7月31日(金)、都内にて、第79回日本推理作家協会賞の贈呈式が行われた。会場には多くの文壇関係者が集い、各部門の受賞者たちの栄誉を称えた。

 中でも注目を集めたのは、【短編部門】を受賞した松樹凛(まつき・りん)氏の『ぼくらが夕闇を埋めた場所』だ。

 

 

選考委員・喜国雅彦氏「文章力の圧倒的な上手さ。心に直接届く描写力」

 

 選考委員代表として登壇した喜国雅彦氏は、今回の短編部門の選考について「今回は候補5作品のうち3作品が少年少女を主人公としたホラー寄りの作品でした。すべてが割り切れる本格ミステリよりも、割り切れず余韻が残るホラー系の方が読後の印象が強く残る」と振り返った。

 

 受賞作となった『ぼくらが夕闇を埋めた場所』については、第1回投票で満票を獲得したことを明かし、作品の冒頭から漂う圧倒的な不穏さと世界観を絶賛。

 

「少年が同級生の少女に命じられてスコップで穴を掘る——最初から嫌な予感しかしない展開で、物語はどんどん嫌な方向へ進んでいく。魅力的なキャラクター、静かな演出、自然な会話など褒めどころは尽きませんが、選考委員の一致した意見はとにかくその文章力の上手さでした。

 小説講座ではよく『説明ではなく描写を』と言われますが、まさにそれ。すべてが描写で組み立てられているため、ストーリーが頭ではなく心に直接届き、作品世界にどっぷり浸ることができました。また、現実的にはスコップで穴を掘るのが難しい地面の硬さに対し、とある単語を提示することでリアリティを持たせる技術にも感心しました。ジャパニーズホラーの一つの到達点と言える作品です」

 と、惜しみない賛辞を贈った。

 

受賞者・松樹凛氏「夢と理想を詰めた“青春小説”のつもりが…」

 

 続いてマイクをとった松樹凛氏は、喜びの表情を浮かべながらスピーチを行った。

 松樹氏は2021年に「射手座の香る夏」で第12回創元SF短編賞を受賞し、デビュー。当時はコロナ禍まっただ中だったため授賞式はリモート開催であり、リアルの授賞式の場に強い憧れを抱いていたという。

 

「もっとすごい賞を獲らないとこの場には来られないと思っていたので、巡ってきた機会がとても嬉しいです」と語り、今作が生まれた経緯を振り返った。

 

「ミステリを書きませんかというお話をいただき、先の展開などは考えず、とにかく自分が一番書きたいことを100%詰め込んで好きに書かせていただきました。

 正直、私自身は『自分の夢と理想を詰め込んだ、夢の青春小説が書けた!』と思っていました。ですが、選考委員の皆様の講評を見たら、『ホラー』や『恐怖』という言葉が並んでいて驚きました。

 ただ、よく考えてみると、青春特有の瑞々しさや甘酸っぱさというのは、先の見えない不安や形のない恐怖と常に隣り合わせなのかもしれません。大人になった今では感じにくくなったその感覚を、小説を書いている間は呼び覚ますことができる。それが今、小説を書く上での一番の醍醐味になっています。かつて感じていた不安や恐怖を込めた作品で、このような素晴らしい場に立てたのは、家族や友人、仕事の仲間の支えがあったからこそです」

 と、周囲への深い感謝の言葉でスピーチを締めくくった。

 

第79回日本推理作家協会賞 受賞一覧

 

 なお、本年度の各部門の受賞作品と受賞者は以下のとおり。

 

【長編および連作短編集部門】

『百年の時効』伏尾美紀(幻冬舎)

 

【短編部門】

「ぼくらが夕闇を埋めた場所」松樹凛(小説推理2025年1月号)

 

【評論・その他の部門】

『青ひげ夫人と秘密の部屋 「見たな」の文学史』千野帽子(光文社)

 

【翻訳部門】

『世界の終わりの最後の殺人』スチュアート・タートン 著 三角和代 訳(文藝春秋)