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 会社の前からタクシーに乗り、老舗の赤坂グランドホテルに向かった。そのホテルは政治家がよく朝食会をやることで有名だ。時間は午後二時半を回っていた。

 二階のレストランに入る。ランチは終了して店員は片付けに入っていた。にもかかわらず木澤は入店を断ろうとしたウエイターを、「待ち合わせだ」と払いのけ、左奥の個室に向かった。木澤はノックをしてから個室の扉を開けた。中を覗き、裕子は目を疑った。民自党の幹事長である阿久津あ く つさとしが座っていたからだ。

「やあ、幹事長。遅いランチですな。だけど与党の幹事長がぼっち飯とは寂しすぎやしませんか」

 ハヤシライスをスプーンですくって食べていた阿久津の正面の席に勝手に腰掛ける。

「なにが、寂しすぎやしませんか、ですか。キザさんは、ここが唯一、私が一人になれる場所だと知ってるくせに」

 まるで気を許した友人がやってきたかのように、阿久津は同伴した裕子までを席に着くように促した。

 

 阿久津諭、昭和三十四年生まれの六十四歳。衆院宮城×区、明桜大学政治学部政治学科卒。平成二年(一九九〇年)の衆議院選挙で初当選。阿久津派会長。厚生労働大臣、幹事長代行、党政調会長を経て、荘口ひろし内閣が発足した昨年に、幹事長に就任した。当選十一回。

 

 シルバーグレーの髪を横分けにした長身の阿久津は、涼し気な目許と柔らかな口調で国民から人気がある。ここ最近、次期総理の最右翼として取り上げられている。

 その一方で週刊誌などでは《陰の権力者として今、党内でもっとも力を持っている》《生殺与奪の権を握る男》とも書かれている。

 それは二つ前の政権、七年以上に及んだ山岡総理のもとで幹事長代行、政調会長として時に総理に意見し、党内で着実に力をつけていったことに起因する。

 初当選議員を積極的にリクルートして、派閥を拡大した。民自党には現在、九つの派閥やグループがあるが、大きな派閥は五つ、阿久津派、佐土さ ど派、見崎けん ざき派、三芳み よし派、それと総理の出身母体である荘口派。この五派閥の頭文字を取って「阿佐見三あ さ み さんそう」と呼ばれるが、その中で議員数トップを誇るのが、一〇五名が所属する阿久津派だ。二位の佐土派の六十二名を圧倒している。

 席に着いた裕子のもとに、阿久津が食べているのと同じハヤシライスが出てきた。「お昼はまだなんでしょう。だったら食べてください」と言った阿久津に、木澤が二人分注文したのだ。

 木澤がスプーンを取ったので、裕子もいただくことにする。人気メニューとあって、よく煮込まれたたっぷりの牛肉に、コクのあるデミグラスソースとトマトの酸味がきいた他で食べたことのない豪華なハヤシライスだった。渡されたメニューには確か《2800円》と書いてあった。一人ならまず選ばない。

 どうしていきなり幹事長なのか、木澤がなにか取材する用事があったのかと思ったが、木澤は「うちでまた民自党の歴史を振り返る大型連載を始めることになったんですよ。幹事長の許可をもらっておこうと思って」と裕子を紹介した。

 一応、ですます調を使っているが、態度は木澤の方が大きい。阿久津は五つも下だし、阿久津が初当選する前から木澤は通信社の記者として活躍していた。「キザさん」と呼ぶ阿久津が、丁寧な言葉遣いで木澤を立てているため、木澤がより不遜に見える。

