『君たちは今が世界』『翼の翼』『ななみの海』『普通の子』など、子どもを取り巻く世界を繊細に描くことに定評のある朝比奈あすかさん。近年、中学や高校の国語の入試問題に作品が多数取り上げられることでも知られています。
そんな朝比奈さんが、作家デビュー20周年の節目に上梓した本作『おはなしの時子』の主人公は、80歳を前にした老齢女性。
世代は違えど、朝比奈さんが主人公たちを通して描く、生きることの希望や祈りは、本作にも深く刻まれています。作品誕生のきっかけや、執筆を通して自身が得たという気づきなどを伺いました。
取材=編集部
仲間が多く、一見楽しそうに見えていた母の「寂しい」はどこから来るのか
――本作を執筆されるに至ったきっかけや、着想の原点などがあれば教えてください。
朝比奈あすか(以下、朝比奈):今年82歳になる母の存在が大きいです。彼女は約50年間、自宅の一室で工業用のミシン4台を置いた洋裁教室をやっています。今は週に3日、教室を開き、どの時間も生徒さんで賑わっています。
母や、母の生徒さんたちの話を聞くと、人間味があって面白く、将来のために心を備えられる感じもしました。いつかこの年代の方々を主人公にして書いたら面白いだろうなあと、随分前から思っていました。
――主人公の藤原時子は、夫を亡くしたあと独身の中年息子・和洋と暮らす79歳の女性です。彼女の造形について、特に意識された点や、モデルになった方などはいらっしゃるのでしょうか。
朝比奈:母や、母の生徒さんたちや、様々な人々が少しずつ織り交ざり、時子さんができあがっている感じです。織り交ざりの中から、倖さん、カズエさん、文代さんも生まれました。将来、こんなお仲間ができたらいいなあと夢見るように、書きました。
私は、母の洋裁教室のある家で育ち、今もたまにそこに帰っては仕事をします。生徒さんの多くは母と同年代の女性で、いつもおしゃべりで盛り上がり、時にうるさいくらい。とにかく楽しそうなんです。
実は、コロナ禍の時に、私は母に、そろそろ洋裁教室を閉じたらと提案しました。すでに母は後期高齢者でしたし、手足に痺れが出てきたり、内臓の病気で入院したりと、以前から体調面が不安だったからです。
が、洋裁教室の休止を伝えると、
「教室がないと話す人がいない」
「このままでは、コロナの前にうつになってしまう」
などと言う生徒さんが何人かいたそうです。もともと生徒第一の母はひどく悩んでいました。
コロナ禍が落ち着いてから教室を再開すると、徐々に生徒さんたちが戻ってきました。大変になったはずなのに、なぜか母の体調は良くなりました。それで、80歳を過ぎた今もまだ、教室を続けているのです。
――時子さんの姿を描くうえで、特に意識されたところはありますか。
意識した点としては、母と対話をたくさんすることでした。この小説の連載時、母の年齢は主人公の時子さんと同じ79歳でした。「今の心境をできるだけ正直に教えて」と漠然とした質問をし続けて、やがて母から聞けた言葉が「寂しい」というものでした。一見、仲間が多く、楽しそうに見えていた母の「寂しい」がどこから来るのか知りたくて、さらに会話を重ねました。
母には、先立たれた姉妹や同級生などもおり、死への意識は常にあると感じました。認知症になってしまい母のことを忘れてしまった友人もいました。母自身、常に耳鳴りがし、長年の洋裁で痛めた手を何度も手術しているのですが、いまも時おり痛むそうで。目が悪くなり、昔は簡単にできていた針への糸通しが難しくなった。寝つきが悪く、一日四時間眠れないこともある。……聞いてみると、それまで私にわざわざ言わなかったけれど、実はいろいろな不安や痛みを抱えながら、だましだまし毎日を過ごしていることが分かりました。
それでも、生徒さんやラジオ体操の仲間たちと一緒の時はとても楽しそうです。私と話している時も、明るい話をすると、母の目は輝きますし、大笑いもします。不安や痛みと同時に、楽しい時間もある。そんな姿を通して、時子さんたちの姿を書きたいと思いました。
――時子が大金を失った電話詐欺とあわせて、孫の愛梨が直面する「美容整形の高額契約」も、経験値の低い若者を狙った詐欺の一つとして描かれています。高齢者に対する詐欺と、若者の美容整形トラブルの対比がとても印象的でした。
朝比奈:ありがとうございます。以前、母が電話の詐欺に遭って私に連絡をしてきた時、私も一緒に騙されました。そして、その話を周囲にしていたら、実は私も……と、同年代の友人からも大なり小なりの詐欺被害をちらほら聞きました。
ニュースでよく聞く闇バイトの勧誘は若者を狙った詐欺の一種でしょう。色々な年代が色々な人に騙されています。騙す側が100悪いというセリフは小説に何度も書きました。詐欺被害は、決して世代の限られる話ではありません。
「声」でのやりとりは、「会っていた」という感覚が残る
――時子は若い頃に「電話交換手」として働いた経験があり、それが終盤の「おはなし電話」の伏線にもなっています。SNSなどの「文字のコミュニケーション」が主流の現代において、あえて「声」で繋がるというモチーフを選ばれた理由とは?
