日本の政界を動かしているのは誰なのか?
与党の総裁選を決めるのは、実質的に総理大臣を決めることと同義である。もしその票を巧妙に操っている者がいるとしたら──。30年以上にわたり永田町を仕切ってきた新聞記者。まさに「昭和のモンスター」と呼べる闇の権力者に、不屈の女性記者が挑む、リアルで痛快な政治エンターテインメント小説。
書評家・若林踏さんの解説より、本書の読みどころご紹介します。
■『キングメーカー』本城雅人 /若林踏 [評]
メディアとは、報道とは誰の為にあるものなのか。そうした問いを鋭く突き付ける小説である。
本城雅人『キングメーカー』は双葉社の「小説推理」2021年9月号から2022年4月号にかけて連載された長編小説だ。その後、加筆修正を行った単行本版が2023年に発売された。
主要登場人物の一人である国枝裕子は、週刊誌記者から日西新聞へ中途採用で転職し、1年間の支局勤務を経て東京本社の政治部へと転属した。そこで国枝は昭和最後期から平成初期にかけて総理を務めた政界の大物、民自党の海老沢一徳の政治史をまとめる連載取材を担当する。その取材で国枝は同じく政治部に所属する木澤行成に同行することになる。木澤は既に定年を過ぎ、上席編集委員として年契約で働いている身だが、与党である民自党に深く入り込んでいる名物記者として業界内に名を轟かせる存在だった。その木澤に同行することで民自党の大物政治家達に接触し、木澤だからこそ引き出せる海老沢の情報を得ることが、この仕事の表向きの理由である。
そう、表向きは。実は海老沢の連載取材の裏には、木澤本人に知られてはならない真の目的があった。それは木澤行成がこれまでに行ってきた黒歴史を暴くことである。木澤は与党との太いパイプを持つ中で、総理大臣の専権事項である国会の解散や国務大臣の任免や政策決定、更には総理大臣の選出そのものにまで干渉してきた過去があるという。いわゆるキングメーカーの役割を果たしてきたのだ。
しかしメディアが、それも一介の政治記者がその地位を利用して政治に介入していたという話など現代では非難の対象でしかなく、報道機関としての存続の危機にも繋がりかねない。社内の膿を出すために、一部の幹部が海老沢一徳の連載取材を隠れ蓑にして、木澤行成の暗部を白日の下に晒す計画を立てたのだ。
いきなり物語の核心めいたことを書いたが、ネタばらしではないのでご安心を。
先ほど書いた粗筋は小説冒頭にあるプロローグでほとんど説明されていることだ。この小説の大部を占めるのは木澤の実態を暴こうと同行しつつ現代の政局を眺めることになる国枝のパートと、「実録 政治記者・木澤行成」と題されたパートである。後者では木澤が記者になる前の時代まで遡り、彼が如何にしてキングメーカーというべき存在になっていったのかが描かれていく。ブラックボックスの状態になっていた人物像を浮かび上がらせていくプロフィール小説としての性格が、『キングメーカー』という作品の屋台骨になっているのだ。個人で政治を動かすほどの力を一体どのようにして手に入れたのかという興味から、読者は頁を捲っていくことになるだろう。
プロフィール小説の特徴の一つとして、人物像を追いかけていく過程で背景にある社会の状況やその変遷が浮かび上がる、というものがある。本書でも木澤の辿った人生を読者が追っていくと、昭和から平成に至る時代の空気が自然と立ち上がってくることが分かるだろう。作中の記述では海老沢一徳は昭和63年に日本に初めて消費税を導入した総理大臣として知られている、となっている。日本現代史を学んでいる方はご存じの通り、実際の歴史でも消費税は竹下登内閣時代の1987年に実施されている。むろん、作中の登場人物たちは架空のものではあるが、描かれている出来事は実際の歴史を読者に想起させるものになっているのだ。
