《三国志》《水滸伝》などの歴史小説で知られる文壇のレジェンド、北方謙三による剣豪小説「日向景一郎シリーズ」の復刻第5弾が発売となった。
祖父の遺言に従い、実の父を斬った日向景一郎。その兄といつかは斬り合わなければならないと言われて育った弟・森之助。20年のときを経て、兄と弟の立ち合いの瞬間が迫っていた——。


伝説の剣豪小説シリーズ完結巻の読みどころを、書評家であり、北方謙三氏の秘書も務めた東えりかさんによる「小説推理」2025年7月号掲載のレビューでご紹介する。

 

寂滅の剣〈新装版〉 日向景一郎シリーズ 5 完

 

■『寂滅の剣〈新装版〉日向景一郎シリーズ5』北方謙三  /東えりか[評]

 

「剣豪小説を書く」──35年前の作家の決意と情熱が結実したシリーズ最終巻。

 

 作家・北方謙三は数年後に何を書くか、いつも考えているのではないかと思う。

 1985年、秘書として雇われたときに頼まれたのは「時代小説の資料調べ」だった。北方謙三は30代、ハードボイルド小説の旗手として人気はうなぎのぼりの時期だ。「九州の南北朝を書く」という決意から4年後『武王の門』が上梓された。

 

 当時、現代小説と並行して南北朝ものの連載も続け「月刊北方」と言われるほど書きまくっていたある日、「剣豪小説を書くための資料を集めろ」と厳命された。1990年ごろのことだと記憶している。

 ネットなど無い時代、資料は本に当たるしかない。図書館に通い、有用な本は古書店で求めた。剣術流派の本をどれほど買っただろう。北方謙三はそれらを熟読していたはずだ。

 

 さらに当時は剣豪小説の大家がたくさんおられ、北方謙三はその方々に知恵をお借りした。津本陽氏に示現流の教えを請うたとき、構えから指の向きまで教わったと嬉しそうに話してくれたのを良く覚えている。

 馬庭念流のビデオを手に入れ、極意の「抜け」の体さばきを観たことも「一人の剣豪」を創作する重要な要素になったのではないか。

 

 初の剣豪小説『風樹の剣』は1993年、小説新潮2月号から開始された。挿画は百鬼丸氏。見開きページ8割が日向将監の不気味な姿だ。毎回、連載は挿絵家との勝負だった。

 

 2010年に5巻目の『寂滅の剣』で完結するまで17年の時が流れた。日向景一郎は40歳になり、弟の森之助は20歳。その間、他者との死闘に次ぐ死闘が繰り広げられ、ふたりの剣鬼が育った。そして最終巻の最後、運命づけられていた二人の対決で幕を閉じる。徹頭徹尾、日向景一郎の小説であったと思う。

 今回、初めて5巻をまとめて読んだ。「剣豪小説を書く」という目的は見事に果たされたと心の底から感心し、凄い小説家のそばにいたのだ、とその幸せを改めて嚙みしめた。