私だって誘拐されるくらいかわいかったのよ

 

 真冬なのに身体が熱くて、毎日水をたくさん飲んでいる。心臓がどきどきして何日も眠れないから、昔のことばかり思い出すのよね。ベッドライトをつけて天井を見る。角に大きな蜘蛛の巣があるけど、誰も取ってくれないからそのままにしている。

 早く朝にならないかしら、家中の片づけがしたい。まだ手をつけてない部屋がいくつもある。捨てるって楽しいのね。すべては私に決定権があるのよ。何でもかんでも捨ててやるわ。

 ベッドから降りると床板が軋んで、もう一度ベッドに戻った。静かにしていないと、るうこちゃんが起きてしまう。あの子は寝起きが悪いのよ。低血圧なんて言い訳して、おはようって声をかけてもぼんやりしてるから、一緒にいて、朝からとてもいやな気分。一つ屋根の下で暮らしているのだから、挨拶くらい最低限のマナーだわ。私より若いんだからはつらつとしてちょうだい。

「眠れない? ははは大丈夫。それ全部、好転反応っす」

 興奮して眠れないのと、声をひそめて電話で訴えると、ニシダは軽くそう答えた。深夜の二時だったけど、昼間のオフィスにいるような、よく聞き取れる明るい声だった。そうだ、サプリの追加注文も頼もうかしら。そう言ってみると、まいどあり! と言ってスマホの向こうで、書類をがさがさとかき集める音がする。私はクッションを集めて上半身を起こして、ニシダの返事を待った。

 ニシダの携帯番号を聞き出すのは一苦労だった。るうこが教えるのを渋ったから。

「私は上客なのよ? 問い合わせ先を教えないなんてどういうこと? 何かやましいことでもあるの?」

 そうしつこく迫るとるうこは大きなため息をつき、「寂しいとか退屈とか、そんな理由では連絡しないでね」と、しぶしぶ紙に数字を書いた。私がそんなことするわけないでしょう。同世代だったら、ニシダは私に声をかけることもできなかったはずよ。坊主頭にスーツなんか着て、場末のスナックのボーイじゃないんだから。

「お待たせしました。今回追加はどれくらいにします?」

「どうしようかしら。まだあなたのことを信用したわけじゃないんだけど」

「倉田りさ子が広告塔に使われてるから、信用してくれたんすよね? 聞きましたよそれ何度も何度も。るうこちゃん経由でもう百回は聞いた」

「そうよ。りさ子ちゃんが載ってなきゃ信じなかった」

「なるほどっす。俺も会いましたよ、美魔女モデルのその人。いやぁ、きれいなおばさんだなーって見惚れちゃって。多分あの人ですよね? 違うかな? 恵比寿の撮影スタジオで、たくさんのスタッフに囲まれて……」

 ニシダの話を聞きながら、撮影の様子を想像した。どうして私はこんなところにいるのだろう。くすんだ天井のライトも、平成の初めから使っている古いシーツも。朝が来たら全部捨ててしまおうかしら。グラスに水を入れて飲むと、溢れた水滴がシーツに黒い染みを作った。

「るうこちゃんに聞きましたけど、最近、お母さんも美魔女化してるって」

「お母さんなんて呼ばないでよ」

「さーせん。でもまあ心拍数が高くなってるってことはそれだけ代謝がよくなったってこと。だからスルスル痩せる以外ないっすよ。しっかりサプリを飲んで、倉田りさ子になるのをじっと待ちましょうや」

 じゃ、そういうことで。ニシダは明るい声のまま電話を切ってしまう。スルスル、という言葉に私は嬉しくなって、ベッドの下に置いている体重計に乗る。針がかすかに揺れる。ええ、確かに痩せているわ。一カ月で十五キロも痩せたんだからびっくりしちゃう。十五キロよ? これが近頃の医学の力なの? 服を着替えるみたいに体型も変えられちゃうじゃない。こうしてりさ子ちゃんも、こっそり魔法の薬を使って美貌を維持してきたのね。