「なにも私の許可なんてなくても。新聞は好き放題書いているではないですか」

 ほとんど食べ終えていた阿久津は皿の隅に残ったルーをスプーンですくいとり、最後は布ナプキンで口を拭いた。所作までが折り目正しきジェントルマンだ。

「おい、言われてるぞ」

 肘でつつかれ、裕子は慌てて頭を巡らせる。

「いえ、今回は昭和後期から平成にかけての民自党について、その頃、総裁争いをしていた八幡や はた知行とも ゆき、海老沢一徳、山岡やま おかしげる、いわゆる『はつ海山かい さん』と呼ばれた三人の大物政治家のうち、海老沢元総理にスポットを当てて、功績だけでなく、人間味や、周囲との人間模様までを精微に追いかけていくつもりです。そうした内容なのでぜひ幹事長にも当時のお話を聞かせていただければと思っています」

 裕子は、木澤が蜜月の関係を築いた海老沢元総理の名前を出したが、穏やかだった阿久津の目が少しだけ反応した。

 木澤も変化を見逃さなかったようだ。

「馬鹿だな、おまえ。幹事長は海老沢先生のところにいた頃はろくな思い出がないんだよ」

 そうだった。阿久津は国会議員を目指して海老沢の秘書になり、若くして公設秘書を務めた。衆院選の候補に内定していたのに、海老沢の指令で、地元の宮城県会議員を一期務めさせられた。

 平成二年、ようやく衆議院議員選挙に出馬して当選するが、平成五年、剛腕と呼ばれた岩嵜いわ さきごうに追随、当時の八幡知行内閣の内閣不信任案に賛成し、阿久津は党を出ている。

「別にろくな思い出がないわけではないですよ。海老沢先生にはいろいろ教えてもらいました。若い頃は無茶やってご迷惑をかけましたが、その後は海老沢派に戻してもらえたのですから感謝しかありません」

 目が険を帯びたのは一瞬で、元の紳士的な表情に戻っている。

「幹事長は海老沢先生からはなにを一番学びました?」

 木澤が質問する。裕子のために訊いてくれたのかもしれないが、やや意地悪に聞こえた。

「一番はポピュリズムに流されるなってことですかね。今の政治はまさに世論ばかり気にして、海老沢先生が黄泉の国で嘆いてらっしゃるでしょう。ネットのコメント欄やSNSに国民が乗っかるように悪口を連ねていく時代を、海老沢先生は当時から予測していたのではないかと思うことがありますよ」

「そんなつまらない書き込みには流されるなと?」

「そうですよ。誰が書いているのかも分からないのですから」

 木澤がまた肘を突く仕草をした。聞き入っていた裕子はすぐに我に返り、鞄から取材ノートを出してメモを取り始めた。書き終えるのを待ってくれたかのように阿久津は喋りを再開する。

「選挙で選ばれたのだから政治家が決めろ。有権者の顔色を見てたらなにも決められないとも言われましたね」

 週刊トップでの昭和史の連載で現職や元職の国会議員に話を聞いたことはあるが、ここまで丁寧に話してはくれなかった。これも木澤がいてくれるからか。

「海老沢先生は我々記者にも言ってたよ。木澤くん、大衆扇動に一喜一憂する記者にはなるなよ。一喜一憂すると記事にも人間性が出る。人間というのは本来弱いものであるけれど、皆、痩せ我慢して強く見せている。くだらないことで弱さを知らせることなどないと」

「一喜一憂するな、は私も耳にタコができるほど聞きましたね。それは政治家として信念がない証拠だと」阿久津も遠くを見るように懐かしむ。「先生は人前では穏やかで、余計なことは言わないし、なにも考えてない好々爺こう こう やみたいでしたけど、芯は強かった。先生が導入した消費税にしたって、思いつきみたいに発言して、世間の反発を食らったけど、公式の場で口にしなかっただけで、ずっと前から考えて根回ししてたんですから」

「あの人は考えていても口には出さない。条件が整い、ここで発表したら国民の一定数は納得するだろうという気運が高まるのを待って、そこでパッと出したな。忍耐の人とも言われたけど、言い得て妙だった」