朝比奈:そうですね、やはり、声や話し方に表れる人となりがあると思います。
ちょっと古い話になるのですが、30年近く前、勤めている会社の営業部で、電話だけでやりとりをし、最後まで顔を合わせることがなかった他社の方がいました。とても明るい感じの声の方で、いつかお会いしたかったのですが、お互い内勤だったので機会がないままでした。それでも、いつも声を聞いていたので、なんとなく「会っていた」というか、「一緒にいた」という感覚が、今も残っています。同じやりとりが文字だけだったら、この感覚はなかったかもしれません。
――時子のラジオ体操仲間である文代が語る「解約した固定電話に、認知症の姉が最後までファックスを送り続けようとしていた」というエピソードにはぐっときました。今、失われつつある「固定電話」という存在に、朝比奈さんはどんな思いを抱いていますか?
朝比奈:私は正直、固定電話に思い入れはないのですが、例えば紙の雑誌や紙の本に強い思い入れがあります。でも、遠い未来の人たちに、「昔の人は紙の本に思い入れがあったのか……」と思われるかもしれません。かつては時子が誇らしく就いていた電話交換手という職業が、今はもうありません。同じように未来の社会で、運転手とか現金とかも、「かつては当たり前の存在だったが今はないもの」となっている可能性はあります。
さきほど「固定電話に思い入れはない」と言いましたが、よく考えてみたら、私も実家の電話番号は今もそらで言えます。もし、この番号が永遠に失われると思うと、少し心がざわつくかもしれません。このざわつきが何なのかはよく分かりませんが、ある種のノスタルジーでしょうか。時子もノスタルジーにとりつかれ、過去を取り戻すために行動に出ようとしたのかもしれません。
母と娘。子育ての記憶は美化される
――時子の娘である亮子との関係性も読みどころの一つです。特に、亮子がかつて自分の私物を漁られた過去を告白し、でも時子はそれを全く覚えていないという「母娘の記憶のズレ」の描写にハッとさせられました。
朝比奈:子育ての記憶は美化されます。私の母は、自分がおおらかに子育てをしてきて、親子関係はとても良かったと思っているようです。
しかし、2年ほど前、父の実家じまいをした時の大掃除で、私の小学生の頃の勉強ノートが見つかりました。そこにあったのは、幼い私が書いた作文への、母からのダメ出しの朱字(笑)。算数の丸付けノートなども出てきましたが、褒め言葉はほぼありません。毎日たくさんの計算をさせられ、「たしかめざん!」「しゅうちゅう!」などと叱られていました。
母にそのノートを見せたところ、母は全く覚えていませんでした。「小2の子にこれは厳しすぎる」と私が言うと、不機嫌になってしまいました。
よく考えますと、父が仕事で多忙だったため、母はとても大変だったと思います。今の私よりずっと若い、30代の母が、ワンオペ育児家事に加えて、自分で立ち上げた洋裁教室を頑張っていた。当時は洋裁で夜間のクラスも持っていたので、こうしたノートを作るなどして、自分が面倒をみることができない夜の間、子どもに一人で勉強をさせようと工夫していたのでしょう。そう思うと、同じ母親として、頭が下がる思いもあります。しかし、そのこととは別に、「母娘の記憶のズレ」はあるのです。
――ラジオ体操仲間のカズエ、文代、倖との四人組のやりとりは、時にユーモラスで、時に辛辣で、非常に魅力的な「老年から始まる友情」として描かれています。この点も、作品の大きな美点になっていますね。
朝比奈:ありがとうございます。
母の話が続きますが、70歳で生活の拠点を隣の町に移した母は、新しい町の公園で開かれる早朝のラジオ体操に参加したことで、みるみる交流関係を広げました。まさにラジオ体操仲間ができたのです。その仲間からのお誘いで、新しい町の老人会に入れてもらえて、楽しそうです。
同じように、母より高齢の80歳手前で娘さんの暮らす町へ引っ越された方の話も聞きました。その方は犬の散歩をきっかけに交流の輪を広げたそうです。
こうした話を聞くと、心を開いて踏み出せば、何歳からでも仲間が作れる気がして、勇気づけられます。ゆるやかなつながりを日常の中に点在させることの大切さにも気付きました。
寂しさを抱える人の話し相手をする「おはなし電話」に込められた祈り
――イラストレーターのNaffyさんが手がけられた装画が、とても気に入っているそうですね。加筆修正するうえで、装画に触発されたところがあるそうですが?
