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 僕が想像の雲を膨らませていると、莉々子が言った。

「あたしは」莉々子が、カウンターに置いていた僕の手をぎゅっと握ってきた。「まず修ちゃんかな」

 一瞬、みんながきょとんとする。僕も首をかしげた。

「そもそも修一さんは一緒に行くわけでしょ。含めなくて良くないスか?」

 末広が言った。そうだそうだ、その通りだ。

「だけど最も大切な三つを持っていくってことだよね? 真っ先に修ちゃんが浮かんだから」

 握った僕の手を、自分の頬に近づけ、ほおずりする。大の大人のカップルが、人前でこれをやるか。恥ずかしい、と思っていたら、手の甲にキスまでされた。みんながぽかんとしている。いたたまれない。現実逃避したい原因である莉々子も一緒に行くというのは辛いところである。

「修ちゃんも、そうだよね?」

「――え?」

「三つのうち、まずひとつめは、あたしでしょ?」

 ぐっと言葉に詰まる。いやいや一緒に行くんだから入れないよね? ――そう言えばいい。言え、僕。言えよ。さあ。

「一緒に行くなら、お互いを入れる必要はないんじゃない?」

 言った。頑張った。

「だってその分、三つのうちひとつを――いや、二人分だからふたつだね――削らなくちゃいけなくなるわけでしょ」

 しかし言い終わらないうちに、莉々子の大きな両目に涙がにじんだ。

「どうして? どうしてそうなるの?」

 いや、それはそのまま僕のセリフだよ。

「だって、今回はたまたま一緒に行けるけど、通常はそうじゃないわけでしょ? この質問はもともと、無人島に一人で行くならって前提だよね? だったらリストに修ちゃんを入れておかないとダメじゃん」

「いや、そうかもしれないけど、でも今回は――」

「あたし修ちゃんがいないと死んじゃうもん」

「そりゃ僕だってそうだけど」

「そうだよね!?」莉々子が潤んだ瞳をずいっと近づけてくる。「修ちゃんも、あたしがいないと死んじゃうよね」

「うん……まあそうだけど、今回はマスターが厚意でみんな一緒に――」

「関係なくない? まず真っ先にお互いの存在が一番大切なものとして頭に浮かぶわけでしょ。そしたらリストのトップに来るのは自然」

「ま、まあね」

「それにいくらみんなで行けるからって、もともとの趣旨を変えたら面白くないわ。だってそんなことしたら、みんなでいろんなものを手分けして持っていけばいいってなっちゃう。音楽担当の人、お酒担当の人、食べ物担当の人って。そんなの面白くない。だったら一人で行くっていう前提で三つ考えるべきよ」

 僕は何も言えなくなって黙り込む。おそらく一人で行くという前提で最も必要とする三つを選ぶとしても……莉々子は入らないだろう。けれどもちろんそんなことは言えるはずもなく、

「確かに莉々子の言うとおりだ。真っ先に莉々子がリストのトップだよ」

 と言っておく。

「でしょう!?」

 莉々子がはじけるような笑顔になった。

「だけどさ」最後まで悪あがきしてみる。「莉々子が僕をリストに入れてくるなら、僕は入れる必要なくないかな?」

「んもう、修ちゃんたらわかってない」莉々子がぷうと頬を膨らませる。「莉々子のリストだけに入れたら、修ちゃんが一人で行くとき、あたしが一緒に行けないでしょ」

「あー、そっかそっか。ごめん、うっかりしてたよ」

 あはは、と頭を掻く。みんなの白けた顔が目に入った。僕だって、こんなあほらしいカップルのやりとりを見せられたら、引く。だけど仕方がない。とりあえず酒を持っていくのは諦めなければ。