「それなら信念の人でしょう。いくら側近議員が反対してもやると決めたらやるんだから」

 二人でしばらくの間、海老沢一徳の功績についての話で盛り上がっていく。

「信念なら幹事長も同じでしょう。前の幹事長のように、傲岸不遜な振る舞いはしないし、柔軟に会見に応じる。だけど本音は絶対に言わない」

 木澤は最後に皮肉を混ぜて鼻から息を漏らした。

「私は正直に答えてるつもりですけど」

「荘口総理にも苦言を呈してるもんな。円安は歓迎だ、今のうちに日本企業の業績が持ち直せば、この円安は日本経済にとってプラスに働くなど、日銀から言われたことを総理が真に受け、とんでもない円安水準まで到達した時だってそうだ。幹事長が意見して総理はやっと為替介入に出た。それなのに民自党アレルギーの識者連中は、幹事長が自分への国民からの好感度を武器に、五派閥で一番小さい派閥の荘口総理をいじめている、権力者としての裏の顔が見えてきたと言いふらしているんだから」

「いじめてるとまでは言われてないでしょう。私が民自党嫌いの人たちに嫌われているのは事実ですけど」

「総理への苦言にしたって、意図して悪役になろうとしてるんでしょ?」

 木澤がそう言うと、相好を崩していた阿久津が、その顔を裕子に向けた。

「国枝さんでしたっけ? あなた前回の総裁選で私が立候補しなかった時、私のことを一番叩いたの、誰だか知ってますか」

 意味ありげな言い方に、答えは一つしか浮かばなかった。

「木澤、ですか?」

「そうですよ。この人ときたら、阿久津は総理になるチャンスをみすみす逃した。荘口との間で次の約束をしたようだけど、先を見据える者に優れたリーダーはいない。阿久津諭は政治センスに欠ける。派閥の若手も大いに落胆している。地元の後援者までが呆れ返った。それはもうボロカスに書かれました」

 裕子は横目で木澤を窺いながら聞いていた。不満をぶつけられているというのに、木澤は澄まし顔をしていた。

「派閥には、阿久津先生、こんなことを書かれていますよ、と日西新聞を見せにきた議員もいましたが、私は別に腹も立ちませんでしたね。ああ、キザさんのいつもの愛だと思いました」

「愛は気持ち悪いぜ、幹事長」

 木澤は否定するが、顔はむしろ喜んでいる。

「愛とはどういうことですか」

「それが昔からのキザさんの愛情表現なんですよ。記者は応援する政治家が窮地に立つと『今回は問題発言したけど根はいい人だ』『思いやりのある人だった』などと擁護する記事を書くけど、そうすると世間的には、政治家とマスコミとでなあなあに済ませてると、ますます炎上するんです。でもキザさんは違う。先頭に立って水をかけてきた。私が海老沢先生の秘書になった頃からその姿勢は終始一貫してました」

「水をかけるではなく石を投げるじゃないですか」

 裕子がそう言ったのは阿久津が物を上から投げるポーズをしたからだ。隣の木澤が噴き出した。

「バカタレ。石なんか投げつけたらケガしちまうじゃないか」

 木澤の言葉に目の前の阿久津も笑っていた。

「一九九八年、初めて日本が出たサッカーのW杯で一勝もできなかった時、負けてるのに試合中にガムをくちゃくちゃ噛んで、シュートを外したのに笑っている選手がいると大バッシングを浴びました。国枝さんは覚えていますか?」

「すみません、その頃はまだ小学生だったもので」

 サッカーじたい、よく知らない。

「W杯までは盛り上がっていたのに、三戦全敗で終わった途端、空港にファンが集結して選手たちに罵詈雑言を浴びせたんです。その中でも一番罵声を浴びたのが、テレビ解説者にガムをくちゃくちゃ噛んで笑ってると非難された選手です。一人のファンが、その非難された選手に水をかけたんです。その瞬間、世論はその選手が可哀そうだと言い出し、批判はぱたっと止みました」

