「無人島に3つだけ持っていくなら何にする?」──バーの常連たちの他愛のない雑談から始まった楽園行きは、10億円の賞金がぶら下がったバトルロワイヤルへと変貌を遂げる。
2026年、破竹の勢いを見せる秋吉理香子の最新文庫『無人島ロワイヤル』。持ち込まれたアイテムの優劣、そして極限状態で剥き出しになる人間の本性。心の闇の交錯を鮮やかに描き、読者のなかに潜む「残酷な見世物を欲する本能」をも抉り出す、一気読み必至のサスペンスを徹底解説!

■『無人島ロワイヤル』秋吉理香子 /細谷正充 [評]
秋吉理香子は、いつだって読み頃である。そして今年(2026年)は、特に読み頃の年といっていい。この意味を説明するために、まず作者の経歴を見てみよう。
兵庫県出身の作者は、早稲田大学第一文学部を卒業すると、ロヨラ・メリーマウント大学院で、映画・TV製作修士号を獲得した。2008年、「雪の花」で第3回Yahoo! JAPAN文学賞を受賞。翌09年、受賞作を表題にした短編集『雪の花』を刊行する。しかし本格的な作家活動は、2013年に双葉社から刊行した、ダーク・ミステリー『暗黒少女』からだといっていい。この作品が話題になると、以後、コンスタントにミステリーを発表。物語の傾向には幅があるが、どれも面白い。
そんな作者だが、今年の勢いはもの凄い。1月には6人の女性を主人公にした短篇集『悪女たちのレシピ』をハーパーコリンズから刊行。TVの情報バラエティ番組「王様のブランチ」のインタビューで、作品の意図や魅力を語っていた。このインタビューを見て、本を購入した人も、少なからずいることだろう。
3月には、中学受験塾でトップ成績の生徒が姿を消したことから巻き起こる、同級生の母親たちの疑心暗鬼とその顛末を描いた『修羅の桜』を、文春文庫から書き下ろしで刊行。さらに4月から、2023年8月に講談社より刊行した『月夜航路』が、『月夜航路 ―答えは名作の中に―』のタイトルで、TVドラマ化された。主演は、波瑠と麻生久美子。文学オタクの銀座のバーのママと、家族を捨てた主婦が、訳あって大阪に向かう。その旅の過程で、さまざまな文学絡みの謎を解いていくミステリーだ。シスターフッド、ロード・ノベル、文学ミステリーの要素が混然一体となった作品である。なおTVドラマに合わせるように、シリーズ第2弾となる『月夜航路 Returns』も刊行された。
このように今年は1月から、秋吉作品祭りともいうべき状況が続いているのだ。さらに5月になると、既刊の『無人島ロワイヤル』が文庫化されたのである。まだ2026年になって半年もたってないのに、本当にとんでもない勢いだ。今年が特に読み頃だという理由は、ここにある。
本書『無人島ロワイヤル』は、2023年2月から8月にかけて「小説推理」に連載。同年11月に双葉社から刊行された。物語は、都心から外れた町の地下にある、薄暗くてこぢんまりとしているが、居心地のいいバー「アイランド」から始まる。常連客たちの間で、「無人島に持っていくとしたら、何を持っていく?」という、よくある話題が飛び交った。持って行くアイテムは3つとして、賑やかに盛り上がる。そこに「アイランド」のマスターが、意外なことを言い出す。相続した無人島を持っているというのだ。話をしているうちに、それぞれ必要だと思う3つのアイテムを持って、無人島に行くことになった八人の常連客。もちろん1泊2日か、2泊3日のお遊びサバイバルだ。しかし島に到着すると異変が起こり、8人はバトルロワイヤルをするしかない状況に追い込まれていくのだった。
以下、少しネタバレで書いてしまうので、未読の人は注意してほしい。バトルロワイヤルの計画を立てたのは、バーのマスターである。実は金持ちで、退屈を持て余していた彼は、暇つぶしの娯楽として悪魔のような計画を立案する。生き残りが、1人か2人になったことを確認できたら、迎えの船を送るというのだ。しかも生き残った人には、10億円の賞金を出すという(2人の場合でも10億)という餌をぶら下げ、バトルロワイヤルに追い込むのである。ルールはもっと細部まで作り込まれているのだが、それは読んで確認してほしい。作者、よくこんなえげつないことを考えるものである。