 初めて六本木で出会ってから今日までずっと応援してきたし、いまも毎日欠かさずブログを読んでるけど、ここ数年はアフィリエイトのリンクばかりで、本題に入るまで何度もスクロールしなきゃいけなかった。それなのに、本当に効果のあるもののリンクは貼らないなんて。広告塔までやってたのに、あなたに憧れるファンにダイエットピルのことを教えてくれなかったなんて、本当にひどいわ。

 昔は四十キロ台じゃないと女として見てもらえないと思っていたけれど、ここ十年くらいでじわじわと、二十キロ近く太ってしまった。別にいいわ、誰に会うわけじゃないし。そう言い聞かせていたけど、本当はとてもいやだった。丸くたるんだ顔も、ゆらゆら揺れる醜い二の腕も。だけど今はもう違うの。美しさを取り戻しつつあるから。そして、これから皆をひれ伏させるのに忙しくなるんだから。

 ニシダのサプリを飲み始めてから一カ月、るうこが勧めてきた時は、変なものを飲ませて私を殺す気じゃないでしょうね? なんて訝しんだけど、今では感謝している。見てよ、この汗を! 起きているだけでずっと汗をかきっぱなし。座ってテレビを見たりパソコンを開いたりしようとしても、何か大切なことを忘れている気がして、そわそわと立ち上がってしまう。思い出せない。大切なことってなにかしら。思い出せないから仕方なく部屋の掃除を始めたら、案外私の性格に合っていたみたいで、もうゴミ袋四十個分は捨てたわよ。

 思い出のものはたくさんあった。写真、食器、ブランドの洋服、それにミスコンに出た時のビキニにティアラ。どれもほこりをかぶっていたし、ビキニは虫喰いの穴が空いていた。でも手に取れば、記憶は湯気みたいに部屋中に広がり、つい昨日のことのようにあらゆることを鮮明に思い出せる。本当につい、昨日のことなの。

 テレビ台の奥に落ちていたビリーズブートキャンプのDVD。懐かしくてやってみたけど、開始一分でへとへとに疲れてしまった。だけど音楽代わりに流しっぱなしにして、気が向いたときにやるようにしていたら、だんだんとトレーニングも続くようになってきた。身体が軽くなって、動きにも勢いがついてきた気がする。私はね、努力するのは嫌いじゃないのよ。リース作りなんかよりも、トレーニングの方がずっと楽しい。

 ビリー隊長の短い掛け声と乾いた手拍子が、遠くに聞こえる。

 

 私は六人兄弟の末っ子で、その中でも一番かわいく産まれた。短大に入ってミスコンに出るまで、自分よりもかわいい人に出会ったことは一度もなかった。親からも教師からも特別扱いされることに慣れていた。だってかわいかったんだもん、仕方ないわよね。泣けば、理由も聞かずにみんなが同情してくれたし、誰もが私から笑顔を引き出そうと手を尽くした。だけど若さと美貌なんか、ありふれた幸せを勝ち取るための、ほんの一瞬の魔法でしかなかったのよね。

 短大の最後の年にモデル事務所に入った時、最初に言われたの。「他には何かある?」って。

「他にはないの? 受賞歴じゃなくてもいいけど。人に自慢できること、何かない? 父親が大企業に勤めてるとか英語が喋れるとか、逆に赤貧に喘いだ孤児ってのも歓迎だわ」

 私はポカンとした。何かのジョークかしら? とびきりの笑顔で女社長を見たけど、彼女は笑わなかった。ナマズのヘルメットみたいな、当時はやっていたボブヘアの社長。

「それだけです。私は、ミス・ユニバース・ノースウエスト・ジャパンだけ。自慢できることは、それだけしかありません」

 言葉の最後は消え入りそうだった。女社長は片方の眉をあげて、「あなた、何しに来たのよ。そんな小さな賞なんか、何も持ってないのと同じじゃない」。そう言って床に書類を放り投げた。