「幹事長は、世間の批判をかわすために、木澤が意図的に幹事長を非難する記事を書いたと言っているのですか」

「そのおかげで私は幹事長になったようなものです」

 話が総裁選不出馬の時に戻った。荘口が出馬表明した時、党内で最初に荘口支持に回ったのが阿久津だった。阿久津の幹事長就任は論功行賞によるものだと報じられた。そして荘口との間には、次は阿久津に禅譲するという交換条件ができているとも噂されている。

 その阿久津を守ったのが木澤であり、そして木澤は、阿久津が荘口総理を守るために意図的に悪役を買って出ていると言ったのだ。

「海老沢先生がやりたいことを実現できたのはキザさんの功績です。キザさんはストレートニュースが本流という考えだから」

 また意味不明のことを言われる。ぽかんとしていたのだろう。隣から木澤が「幹事長、彼女は週刊誌出身だから、そんなことを言っても分からないよ。私とは出身が全然違うから」と言った。そう言われてストレートニュースとは、通信社が配信する「速報」のことだと理解する。通信社の速報は事実を端的に伝えるだけで、新聞や週刊誌のような長々した記事はあまり配信しない。

「おまえ、通信社なんて事実をそのまま伝える面白くねえメディアだと馬鹿にしてんだろ」

 木澤は口を半開きにして裕子を見る。

「そんなことはありませんよ。私がいた週刊トップも日報通信の有料会員でした。通信社の記事を大いに参考にさせていただきました」

 週刊トップは加盟していなかったので配信記事をそのまま誌面で使用することはできなかったが、読むことはできた。

「ほら、馬鹿にしてんじゃねえか」木澤は口を歪めた。「おまえらは信念に沿って、出来事の背景や本意を分析して書いてるつもりだろうけど、実際はそのまま報じることの方が難しいんだよ」

「穿って見てしまうからですか」

「人間の思考には偏見が付き物だ。公正に見られることなんてない。ねぇ、幹事長」

 阿久津は肯定をしなかったが、「今、テレビのコメンテーターとして活躍している政治評論家には、通信社出身者が結構な数いますからね」と答えた。

 なんでも同意していては阿久津の印象にも残らないだろうと、裕子は反論することにした。

「確かに週刊誌でも新聞でもある程度、左寄り、右寄りとスタンスがあって、そこに持っていくように書いているのは否定しません。ですが速報は瞬く間にネットで拡散されるので、今の活字読者は、速報より読み応えのある記事を求めているのではないでしょうか」

「まさかおまえは、最初のニュースが必ずしも最高によく書けたニュースとは限らないとか言って、特ダネの価値を否定する人間じゃないだろうな。そういうのは特ダネを入手できず、後追いするだけのジャーナリスト気取りが言うセリフだぞ」

 痛いところを突かれた。週刊トップでは、締め切り後に事件が動くことを想定して速報勝負は捨て、概要が分かってから記事を決めることが多かった。そこから新聞に載っていない新しい情報を探し出す記者もいるにはいたが、出揃った記事を眺めて、内容を都合よく解釈したり、膨らませたりとパッチワークして、筆力だけで面白く読ませる記者の方が多勢を占めていた。

 ここまでの話で、木澤が今の日西新聞より前職の亜細亜通信の仕事に誇りを持っていることは感じ取れた。

「永田町の蜃気楼」と呼ばれる木澤が礎を築いたのは、間違いなく通信社時代だ。白髪をなびかせて政界を暗躍し、その存在は当時から週刊誌やタブロイド版の夕刊紙などゴシップ系メディアから目を付けられていたと聞いている。

