プロローグ

 

 週に一度行われる日西につ せい新聞の定例幹部会はこの日も滞りなく行われた。

 販売局出身の島田しま だ社長を中心に、四角く囲んだ長机に取締役、局長たちが座り、それぞれの部門について報告を上げている。

 服部信之はつ とり のぶ ゆきが編集局長に昇進したのが三年前、それまでの幹部会では、編集担当取締役と、広告、販売担当取締役がお互いの方針を主張し一歩も引かずに議論していた。今は主導権を握るのがデジタル局に替わっている。そのデジタル担当役員が編集局出身の菅波すが なみ専務である。

 販売部数が毎朝新聞や東都新聞の半分にも満たない日西新聞は、大手二紙のようにデジタル化に猛反対する販売店からの圧力が小さい。そのため菅波専務がデジタル担当になったのを境に、スクープ記事や、名物記者が書いた解説記事のネット解禁時間を、朝刊がおおよその家庭に宅配される午前六時から記事を入稿した時点に変更した。かつては紙面のみだった外部識者の連載コラムも、著者の承諾を得て、ネットに掲載している。

 ネット嫌いで知られていた菅波が、自分が担当になった途端に強硬にデジタル化を推し進めることに違和感を覚えた服部だが、今はそういう時代だと従った。いずれは「紙」に見切りをつけないことには、新聞社は生き残れない。

 しかし完全デジタル化以前に、日西新聞は重大な問題を抱えている。

 今のままでは、我が社がメディアの地位を利用して、総理大臣の専権事項である国会の解散や国務大臣の任免や政策決定、さらにはその総理大臣の選出にまで干渉してきたことが暴露され、国民から非難されるだろう。

 それは、たった一人の記者が長年続けてきた独断と横暴だった。

 その事実が表沙汰になるだけで、他の多くの記者たちが汗水垂らして取ってきた記事まで読まれなくなる。そうした不安を服部は編集局長になるずっと前、現場の記者だった頃から抱いていた。

 島田社長の話が終わり、会議が終了した。

 服部が席を立とうとすると、島田の隣、服部のちょうど対面に座っていた菅波から「服部局長は残ってください」と引き留められた。

 他の人間が去り、秘書室長がドアを閉めると、服部はパイプ椅子を持って机と机の間を通り抜け、島田と菅波が並ぶ席の前に腰を下ろした。

「それで例の計画はどうなっているのかね」

 切り出したのは菅波だった。社長の島田は余計なことは言わないように口を固く結んでいる。

「はい、着々と進んでいます」

海老沢え び さわ元総理の政治史の連載取材を重ねる中で、木澤き ざわ氏がこれまでしてきた黒歴史を暴いて追いやる、そう言うのは威勢がよくていいけど、本当にそんなことができるのかね」

「以前にもお話ししましたが、そこは私を信じてくださいと言うしかありません」

 激情型の菅波を刺激しないよう服部は言葉を選んだ。

「政治でも経済でもスポーツでも、黒幕は国民に嫌悪され、週刊誌に晒され、ネットで炎上する。それが現代社会だよ。一人の新聞記者が歴代の総理大臣を何人も決めてきたなんて事実が世に広まったら、我々は報道機関として存在できなくなる」

 忌々いま いましげにもっともらしいことを述べた菅波に、服部はどの口が言うのかと辟易した。

 かつては政治面が脆弱だと言われていた日西新聞だったが、二十五年ほど前から政治スクープが一気に増えたのは、当時の社長と、政治部長だった菅波が、亜細亜あ じ あ通信から木澤行成ゆき なりをヘッドハンティングしたからだ。

 九年前に定年を迎えた木澤に、「上席編集委員」という特別待遇を与えたのも菅波である。

 木澤がスクープを持ってくるたびに、菅波はまるで自分の手柄であるかのように喜んでいた。政治部長から編集局長、編集担当取締役とエリートコースを歩んだ菅波が後ろ盾になっていたからこそ、木澤は好き放題できたのだ。

 平成元年、この国に初めて消費税を導入したことで知られる海老沢一徳かず のり以来、内閣総理大臣に任命されたのは十九人、民自党政権下の総理総裁はうち十三人、その半分は木澤が決めたと言っても過言ではない。

 二十一世紀に入り五年以上にわたる長期政権を敷いた雫石圭介しずく いし けい すけ、そして再登板で在職日数が歴代最長となった山岡譲二やま おか じよう じ、この二人にしたって総裁選の段階では本命ではなく、異なる候補が最右翼だった。それがいざ蓋を開けてみれば彼らが最多得票を獲得し、総理の座に就いた。

 総裁選になれば木澤が推した方が勝つ──いつしか永田町ではそう言われるようになった。今のそうぐち政権を誕生させたのも木澤である。

「新聞社は不偏不党が原則なのを木澤氏は完全に無視してるからな。あの政党では日本が悪くなるとか、そういうことばかり言うけど、それって我々が論じることじゃないんだよ。ねえ、社長」

 そう息巻いた菅波に、島田は「そうですね」と気のない返事をした。

 来年の株主総会での島田から菅波への社長交代は既定路線となっている。島田にしてみたら、退任してから行動に移して欲しかったのが本音だろう。編集局員の異動の内示を終えた服部が一カ月前、いよいよ実行しますと伝えた後、島田からこっそり呼ばれ、計画を延期できないかと翻意を促された。しかし服部は「そんなことをしている間に次の総理が誕生すれば、我が社が責任を負わなくてはいけないことがまた一つ増えてしまいます」と拒絶した。

 ただし責任があるのは菅波だけではない。服部も同罪だ。木澤の下で政治記者の仕事を学びながら、木澤のやっていることが記者の仕事を逸脱していると、一度たりとも批判をしなかったのだから。

「もう一度確認しますが、我が社の恥になることだろうが、服部さんは公表されてもいい、そうなることで決着をつけると言っていましたけど、その考えに変わりはないのですね」

 島田が不安げに尋ねてくる。

「うちの紙面で書く考えに変わりはありません」

「木澤氏が顔を真っ赤にして怒鳴り込んでくることだけは勘弁してくれよ」

 木澤の政界への影響力を知る菅波から念を押される。

 日西新聞の弱みを押さえている木澤が、退社勧告に黙って従うとは服部には考えられず、彼がこの計画を知れば、あらゆる政治家を使って報復に出ることも考えられる。その時日西新聞が無事でいられるかは分からない。

 だがここで弱気になれば、菅波まで心変わりする。

「大丈夫です。慎重を期して実行いたしますので」

 服部はそう伝えて辞去した。

 

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