「じゃあ僕は、ひとつめが莉々子、ハンモック、それで食料かな」

 本も諦めよう。腹が立つが仕方ない。これでも譲歩したつもりなのに、莉々子が「えー」と不満げに口をとがらせる。

「ハンモックなんてダメだよ」

「……なんで?」

「一人用でしょ。ふたりで使えるものじゃないと」

 ふ、と吉田が笑ったのを、僕は見逃さなかった。僕だって傍観者だったら、同じようにしているだろう。

「じゃあ二人用のハンモックを探すよ」

「だけどゆらゆらしてしんどいよね。寝てるだけできっと疲れちゃうよ」

「ゆらゆらが楽しいんちゃうの?」

 さすがに気の毒に思ったのか、川上が助け船を出してくれた。

「えー、そうかなあ。莉々子、酔っちゃうかも。それに姿勢も悪くなりそう。二人用があったとしても窮屈だし。ハンモックはやめようよ」

「でも修一くんのアイテムやん? 修一くんに選ばせてあげたらええやん。ハンモックがイヤなら、莉々子ちゃんは使わんかったらええ」

「ちょっとぉ、川上さん、なんですかそれ」またぷうっと膨れる。「修ちゃんは莉々子と全部一緒じゃないとイヤなんだから。ねえ?」

 川上さんありがとう、でもごめんなさいと心の中でつぶやきながら、

「う、うん、そうだね。ハンモックはやめようかな」と答えた。川上は、ぷいとそっぽを向いて水割りをぐいっと飲み干す。そりゃあ付き合っていられないだろうな。僕だって付き合いきれないよ、こんなの。

「だからハンモックじゃなくてぇ……ダブルベッドね!」

 川上が水割りを噴き出すのが見えた。他の人も、冗談でしょ、という目で見ている。だけど僕に何が言える?

「わかった。マスター、ダブルベッドも持って行っていいんだよね?」

「運べるなら何でもいいよ。現実的にはエアマットレスかな」

 呆れかえる男たちの中で、マスターだけがにこにこと頷いてくれる。客商売だからとも思うが、もともとマスターは優しい、ふところの深い人だ。「別にいいじゃん。誰に迷惑をかけてるわけじゃなし」とこそっと耳打ちしてくれる。

「じゃあ修ちゃんは、あたし、食料、ダブルサイズのエアマットレスで決まりね。ええと、あたしは修ちゃんでしょ、それから、うーん日焼け止めかな」

「……日焼け止め?」

 五木さんが驚く。だけど莉々子は大まじめに「うん。ウエディングドレス着るのにそばかすとかシミとかできたら大変だもん。まあ事務所からも肌は焼くなって言われてるしね」

 事務所とはモデル事務所のことだ。莉々子は可愛い部類ではあるが、それはしょせん、素人レベルでの話だ。身長は百六十センチでモデルになるには小柄な方だし、せても太ってもおらず、ごく普通の体形で、バストも、まあごく普通だ。一度だけ雑誌の「街でイケてるコーデ特集」とやらに載せてもらって以来すっかりその気になり、モデルスクールに通い始め、高い登録費やらレッスン代やら宣材資料作成費を支払って事務所に所属している。もちろん一度もその事務所から仕事が来たこともなければオーディションに呼ばれたこともない。それでもいっぱしのモデル気取りなのだから、失笑ものだ。

「日焼け止めねえ」由宇が首を傾げる。「修一さんはハンモックを諦めたんだから、もうちょっと役に立ちそうな――」

「修ちゃんはなにも諦めてないわよ。ダブルのマットレスの方がいいに決まってるもん! ねえ?」

「う、うん」

「でも日焼け止めって、そんなに重要かなあ」

「まあ、人それぞれだから」マスターがやんわりさえぎる。「だからこそ面白いわけでしょ。いいじゃないか、個性があって」

「確かにそうか。ごめんね莉々子さん、人のことに口挟んで。無人島なんて行ける機会、普通は一生ないからさ。しかも三つアイテムを選ぶなんて子供のころからの夢が叶う感じ? だからついついマジになっちゃって。莉々子さんと修一さんは、それぞれの楽しみ方があるわけだし、外野が口出すことじゃないよな」

 由宇はそう言って、つまみに手を伸ばした。

「えーとだから日焼け止めと」気を取り直したように莉々子が続ける。「うーん、三つ目は迷うなあ……あ、身に着けるものはどこまでオッケーなんですか?」

「あー、確かに。メガネをアイテムに数えられるときついなあ」

 吉田が分厚いメガネのずれを直しながら言う。

「そこまで考えてなかったなあ」

 マスターが腕を組む。

「まあ、服一式はもちろんOKだよね。下着も。でも例えばさ、今は初夏だけど、真冬のコートを着るとするよね。ブランケット代わりにするために。果たしてそれはアイテム扱いかってことだ」