「それより国枝、せっかく幹事長とこうして直接会うことができたんだ。なにか聞いておけよ。うちの政治記者だって、こんなおいしい場面に遭遇することはまずないからな」

「は、はい」

 返事をしたもののいろいろありすぎてすぐに質問は思い浮かばない。

「情けねえな。女だからと馬鹿にされないよう、男社会の週刊誌で気張ってきたんだろ」

 いつもの裕子なら「ここで男とか女とかは関係ないのではないですか」と言い返しているが、阿久津の前なので我慢する。

「聞くことなんぞいくらでもあるだろうよ。解散はあるのかとか、荘口総理が辞任して総裁選になったら、幹事長は出馬するのかとか」

 そんなことまで聞いていいのか。疑問を覚えながら、「解散して、その後、総裁選になった場合は、名乗りを上げられますか」と裕子は木澤の質問をなぞった。

「仮定の質問には答えられませんよ。だいたい解散は総理の専権事項ですし」

 言うだろうなという回答だった。すぐに阿久津は補足する。

「それにこれだけやらなきゃいけない仕事が山積みなのに、総理が任期を待つことなく、放り出してやめるとは私は思っていません」

 放り出すという言い方にやや毒を感じた。

「幹事長、それは番記者相手のコメントでしょ。ここでそうした返答はなしだよ。大丈夫だって、こいつは連載要員です。間違っても《阿久津幹事長、次期総裁選に出馬の意向》なんて記事にはしませんよ」

 木澤が鼻で笑いながら誘い水をかける。そうしたところで言わないだろうと思った。阿久津は裕子の顔を見て口を開いた。

「仮にそうなったとしても、私は出ませんよ」

「本当ですか」

 とても信じられなかった。下降曲線を描く荘口内閣の支持率は、まもなく危険水域と呼ばれるレベルまで落ちようとしている。解散→選挙で議席減→総理辞任は考えられない図式ではなかった。幹事長なら、総裁選になった時に、国民からの人気があり、かつ党を結束させられるのは自分しかいないことまで分かっているはずだ。だが裕子の疑念を読み取るように阿久津は続けた。

「党をまとめるのが幹事長です。総裁選に出るつもりなら幹事長など引き受けませんよ。意欲があるなら、とっくに準備して地方遊説に出ています。総理が懸命に職務を遂行しているのに、幹事長が次の座を狙って水面下で動くなんて、そんな政権ならとっくに潰れてますよ」

 強い意思のこもった反論に、部屋の空気までが張り詰めた。

「なっ、国枝、政治家は本当のことは言わないから取材が難しいって言うけど、こうして腹を割って話せば、おまえみたいな初対面の人間にでも本心で答えてくれるんだよ」

「そ、そうですね」

 相槌を打ったが、本当に本心を語っているのか、この短い時間では判断はつかない。なにも答える必要のない質問だ。最初の「仮定の質問には答えられません」で済んだはずだから、リップサービスかもしれない。

「国枝さん、私が『解散は総理の専権事項だ』と言ったくらいなら書いていいですが、私が出ないと話したことはやめてくださいね」

「もし書いたら、私はどうなるんですか」

 横目で木澤を見てから阿久津に顔を向けた。

 木澤は黒縁眼鏡の奥の垂れ目をいっそう下げて笑っていた。一方の阿久津は真剣な表情をしていた。

 その時は二度と取材させない、あるいは党本部への出入り禁止、そんな内容が浮かんだが、予想は覆された。

「その時はこうします」

 右肘を立て、手刀を切るように手を真っすぐ振り下ろした。

「モンゴリアンチョップだよ。プロレスの技だ」

 木澤が言う。阿久津が笑って否定した。

「違いますって、キザさん。何度言ったら覚えてくれるんですか。トマホークチョップですよ。私はジョージア大学に留学してたんですよ。ジョージアのスポーツと言えば?」

 阿久津は裕子を見て尋ねた。

「ゴルフですか。マスターズって確かジョージア州じゃなかったでしたっけ」

 頭を必死に回転させて答えるが、「女性に訊く質問としては難しすぎましたね」と言われた。

「アトランタ・ブレーブスですよ。私はメジャーリーグのブレーブスのファンなんです。ファンはチャンスになるとこうして斧を振り下ろすように腕を振って応援するんです」

 もう一度、手を振り下ろす。ダンディな容貌からはかけ離れたポーズに、裕子は自分がなにを質問したのかすら、忘却した。

 

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