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先輩としての石野さんと瀧さん

 

 石野さんは中学校の先輩で、年齢は私の1歳上だ。中学生時代には面識がなかったが、その存在は知っていた。

 私が通っていた中学校は、坊主頭にしなければならないという校則はなかったにもかかわらず、部活の規則という理屈で、体育系の生徒がほとんど坊主頭にさせられていた。そして教師の無言の圧力で、ほとんどの生徒が体育系の部活に入部していた。姑息なダブルスタンダードだ。

 文化系の部活に入部した生徒も、目立つことを嫌って坊主頭にしていた。髪を伸ばしただけで、教師たちからの風当たりが強くなるからだ。私が生まれ育った都市の教育方針は、全体主義的だった。

 その中で、石野さんは髪を伸ばしていたので、とても目立っていた。髪を伸ばしている生徒は、ひと学年で数人ほどしかいなかった。

 彼が所属していた部活は、もちろん卓球部だ。卓球は唯一髪を伸ばしていい体育会系の部活だった。ほとんどの卓球部員は坊主頭だったけれど。

 長髪で目立っていただけではなく、彼は当時から音楽マニアとして有名だった。石野さんとは、中学時代に面識はなかったが、私と付き合いがあった先輩を通してのつながりはあった。

 中学時代に、その先輩が私に聴かせてくれたセックス・ピストルズの「勝手にしやがれ!!」は、多分、石野さんから借りたレコードだった。石野さんの音楽マニアぶりを賞賛して、「石野という奴は、習っていないのにピアノが弾けてすごい」というようなことを、その先輩が言っていた。

 石野さんは、昼休みなどに、体育館に忍び込んで、壇上に備えつけられたピアノを弾いていたようだ。私はその同じ体育館に、昼休みに忍び込んで、度々、器械体操用のマットの上でプロレスごっこをしていた。

 私が中学生の頃、世の中はツッパリブーム、ヤンキーブームだった。「ツッパリ」と呼ばれる不良学生が、校内をのし歩き、世間では校内暴力が社会問題になっていた。その中でも私が通っていた中学校は、市内で最も荒れた学校だった。

 私の母校の中学校が一躍、世間に悪名を轟かせた事件がある。私が中学1年生の時の話だ。ある生徒が、自転車の2人乗りをして公道を走っていた。パトカーに乗った警官が、それを発見し、マイクで注意をした。パトカーの屋根に据えられた、スピーカーから停止命令の言葉が響いた。

 生徒2人は、それを無視して走り続け、学校内に到着。続いて、パトカーも校内に入って来て、中庭に停車。警官2人が下車して、くだんの学生を、面と向かって叱責した。ツッパリ学生は反抗的な態度を取った。中学生と警察官の小競り合いが長引くうちに、学校内の不良学生が続々と集まってきて、彼らを取り囲んだ。群衆は、次第にヒートアップした。

 警察官を取り囲んでいた中学生たちは、ついには「やっちまえ!」と、一瞬のうちに一致団結して、パトカーを持ち上げてひっくり返してしまった。哀れパトカーは、ウミガメのように、腹を天に向けて沈黙した。

 さらに、スケバンが音頭をとって、見物者に砂利石を集めさせ、露わになった車の底に、ジャラジャラとそれを流し込んだ。機械構造に入り込んだ異物はきっと深刻なダメージをパトカーに与えたに違いない。何と機転が利く、スケバン! そしてそのスケバンが、中学1年生の私に、どれほどセクシーに映っていたことだろう。

 さすがにこの一件は、大問題になり、新聞報道もされた。わが母校は、不良学生からは、一目置かれる存在に、まともな生徒や保護者は、一瞥もくれずに通り過ぎる存在になった。

 私が通っていた中学校は、そういう学校だった。そして、そうした不良学校の、学年間の上下関係は非常に厳しかった。

 

 私は、石野さんとは中学時代面識がなく、瀧さんは別の中学校の出身である。しかし、石野さんと瀧さんを引き合わせ、私と石野さんを引き合わせてくれた、同じ中学校の先輩のイトチューとは、私が中学生だった頃からの顔見知りだった。

 電気グルーヴのオールナイトニッポンでも、度々このイトチューのことは話題に上がっている。現在、動画サイトに投稿されている、イトチューの度を越したイタズラを語った放送回には、「神回」というキャプションがつけられている。

 瀧さん曰く、「悪の天才」。私はイトチューから何かされた事はないし、それどころかよくしてもらった思い出しかないけれど、その度を越したイタズラと、悪事の数々を中学時代から見ているし、そもそもイトチューは、校内で有名な不良の先輩だったので、私は絶対服従の立場を崩さなかった。

 そんなイトチューが紹介してくれた、石野さんと瀧さんなので、ヤンキー学校の上下関係が、私と電気グルーヴの2人の間にも、自然と固定されてしまった。

 漫画家の根本敬の存在を私に教えてくれたのは、石野さんだ。その根本さんが、著作の中で「韓国では子供の頃からの友人同士で、大人になってもつるむことが多いので、いい年をして上下関係が固定されたままの場合が多い」と自らの漫画のキャラクター、村田藤吉と吉田佐吉の関係に、なぞらえつつ語っていたが、それは正に私たちにも当てはまる。

 石野さんとイトチューは、小学校の同級生であり、趣味嗜好は微妙に異なるものの、サブカルチャー、特に音楽の知識に関しては、どちらも博士のような人たちなので、彼らは、子供の頃から意識し合う仲だったのではないかと思う。

 瀧さんとイトチューは、高校の野球部のチームメイトである。イトチューが投手、瀧さんがファーストのレギュラーだった。

 イトチューは、高校時代に石野さんと瀧さんを引き合わせ、瀧さんが、電気グルーヴの前身バンド「人生」のメンバーとなるきっかけを作った。そしてそれだけでなく電気グルーヴの誕生にも大きく関わっているので、この本の中で、後で詳しく彼について語りたいと思っている。

 私が、瀧さんや他の「人生」メンバーと初めて会ったのは、石野さんの実家の自室だった。イトチューと、挨拶程度ではなく、初めてちゃんと話したのも、この部屋だった。

 この「石野の部屋」は、離れにあり、彼の家族と顔を合わすことなく出入りできたので、高校時代、みんなの交流の場となっていた。

 床にカラーボックスが横にして置かれていて、その3箱余りに、びっしりとレコードが収められていた。そのレコードの量に圧倒された。その上にターンテーブルが置かれていた。常に音楽がかかっていた。

 私や他のメンバーは、ここで、石野さんから、ニューウェイブを中心とした音楽を筆頭に、その他様々なサブカルチャーの薫陶を受けた。

 

 

「オールナイトロング 私にとっての電気グルーヴのオールナイトニッポンとその時代」は全4回で連日公開予定