「それもやけど、例えば女性はアクセサリーを着けてるやんか。ピアスにネックレスにブレスレットにアンクレット。ああ、ヘアアクセサリーもある。バレッタとかカチューシャとかシュシュとか。もちろん男も人によってはピアスとかネックレスしてるし、ネクタイ、タイピン、カフス、ベルトもある。ああ婚約指輪に結婚指輪も。そういうのはどこまでや?」

「わあ、難しいなあ」

 マスターは頭を抱える。が、こういうことを議論しながら詰めていくのも楽しいのだ。遠足に行く前のホームルームと変わらない。先生、バナナはおやつに入るんですか? ってやつだ。そういえば僕は、正しい答えを知らない。入るのだろうか、入らないのだろうか? どちらも正しくて、そして間違っている気もする。

「腕時計は、さすがにアイテム扱いじゃない? スマートウォッチもあるし」

「あー、なるほど。機能とか使い道があるとアイテムってことかな」

「それは良い線引きかもな。となると真冬のコートもそうなる?」

「それは微妙。だって海って肌寒いだろ? 本当に着ていきたいかもしれないし」

 うーん、と大の大人たちが真剣に頭を悩ませる。

「基本的に身に着けるものは、コートでも帽子でもいいことにしようか。メガネもサングラスもアクセサリーもOK」

「えー、だったらさあ、ライターをピアスに加工したら持っていけるってことになっちゃうじゃん。無理やりタブレットネックレスとかスマホベルトとか」

「セコ。そんなセコイこと考えてたんスか」

「いやいや、そうじゃないけど」

 五木と末広のやり取りに、周りが笑う。

「じゃあ、とにかく機能があるものはアイテムとするってことでいいんじゃない。ピアスでも火が付くならアイテムと解釈する」

「了解」

「ただ、不自然なほど着ぶくれたり着飾るのはナシかな。ジャケットを五枚着るとかネックレスを二十本着けるとかさ。カチューシャとバレッタとシュシュを同時に使わないとか、まあ常識の範囲で、身に着けて持っていけるものだけっていう」

「カチューシャとバレッタとシュシュ、普通に同時に着けますよ」

 莉々子がじゃらじゃらとブレスレットを鳴らして手を上げた。

「え、そうなの?」

「はい。さらにヘアピン着けても不自然じゃないですね。女の子は、ごてごてするのが好きなんでえす」

「そうなのか……」

「まあ、別にいいんじゃないですか? 髪にごてごて着けてたって、どのみちアイテムになりようがないでしょう」

「よかった。おしゃれは大事だから。今はどんな髪型にするか決めてないけど、場合によってはティアラとか着ける可能性はあるし。あたし、無人島だからってファッションを妥協する気、ないから」

 さも大事なことのように、莉々子が真剣な表情で言った。

 ティアラってなんだろう。男にはなじみのない言葉だ――と一瞬思い、ハッと気が付いた。結婚式場選びであちこちのホテルへ行ったとき、ドレスに合わせて頭にアニメのお姫様が着けるようなかんむりを試着していた。確かあれがティアラだった。ちょっと待てよ、無人島にあんなもん着けてくんなよ、と泣きそうになる。しかしほかの男たちはティアラを知らないのか、特になんの反応も示さなかった。

「うーん、そうなると、ますます三つ目は迷うなあ。そうだ! ウエディングドレスはどうかな。無人島での結婚式! どう?」

 僕は思わず目をいて莉々子を見る。莉々子がちょっとおびえた表情をしたので、しまった、と思った。が、

「修ちゃんたら、そんなに怒らないで。わかってるって、結婚式本番まで、あたしのウエディングドレス姿、誰にも見せたくないんでしょ? 冗談だから」

 と甘えたように言うので力が抜けた。どこまでお花畑なんだろう。見渡す限りのお花畑で、そこには雑草の一本もえてないし、虫なんて一匹もいないんだろうな。

「んーとんーと、三つ目はぁ……」

 一生懸命悩んでいるが、もうみんな莉々子の選ぶアイテムなんてどうでもいい、という雰囲気だった。ただマスターだけがやはり熱心に「うんうん、三つめは?」と相槌あいづちを打ってやっている。

