《三国志》《水滸伝》などの歴史小説で名高い文壇のレジェンド、北方謙三による剣戟小説「日向景一郎シリーズ」の復刻第4弾が発売となった。

 祖父の遺言に従い、実の父を斬った兄・景一郎。その兄といつかは斬り合わなければならないと言われて育った弟・日向森之助は、15歳に成長していた。居候する薬種問屋の使いで糸魚川を訪れた森之助は海女のお鉄と出会い、やがて危うい影に巻き込まれていく。

「小説推理」2025年6月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで、本作の読みどころをご紹介する。

 

鬼哭の剣<新装版> 日向景一郎シリーズ 4

 

■『鬼哭の剣〈新装版〉 日向景一郎シリーズ 4』北方謙三  /細谷正充 [評]

 

日向景一郎の弟の森之助は、薬種問屋の使いとして訪ねた糸魚川で、大騒動に巻き込まれた。北方謙三の剣豪小説シリーズ第四弾は、壮絶な成長物語だ。

 

 北方謙三は膨大な歴史時代小説を執筆している。そのなかで唯一の剣豪小説といえるのが、全五巻の「日向景一郎」シリーズだ。長らく絶版状態だったが、現在、双葉文庫から五ヶ月連続で復刊中。本書は、その第四弾である。

 

 シリーズの主人公の日向景一郎は、日向流の剣士だ。凄惨な通過儀礼を描いた第一巻を経て、第二巻から超人的な強さを見せつけている。ストーリーも一作ごとに工夫があり、読者を楽しませてくれるのだ。本書でいうと、実質的な主役を景一郎の弟で、15歳になった森之助にした点が、大きな特色になっている。

 

 第一弾の物語の途中で生まれ、シリーズの脇役として何度も過酷な体験をしてきた森之助。20歳になったら斬り合うと兄にいわれて育っており、疑問に思うこともなく受け入れている。そんな森之助が、居候をしている江戸の薬種問屋の依頼により、糸魚川にいる薬草師の菱田多三郎に五十両の金を届けた。そして海藻から新たな薬を作るという多三郎のため、雇われた海女のお鉄と共に海に潜る。一方で、奇怪な老婆や、引き回しの途中で逃亡した罪人のむささび小平太と、かかわりを持つようになった。さらに藩の役人と揉め、斬り殺してしまう。そして神地兵吾という男と斬り合い、重傷を負うのだった。

 

 というのが第二章までの粗筋だ。第三章に入ると景一郎が登場し、藩庁の牢に入れられた多三郎を救出。その後、老婆とむささび小平太の抱える因縁から、多数の人間と山に籠り、柳生流とその駒にされている者たちを迎え撃つことになる。

 

 まだ15歳の森之助だが、幼い頃から景一郎に独自の方法で鍛えられ、剣の腕はなかなかのものである。しかし最強には程遠い。兵吾との斬り合いを始め、何度も死線を迎えることになる。それが森之助の剣士としての成長を促すのだ。また、特異な育ちのために妙に落ち着いている森之助だが、童貞を捨てた相手であるお鉄が他の男に抱かれているのを知り嫉妬する。一歩でも剣で近づきたいと思っていた兄にも、さまざまな体験を経て、複雑な感情を持つようになる。こうした心の揺らぎは、人間としての成長といっていい。本書は森之助のビルドゥングス・ロマンであり、そこが一番の注目ポイントなのである。

 

 もちろん景一郎の、凄まじいチャンバラシーンも多い。兄弟が繰り出す日向流の豪剣を、たっぷりと堪能してもらいたい。