物語の中心人物となる木澤行成のパートを読んでいると、読者の中には実在したある人物を思い浮かべる人も多いだろう。その人物とは2024年に逝去した“ナベツネ”こと渡邉恒雄である。読売新聞グループ本社代表取締役主筆として君臨し続け、平成期の政治に絶大な影響力を誇ったとも言われる人物で、確かに本書の参考文献一覧にも渡邉恒雄に関する文献がクレジットされている。作中の木澤と渡邉は世代が違うのだが、政治を左右するまでの力を握った新聞記者と言われれば渡邉恒雄の顔を思い出さずにはいられないだろう。事実、著者である本城自身も双葉社のWebサイト「COLORFUL」に掲載されたインタビューで「私の中で政治記者と言われて浮かぶのは渡邊氏を置いて他にいません。ですのでイメージしたのは読売新聞の渡邉恒雄代表(読売グループ代表主筆)です。」と、木澤を渡邉恒雄に重ね合わせて書いたことを明言している。
渡邉恒雄がモデルとなった人物の小説である以上、物語内では政治とメディアの距離感が重要な問題としてクローズアップされる。先ほど言及したインタビューでは「今回は昭和の記者の象徴である木澤行成と30代の国枝裕子を対決させましたが、『木澤がやったこと自体は正しいんじゃないか』と感じる読者がいても、それぞれの時代観なので構いません」と述べている。しかし一個人が政治をコントロールし、しかも第四の権力と呼ばれるマスコミに居座り続けている姿を読めば、やはり読者は異様さとともにリアルな恐怖も感じるのではないだろうか。2026年の衆議院議員選挙で政治家とメディア戦略の有り方が議論を呼んだ昨今において、本書に込められた問題提起は読者にとってより身近なものになっていると言えるだろう。
さて、ここまでの説明を読まれた方は本書を政治とメディアの関係を描いたシリアスな小説であると捉えたに違いない。だが、読みどころはそれだけではない。実は本書はミステリとしての仕掛けも巧みに施された小説なのだ。具体的にどのような仕掛けがあるのか、ということを説明するとネタばらしになってしまうので詳しい話は伏せておく。一つだけ言っておくと、ミステリというジャンルに対し、何よりも驚きや意外性を求めるタイプの読者が喜びそうなことをやっているのだ。そのようなタイプの読者にもしかしたら届いていない可能性があることも考え、ミステリとしてのサプライズが用意された作品であることはここでしっかりと強調しておきたい。
作者の本城雅人はもともとサンケイスポーツで記者として活動していた経験を持つ作家である。第16回松本清張賞の最終候補となったデビュー作『ノーバディノウズ』(2009年、文藝春秋)は野球ミステリで、サムライジャパン野球文学賞を受賞している。その後も野球を題材とするスポーツミステリを多く手掛けつつ、自身の記者経験を活かしたミステリ小説も発表し、高い評価を得るようになる。2016年に発表した『ミッドナイト・ジャーナル』(講談社)は、かつて児童誘拐殺害事件で大誤報を打ってしまい左遷された記者が、新たに起こった児童連れ去り未遂事件と過去の事件の繋がりを疑い始める、という話で、同作は第38回吉川英治文学新人賞を受賞している。また、2018年刊行の『傍流の記者』(新潮社、現在は角川文庫に収録)では第159回直木賞の候補に選ばれている。
近年では集英社文庫にて書下ろしで刊行している「医療Gメン氷見亜佐子」シリーズや、光文社で2026年3月に刊行された『朝日のあたる病院』など、医療界を舞台にした作品に力を入れている印象がある。角川文庫の「二係捜査」シリーズや『刑事継承』(2025年)など警察小説の書き手というイメージも目立ってきた。このように多彩な作風の作品を手掛ける中で、『キングメーカー』という作品は著者の記者小説路線において最もスケールが大きく、かつ現代のメディアが抱える問題を炙り出す一作になっている。政治とメディアの関わり方が改めて問われている今だからこそ、本書は読者の心を射貫くはずだ。