 モデル活動は鳴かず飛ばずで、写真審査で落とされるから、オーディションにさえたどり着けなかった。レッスンを頑張ったけど、褒められることもなく鏡の前に立たされて、食べすぎだね、と背の低い男の先生にいつも怒られた。

 夏美ちゃんや、美香ちゃん。モデル事務所の同期でパッとしない同士、傷をなめ合うように仲良くなった。レッスンの帰りに原宿の神社の近くにあった、老夫婦がやっている小さなお店でクレープを食べて「また先生に怒られちゃうね」なんて笑いあっていた。

 負け犬同士で居場所を見つけて、ほんの少しずつだけど、それぞれ自分の持ち味がわかってきたころ、急に夏美ちゃんから報告があると、クレープ屋に呼び出された。

「結婚するんだ。モデルなんかやめてかわいいお嫁さんになるの」

「本当に? お相手は誰なの?」

「会社員なんだけどね、兄の同級生で昔から知ってる人なの」

 私と美香ちゃんは興奮しながら、両手で口を押さえたり、夏美ちゃんの肩を叩いたりして、おめでとうと言い合った。

「だって私たち、もう二十三歳になるんだよ? 二人とも、焦った方がいいと思う」

 そんな忠告を受け、私も慌ててお見合いをした。それで、大手企業に勤めていた正樹さんと結婚することになった。夏美ちゃんの結婚報告から半年も経っていなかった。モデルの仕事をもらうより、いい男に選ばれる方がずいぶんと簡単なんだな。アパートの狭いキッチンでワインを飲みながら、一人でささやかに祝杯をあげた。

 初めて会った時、正樹さんは優しくて、私はピンときた。私の言いなりになってくれそうな男だって。それなのに結婚式をする時になって、正樹さんの両親があれこれ口を出してきたから驚いた。「正樹は由緒正しい家の長男ですから」義母になる人に、そう言われた。こんなド田舎に由緒なんてものがあるの? ただただ、先祖代々、のらりくらりとこの土地で生きてきただけじゃないの。毎週、式の打ち合わせで東京から車で正樹さんの実家に行くたびにそうやって内心で見下した。

「私のこと、バカな女だと思う?」

 正樹さんにふと、そう聞いてみた。もしかしてこの人は私のことを、言いなりになってくれそうな女だと思ってるのかしら。結婚に浮かれて、色んなことが見えていなかった気がしてきた。

「バカな方がかわいいだろ、女なんか」

 彼のハンドルを持つ手を見つめた。ここで立ち止まってはいけない。このまま突っ走らないと。土砂降りの雨の日で、外を見ると窓ガラスの雨粒が、テールランプに照らされて宝石のように光っていた。

 実家に着くと、気合いを入れて義母に張り合うように調子よくあれこれ意見してみた。夢だったんです、桂由美のウェディングドレスを着るのが。それにゴンドラに乗って登場したり、ゴスペル隊に歌ってもらったりもしたいんです。大きなケーキも忘れちゃいけません。

 すると意外にも、義母は微笑みながら同意してくれた。そうね、結婚式は一生に一度ですものね、なんて。なんだ、言ってみるもんね。田舎者に勝ったわ。そうして私の意見は通ったように思えたのだけど、次の打ち合わせでは、何ひとつ変わっていなかった。ドレスも音楽もゲストも、フォークの色さえも。私の願いは一つも叶っていなかったのだ。

 白無垢の試着をしている時、支度を手伝ってくれたうちの親戚のおばさんたちが「やっぱり真由ちゃんは別嬪さんだわ。博多人形みたい」と騒いでいたけど、私はふてくされて、鏡の前に飾ってあった花瓶の花の首を、一つ一つへし折っていた。着物よりドレスがよかった。金だけかかった、渋い結婚式。きっと、しみったれた暗い式になるわ。こんなの、やくざの襲名式みたいじゃない。

 私って、こんな人と結婚するためにかわいく生まれたのかしらね。こんな男に出会う、たったそれだけのために? 私はね、たった一度の結婚式でどうしても桂由美の白いドレスでゴンドラに乗りたかったの。それすら叶わない人生だった。

