宿泊いただいている受験生の方の憩いの場として、最上階に受験生サロンという場所をご提供させていただいております。二一時まで開いておりますので、どうぞご利用くださいませ」

 フロントの女の人の丁寧な言葉遣いに、僕とエロ川とセノマンは「はい」と返事をした。

 ホテルのロビーはチェックインする人や出かけて行く人で賑わっているから、七人で堂々とエレベーターに乗っても誰かが怪しむなんてことはまったくなかった。

 僕たちの部屋は二四階の二四〇二号室だ。広い部屋に入るとシングルベッドが三つ並んでいて、お風呂も広々としている。

 大きな窓からは東京の街が見渡せる。受験生の部屋には縁起をかつぐ意味で富士山が見える部屋を優先的に用意しているらしいが、遠くに見える山が富士山なのかどうかよく分からない。眼下にはうっそうとした木々に囲まれた公園が広がっていた。

 とりあえず、受験が近い者からベッドを使うことにした。

 明後日三一日に受験があるのは中本とガンデンとセノマン、プーメンの四人だからジャンケンをして負けたプーメンと明後日以降が受験の僕とエロ川とイチモンは床で寝ることになった。

「これで僕は落ちたわ」と床で寝ることになったプーメンが言った。

「なあ、受験生サロンちゅうとこに行ってみるか?」

 プーメンの言葉には反応せずに僕は言った。

 そこがどんなところなのかはぜんぜん想像がつかなかったが、全国各地から受験生が来ているのだとしたらなんだか楽しそうな気もする。

「行ってみるか」とみんなが同調したので、僕らは荷物をほどくと最上階にある受験生サロンにむかった。

 そこで僕は、その後の人生に影響のある大きな出会いをすることになるのだが、それは次の第3章でお話しすることにする。

 

(つづく)