小泉今日子&小林聡美W主演でドラマ化された『団地のふたり』待望の続編! 実家の団地で暮らす、イラストレーターのなっちゃんと、大学非常勤講師のノエチ。幼なじみの2人は、フリマアプリの売り上げでちょっとした贅沢を楽しんだり、近所のおばちゃんの恋バナを聞いてあげたり、部屋でふたりだけの「台湾映画祭」を催したり。
50代独身、幼なじみの変わらぬ友情とささやかな幸せの日々を描く『また団地のふたり』の読みどころを作家・窪美澄さんの解説でご紹介します。
■『また団地のふたり』藤野千夜 /窪美澄[評]
「ああ、もうこの世界から出て行きたくないなぁ」という読書体験は、悲しいことにだんだん少なくなってきているのだけれど、藤野さんの小説を読んでいると、毎回、「えっ、やだやだ、もう終わってしまうの。早く次を読ませてください!」と心から強く思う。
今、解説を書くために『また団地のふたり』を読み終えて、「『またまた団地のふたり』はいつ出るのだ!」と身悶えている私がいる。
いい塩梅。熱くもぬるくもないちょうどいい温度の温泉に入っているこの感じ。名人の落語を聞いているような。どんなに言葉を尽くしても、藤野さんの小説世界をあらわすのはとても難しいことだけれど、作品を読んだことのある方なら、私が余計なことを書かなくても、その魅力は十分に理解されていると思う。
奈津子とノエチの関係、空ちゃんを亡くしたお母さんとの関係、年下のジャズシンガーに恋する佐久間のおばちゃんとの関係、実家が太い浅野君との関係、ノエチのお兄さんとの関係……そのすべての関係性が遠すぎず、近すぎず、ちょうどいい。そうした関係を描くことを、藤野さんはさりげなくやっていらっしゃるように思われるかもしれないが、同じ小説家として言わせていただくと、こんなことができる人はそうたくさんはいない。
例えば、奈津子の体と心の、時々不安定になってしまうコンディションとか、私だったら「そら、事件が来た!」というふうに、大げさにドラマチックに書いてしまうだろう(野暮天……)。
でも、そんな出来事が本当に実人生に起こったとして、本人だけでなく、まわりが「事件だ! 事件だ!」と騒ぎたてれば、事はもっと大きくなってしまう。体験しなくてもいい感情がわき起こってしまうこともあるだろう。でも、『また団地のふたり』を読んでいると、そこに深く関わらなくても大丈夫、そのまま腰を低くしていれば、それは過ぎ去ることもあるよ、大丈夫、大丈夫と言われているような気になって、奈津子のように少し心身にアンバランスなところがある私は、すーっと気持ちが楽になる。
奈津子へのノエチのさりげない視線。人を気にかけるという視線と態度は、本当に難しいものだと、多くの人が経験していることだ。重すぎず、軽すぎず。相手が負担に思わないように。そう頭で思っていても、その距離感の取り方は、年齢を重ねた人でも、わからなくなってしまうことが多い。
でも、ノエチにもノエチなりの事情があるし、奈津子は奈津子で、ノエチのそのさりげない優しさを負担に思っているふうでも、依存しているふうでもない。
団地という場所についてもそうだ。楽園、というわけでもない。この場所がいつまで続くか、という不安もありつつ、それでも、ここで今この瞬間を穏やかに生きていけたら。祈り、というとまた大げさなのだけれど、人が生きていくってこういうことなんだよね、と読んでいて深く思う。
私の話になってしまい恐縮だが、私もデビュー作から、団地、というところを舞台に描いてきた。私は昭和四十年に東京都稲城市というところで生まれた。家の前は川崎街道で、私が小さい頃は、トラックやダンプカーが轟音と共に右に左に走り去っていった。それが、多摩ニュータウンの団地群を作るための車だった、と知るのは、もう少し大人になった頃のことだ。
私の町にも団地ができた。幼稚園のとき、A君とB君という双子の男の子と仲良くなって、彼らの住む団地に遊びに行った。私の家は商売をしていた古い家で、台所は土間で、電灯も暗く、浴室も含めた水まわりの場所は、母も苦労をしたと思うが、子どもの私もあまり近づきたいと思う場所ではなかった。それが! 団地の台所は、いや、家全体がなんて明るい! じめじめしていない! しかも、狭いながら、A君たちには子ども部屋があり、二段ベッドで寝ていた。二段ベッドなんて、そのときに初めて見た。団地ってなんて素敵なところなんだろう! 心に深く刻まれた。