朝比奈:『おはなしの時子』はNaffyさんの、優しく、どこか懐かしい、あたたかみのある装画に恵まれました。
時子さんの電話から、赤い糸がほうぼうの窓辺へとのびていき、たくさんの物語が始まる予感がします。全ての窓の中に、知らない人がいるのです。中でも、窓辺にいる黒猫が印象的でした。当初、物語の中に黒猫はいませんでしたが、少し上を向いている黒猫の横顔を見ているうち、アイデアが湧き、この黒猫を、『おはなしの時子』の登場者として加えることにしました。
作中に出て参りますので、どうぞお楽しみください。
――時子が、自宅を訪れる孫の愛梨のために一工夫加えた「ミートソーススパゲッティ」や、極シンプルな材料の「ないときクッキー」「パウンドケーキ」「バナナアイス」などを作るシーンが本筋とは関係ないかもしれませんが、物語に彩りを加えています。これらのレシピは朝比奈さんが考案されたものですか?
朝比奈:ありがとうございます。これらもやはり、母から教わったものです。母はお金や時間が「ないとき」にこそ、創意工夫してきました。そういえば母が、おやつにのりまきを細く長く作って、小さく切って、一個ずつちびちび食べることで面白くしてくれていたことを思い出し、私も子どもたちに作っていました。おやつでのりまきというのは、よく考えると、健康的でいいですね。作中で時子さんや倖さんが食べているものなども、母の食卓を参考にしました。
――ネタバレになるので詳しくは伺えませんが、何度か「おはなし電話」にかけてくるある人物との対話に、作者の深い祈りのようなものを感じました。連載時から大きく改稿された展開ですが、朝比奈さん自身にどのような気持ちの変化があったのでしょうか。
朝比奈:このような殺伐とした世の中で、悲しいことや惨いことも起こります。しかし、産院のベビーベッドで並んで泣いていた赤ちゃんの時から悪人だった人はいないわけです。そう考えると、若い人たちの言動は社会の写し鏡のようにも思えます。ですから、時子の心の変化には、世界を良くしたいという、それまでは気づかなかった願いもあると思います。そこには私の「祈り」も込めています。
子育てが終わった時、人生は有限だと実感。何歳になっても挑戦し、踏み出すことができると信じたい
――物語の結末で、時子が「おはなしのばあば」であり続けたいと強く願い、孫の愛梨もまた、第一歩を踏み出します。年齢にかかわらず、人は誰かのために、あるいは自分の尊厳のために「挑戦し、踏み出すことができる」という前向きなエネルギーを感じました。ラストに込めた願いを教えてください。
朝比奈:まさに、おっしゃる通り、誰かのために、あるいは自分のために、人は何歳でも、何歳になっても、「挑戦し、踏み出すことができる」と信じたいです。これもまた、私の祈りです。
なにせ、人生は有限です。出会える人の数も限られています。「今でしょ」の精神は、若い人以上に中高年のほうが持つべきかもしれません。
こんなことを言っている私も、若かった頃は、まるで永遠に生きられるかのような気分で、のんびりやっていました。子育てが終わった時、人生は有限だと実感しました。毎朝しんどくて堪らなかった弁当作りが、ある日を境にぴたっと終わり、もう二度とその日々は帰ってこないのです。ああ、全てはちゃんと終わるんだ、と思いました。
そんなふうに、人生がいつか終わることについて少し考え出した時だったので、母の「寂しい」という言葉は余計、心に沁みました。以前なら、「何言ってるの」と明るく返したでしょうが、母の寂しさが、有限への気づきの延長上にある気がして、たまらない気持ちになりました。
79歳の時子さんやその友人たちも、表では涼しげに笑い合いながらも、心の底でそうした何かを感じているでしょう。だけど、そこに気づいたからこそ、踏み出す一歩もあると思うのです。
19歳の愛梨が踏み出す一歩は、自立と勇気、大人への一歩です。そして、79歳の時子さんの踏み出す一歩は、有限の生を悔いのないよう生き抜くための力強い一歩。
どちらの姿も、私は美しいなと思いながら書きました。
――最後に、これからこの作品を手にする読者の皆さんへ向けて、メッセージをお願いします。
朝比奈:79歳の時子さんが主人公ですが、どの年代の方にも楽しんでいただきたいです。人は何歳でも、何歳になっても、挑戦し、踏み出すことができる。そんな思いや、祈りを込めて、書きました。どうぞよろしくお願いします。