 将来のプランなんか特になかったけど、都内の新築マンションで、子供を産んで贅沢に暮らせるものだと思っていた。だけど正樹さんのお義父さんが大病を患ったせいで、私たちは信州の山奥にある大きな屋敷に引っ越すことになった。家事全般をしてくれる住み込みの老いぼれなお手伝いさんが二人もいたし、お義父さんのお見舞いに連れだって行こうとしても、「お嫁さんなんだから行かなくていいのよ」と私だけ留守番だった。正樹さんはお義父さんの口利きで観光協会に入り、リゾート開発のコーディネーターとして働き始め、繁忙期だとか何とか言って週末しか家に戻らなくなった。そうだ、私もモデルの経歴を活かして、地方番組のリポーターでもやってみようかな、とひらめいた。張り切ってテレビ局に電話をして、プロデューサーに繋いでくださいと伝えると、受付の人からは「後日折り返します」と言われただけだった。一ヶ月後にもう一度電話をかけてみると、長い長い保留の後に怖い男の人が出て、「あのなあ、こっちは忙しいんだよ、二度とかけてくんな」と怒鳴られ、がちゃんと切られた。

「ここではそういうの、コネがないと無理なんじゃないの」

 スーツを脱ぐ正樹さんの背後から報告すると、他人事のようにそう言われた。お見合いの時は背が高くてハンサムだと思っていたけど、下着姿を見ると、短足の馬みたいで気の毒になった。

「あなたかお義父さまの知り合いで、テレビ局の人はいないの? 私、きっと何かやれると思う」

「まあ、当たってみるけどさ」

 それっきり。私の提案に耳を傾けてくれる人はいない。一度だってこの家の誰かが私のために本気になってくれたことはない。暇つぶしに首をくくって死んでみようかと思ったくらいよ。

 

「私はここにいて、何かの役に立ちますか?」

 朝食の席でお義母さんに聞いてみると、

「子供が生まれるまでは、のんびりしてなさいな」

 と、顔も上げずに返される。家族で分け合う、納豆の器が回ってくる。それからお義母さんは熱い緑茶を啜り、ごちそうさまと言って立ち上がる。新しい畳の匂いがした。居間を出る時、灰色の着物から白い足が見えた。普段から足袋を穿いている人を、私は初めて見た。

 本当にのんびりしていたら妊娠して、二十五歳でるうこが産まれた。しばらくは育児に専念していたけど、小学校に入ってしまえばまた退屈な時間が戻ってきた。そして出会ったのだ、秋の初めに、灯油を屋敷に運んできた若い男。

「お姉さん、どこかで見たことある気がするな!」

 そう言って私に笑いかけた。歯は黄色かったけど、その一粒一粒がしっかりしていて、ゴリラみたいにたくましかった。

「ミスコンに出たことがあるから? もうずっと、遠い昔のことだけど」

 私は笑って答えた。誰かと話すのが久しぶりで、声のトーンが揺らぐ。最近は誰にも会わないから、駅前で買った安い緑のワンピースばかり着ていたことを後悔する。だけど何だっていいから、家族以外の誰かと明るい会話がしたかった。

「ミスコン? おい、ちょ、待てよ」

「待つわよ。何? どうしたのよ」

 男は照れて「いやだから違うって。すげーなって思っただけ」と、笑った。時代は九十年代後半、それが木村拓哉の真似だということに気づかないくらい、私は文化というものから遠ざかっていた。

 灯油男は優しくて力持ち、だらしなくて不潔なところがあって、風呂は二日に一度、洗濯は月に二回しかしないのだと言った。そんなところも素敵に見えて、私は年甲斐もなくメロメロになっていた。あなたがキムタクなら、私は山口智子ね。彼の狭いワンルームの部屋でVHSを観ながらそう言うと、ちょ、待てよ。真由さんは山口智子よりもかわいいだろ、と男は真顔で返した。かわいい? 私が? 気づいたら泣いていた。男は私を抱きしめて、どうしたの? と聞いた。彼の肌からは夏の日差しの匂いがした。そんな優しいことを、誰にも言ってもらえなかったから、不安になってたの。そう言って彼の胸に顔を埋める。