「ほんと難しいね、迷っちゃう! あ、メイク道具ってひとくくりにできないですよねえ」

「さすがにだめだねえ。口紅なら口紅、アイシャドウならアイシャドウ、ってカウントされるよねえ」

「そうだ! メイクパレット持ってく! それなら口紅もアイシャドウもファンデも全部入れられる。それならいいでしょ?」

「それならひとつだね。じゃあ三つめはそれでいいのかな?」

「うん、決まり!」

「なあ莉々子、食べ物のほうがいいんじゃないかな」

「駄目だよぉ、あたしがきれいでいる方がいいでしょ?」

「そうだけど、短い間なんだし」

「でもお化粧直ししなくちゃ」

「だけどお腹すいちゃうじゃないか」

「でもオレンジがなってたっていうし、それにモデルってプチ断食する人多いから」

 もう何も言う気が起こらなかった。

「そういえば」末広が割り込んだ。「食べ物って、どういうルールっスか。たとえば肉のかたまりなら何キロでも一アイテムってことだと思うんですけど、同じ重さでもスライスしてたら二十アイテムとかになっちゃうんですかね」

 うーん、とマスターが腕組みをする。

「やっぱりスライスは一枚一アイテム扱いだねえ。かといって塊だとナイフが必須になるし、そこで二アイテム消化しちゃうんだよなあ」

「めっちゃ柔らかく煮て、手で裂けるようにした巨大な肉の塊だったらいいんじゃないスか」

「おお、天才! 俺、それ持ってこ」

 吉田が末広の肩を叩く。

「じゃあ良いアイデアのお礼に、分けてくださいよ」

「あ、それはなしだよ」マスターは慌てて両手をクロスさせる。

「そうだよ、邪道邪道」五木も口をそろえる。

「でもせっかくじゃないスか」

「いや、だってあくまでも自分の選んだ三つで過ごすってコンセプトなんだから」

「そうだよ。まあ、そもそも九人で行くことになっちゃったっていうのですでにイレギュラーだけどね。本来ならひとりきり。だから大人数で行くけどシェアはなし」

「だったらマットレスを一緒に使うってのもアカンやんか」

「確かに。ただ、例えば誰かが音楽を持っていったら、そこにいる人には聞こえるじゃない? そして聞こえても消費されるわけじゃない。あと、大きいパラソル持って行って、たまたま他の人も日陰に入っちゃうとか。線引きが難しいけど、自分が使うときにたまたま他の人も使えて、しかも減ったりしないものであればいいんじゃないかな」

「おお、マスター、すごいですね。納得です」

 天野医師が拍手する。

「今まで、ここまで真剣に無人島アイテムのルールを詰めた人、いないんじゃない? きっと僕らが初めて。画期的だねえ」

 五木は嬉しそうだ。

 こんな風にして、それぞれのアイテムが決まっていった。ダイビングが趣味の吉田は、シュノーケリングマスクとフィンと塊のローストビーフ。酸素ボンベを使う本格的なダイビングをしたかったらしいが、そうするとほかにも様々なアイテムが必要になるので諦めて、簡易的にもぐるだけにしたらしい。ウェットスーツは着ていくとのこと。

 大学でキャンプサークルに入っているという末広はサバイバルナイフ、砂浜も走れるポケットバイク、ブラックニッカ。

 武器マニアの五木はモデルガン、模造刀、いいちこ。

 川上は釣り竿と万能ナイフと鬼ころし。

 由宇は、スタビライザー付きビデオカメラとソーラー充電器つきのバックパックとサバイバルナイフ。

 そしてマスターはボウモアとビーフジャーキーと柿の種。

 こうして僕たち九人全員の三つのアイテムが決まった。

 

 

『無人島ロワイヤル』は全3回で連日公開予定