さて、巻頭に登場人物表があり、それぞれの人物の説明と、持っていった3つのアイテムについては、そちらを参照してもらいたい。ストーリーは、何人かの登場人物の視点により進行。冒頭は、サラリーマンの大村修一だ。婚約者の社長令嬢・石原莉々子と一緒に無人島旅行に参加する。莉々子は我儘な女性であり、逆玉狙いの修一は彼女の言うことにすべて従うが、
「本当は、もともと惚れてはいない。一緒にいると疲れる。それでも莉々子という企業に就職したと思って、乗り切るつもりだった」
と、思っている。そうか、修一はそういう人間なのかと、無人島に行く前から、早くも読者の胸に不安の種を植え付けてくるのだ。そして無人島でバトルロワイヤルを強いられるようになると、各人の本姓がむき出しになる。みんなで生き残る方法を考える者もいれば、殺人も選択肢のひとつだと思う者もいるのだ。さらにある人物は、今までの暮らしの中で抑えつけていた殺人衝動を解放。嬉々としてバトルロイヤルに乗り出す。このキャラクターが強烈だ。
続けてある人物が不審死を遂げ、犯人探しも始まる。ただしこの犯人探しのミステリーは、ストーリーの進行によって、自然に真実が判明。ミステリー・ファンの興味を惹くフックを作りながら、物語の焦点は、あくまでもバトルロワイヤルなのである。
本書の内容は、高見広春のベストセラー『バトル・ロワイアル』を想起させるところがある。国家の「プログラム」により、中学のクラスの生徒が、最後の1人になるまで殺し合いを強いられるという内容は衝撃的であった。秋吉理香子は、その殺し合いを核としながら、自分なりの物語世界を構築する。それぞれの人物の思惑が絡まり、敵対したり手を組んだり(生き残りは2人まで可という設定が上手く機能している)しながら、次々と人が死んでいくのである。誰が生き残るのか。あるいは全滅するのか。先の見えない展開に、ドキドキしながらページを捲ることになるのだ。
ここで注目したいのが、各人が持ち込んだ3つのアイテムである。サバイバルに使えるものもあれば、なぜそんなものを選んだのかといいたくなるものもある。しかし使えないと思っていたアイテムが、意外な形で役に立ったりするのは、サバイバルのお約束とはいえ、やはり楽しい。さらに終盤になると、無人島では役立たずだと思われていた、予想外の物が大活躍。それまでの描写は、この場面のためだったのかと驚嘆した。作者の狙いに、まんまと嵌ってしまった。
また、視点人物の変更や、流動的な状況によって露わになる、キャラクターの変化も見逃せない。なかでも顕著なのは、石原莉々子だ。社長令嬢だが、30を過ぎても無職で、好きなことしかしていない。性格は我儘で、修一を振り回す。無人島に行ってからも同様で、修一共々、他の六人から距離を置かれる。読んでいて嫌な人物だと、何度も思ってしまった。打算で婚約者になったとはいえ、修一も災難だと同情したくなったものである。
だが、莉々子が視点人物になると、彼女のイメージが変わる。たしかに独りよがりな言動には辟易させられる。しかし一方で、非常に純粋だ。莉々子のパートを読んでいると、彼女が可愛らしく見えてくるのである。これは他の登場人物も同様だ。極限状態の渦中で、キャクターのイメージが、どんどん変わっていく。さらけ出された心がぶつかり合い、ドラマが生まれる。血腥い殺し合いの迫力を支えているのは、アクションと共に活写される、ダークな心の交錯なのである。
そういえば古代ローマでは、剣奴が試合という名の殺し合いをするのを、大勢の貴族や市民が見物していたという。私は本書を読んでいて、読者という安全地帯から、殺し合いを楽しんでいることに気づいた。もちろん対象がフィクションだから許されることだ。しかし残酷なことや血腥いことに惹かれるという人間の性質は、時代も場所も問わないのだろう。登場人物の心の闇を鮮やかに表現した物語は、私たちの心のダークな部分まで抉り出す。面白く、そして恐ろしい作品なのである。