 正樹さんが、お義父さんに付く若い看護師やスキー場のカフェの女の子と浮気していたのを私はずっと前から知っていて、それを咎めなかった。だってここでは浮気は数少ない娯楽の一つなのだから。刺激は生きていくために必要なのよ。だから、私だって許されるのだと思っていた。みんな知っていたこと、生きていくために、みんながうまくやっていたこと。それなのに、どうして私だけがあんなことになってしまったのかしら。

 

「お母さん聞いて。私ね、ニシダと結婚するかも」

 ビリーズブートキャンプのダンスをしている後ろで、るうこの声が聞こえた気がした。

 今日は、仏間の遺影を全部捨てたのよ。梯子に乗って壁から外して、ゴミ袋に詰め込んだ。せめてもの情けで、親子は同じ袋に入れてあげたわ。スッキリして水を飲み、気づいたらまた深夜二時。さっきから時計が進んでいない気がする。背後にいつの間にかるうこが立っていて、振り向くとすっと階段の方へ消えて行き、足音だけが聞こえた。あの子、今なんて言ったの? 結婚? 笑わせないでよ、もう。あなたはほぼ四十で、花嫁になれる年ではないの。ねえビリー隊長、るうこはまた変な妄想ばかり膨らませて、手に負えないわね……、ニシダって、東京から来た、あのサプリの男よね。もし本当なら二人とも気持ち悪い趣味だわ。まあいいわ、勝手にすればいい。どうせ破談になるわよ。あなた、お相手の方にちゃんと言ったの? あのことは。昔、気持ちの悪い男に誘拐されたって。幼女趣味の頭のふやけた男。どこで知り合ったんだったかしら。

 心臓がどん、と強く鳴ってよろめきながら胸を押さえる。めりめりと、身体の奥から若い自分が現れてくるみたい。若返った私の顔が見たくて鏡を覗いてみても、鏡には靄がかかり、かすんで見えるから瞬きを繰り返してみる。変ね、私は美しさを確認したいだけなのに。そうだ、スマホで写真を撮ってみるのはどう? そうすれば……。だけど、思いついたことは、そばから忘れてしまう。忘れるっていうことは、取るに足りないほどのことよ。るうこが結婚なんて、この家を出てゆきすかぐらに住むのかしら。ミモザやユーカリがたくさん咲いていた、あのビルに? そしたら私は、毎日花を摘みに行くわ。時間をかけて大切に育てた植物を、ごっそり引っこ抜いて持って帰るのはスリル満点で楽しい。だけどそんなこと、許せるわけがない。私を置いて、結婚だなんて。

 プッシュ、プッシュ、カモン、プッシュ。うるさいわね、と言いながら、テレビを消しにリビングに戻る。

 

 はっきり言って、あれ以来るうこは注目され、どこぞのお姫様みたいに男の子をしょっちゅう侍らせるようになっていた。

「これからは俺が守るから」

 あの子が高校生の時だったかしら、そんなことを言われているのを玄関で聞いた。片道十キロの山道を、自転車二人乗りで毎日のように送り迎えをしてもらっていたるうこ。一緒にいると、自分が勇敢な騎士にでもなったように思えたのかしらね。ペダル漕ぎで鍛えられて、ふくらはぎがサツマイモみたいになっていたボーイフレンドたちのことを、るうこはどう思っていたのかしら。ちやほやされても、嬉しそうには見えなかった。るうこが笑ったり、泣いたり、感情を強く表に出すのを見たことがない。自分の肩に手を置いて、じっと何かを考えているような姿はよく見るけど。変な宗教で教わった、心を守るポーズ。それを見る度に泣きたくなったわ。

 だけどあの子はもう誘拐されない。一生に二度も誘拐される人なんか、聞いたことはないでしょう?

 

(つづく)