それから二十年くらいが経って、団地も古くなり、いろんな噂を聞いた。いい話も悪い話もあった。両方の話を聞けば、小説家として悪い話のほうに反応してしまうのが私だ。そうして、団地を舞台にいくつも小説を書いた。
後悔はしていないけれど、でも今になって少し思う。
藤野さんの小説を読んで強く思う。
ごめんね、団地、と。
それからまた思い出すのは、私が七歳のときのことだ。
七五三のお祝いの日が近づいていた。私の家の隣が美容院で、道路を渡ってそこに来ようとした、同い年の女の子がトラックに轢かれて亡くなってしまった。
その日の私の記憶はなぜだか点状で、「早く毛布持って来い!」と叫んだ父の声だけが、今でも記憶にある。同い年の女の子が亡くなった、私と同じように七五三の準備をしていた女の子が。私の家の前で。私はずいぶんとぼんやりした子どもだったけれど、やっぱりその出来事は衝撃的で、それから、いろいろなことを考えるようになってしまった。人間は死ぬ、ということ。死んだら、人間はどうなるのだろう、という想像も止めることができなかった。絵本の中に出てくるお化けが突然怖くなった。一人で暗いトイレに行けなくなった。
名前すら知らないのだけれど、もう老齢に近づいているのに、ふとした瞬間に、あの子のことを思い出すことがある。あの子が生きられなかった時間をもうずいぶんと長く私は生きているんだな、と思うこともある。私が生まれた昭和四十年が、終戦から二十年しか経っていないことを確認するたびに愕然とするのだけれど、やっぱりあの時代、いろいろな事情で、子どもが亡くなることは少なくなかったように思える。私の家のあたりでは、大きな病気を子どもがすると、Mという病院に運ばれた。そこでは、私と同じ学校に通っていた子どもたちが幾人も亡くなっていて、大人になった今でも、その病院の名前を聞くと、その子たちのことを思い出す。
私は空ちゃんのエピソードが大好きなのだが、奈津子とノエチも、亡くなってしまった空ちゃんのことを忘れない。
このエピソードも本当にさりげなく物語に差し込まれている。もちろん藤野さんのことだ、この出来事をことさらウエットにもドラマチックにも描かない。最初の言葉に戻ってしまうのだけれど、ちょうどいい塩梅。人間関係の絶妙な距離感をどうしてこんなふうに藤野さんは描くことができるのだろう。空ちゃんのお母さんがずいぶんと大人になった奈津子とノエチを見るとき、彼女はどんなことを考えているのかな、と思うと、いつもさっと涙が湧くのだけれど、空ちゃんのエコバッグを作ってくれたり、絵本を描いてくれるなんて、どんなにうれしいだろう、と思って、やっぱりまた泣いてしまう。
五十代、という奈津子とノエチの年齢設定も絶妙だ。
奈津子が区の健康診断の血液検査で、悪玉コレステロール値が高い、と指摘されるところなんて、本当にリアル。若いわけではない。でも、老いているわけでもない。自分の人生を振り返ってみても、まだまだ若いと思っている四十代は、いろいろな失敗も多かった。五十代に入って急に失敗が減ったわけではないけれど、自分はだいたいこんな人間なんだ、これ以上こっちに行くと危ないかもよ、という目が育ってきた時期でもあったような気がする。それでも仕事ばかりしてしまったな、息抜きが足りなかったな、という反省もある。私より少し若い奈津子とノエチの楽しいエピソードを読んでいると、彼女たちのように、もっと五十代をゆっくり楽しんで過ごしてみてもよかったな、と思ってしまう。
年齢を重ねても、近所に仲の良い友だちがいて、こんな距離感で過ごすことができたらいいなあ、と思う人は数え切れないほどいるはず。私がいちばんうらやましいな、と思ったのは、二人で映画を見るシーンだ。『牯嶺街少年殺人事件』『ブエノスアイレス』と、映画のチョイスも渋いが、台湾ゆかりのものを食べながら見る「台湾映画祭」! こんなに楽しそうに二人で映画を見るシーンを描いた小説って今まであったかな? と思う。
藤野さんの小説はいつも、なんでもないことなのに、新しい。なんでもないことなのに、楽しい。読んでいて、自分の心が喜んでいるのがわかる。
人と人とが、ゆるくつながっていく。そう言葉で書いてしまうのは簡単だし、それが難しいことも、私たちはもう十分に知っている。それでもなお、自分以外の他者と、こんなふうにつながっていられたら。人生はもっと楽しく、軽やかに、明るい道を転がっていくのではないか。そうやって生きていくことだって、あなたはできるんだよ。そんなふうに思わせてくれる強い力が、藤野さんの作品にはあるのだ。