《三国志》《水滸伝》などの中国歴史小説で知られる文壇のレジェンド、北方謙三の「日向景一郎シリーズ」復刻第3弾が発売となった。

 

 祖父の遺言に従い、実の父を斬った孤高の剣士、日向景一郎は、腹違いの10歳の弟・森之助とともに、奥州・一関に薬種を届けにいくことになった。そこで目にしたのは、藩の陰謀に巻き込まれ、村ごと孤立させられたあげく、皆殺しにされそうになっている無辜の民たち。東北の山中にある村で起きた悲劇は、やがて江戸を震撼させる事件へと繋がっていく──。

 

 伝説の剣戟小説『絶影の剣 日向景一郎シリーズ3』の読みどころを、「小説推理」2025年5月号に掲載された書評家・西上心太さんのレビューでご紹介する。

 

 

■『絶影の剣〈新装版〉日向景一郎シリーズ3』北方謙三  /西上心太 [評]

10歳になった景一郎の弟・森之助が初めて人を殺す──。衝撃的なシーンの連続となるシリーズ第三作は兄との対決への萌芽が見える作品である。

 

 祖父将監の遺言を胸に、18歳の景一郞が父を斬る旅に出る第一作『風樹の剣』。薬種屋の杉屋清六の薬草園を兼ねた向島の寮に身を寄せ、伯父貴分の小関鉄馬と、腹違いの弟森之助の養育に明け暮れるが、阿芙蓉(阿片)絡みの暗闘に巻き込まれる第二作『降魔の剣』。

 

 ロードノベルの趣向で青年景一郞の成長を描く一作目、焼き物に向き合うことで景一郞が内面を深化させていく二作目。動と静。タッチこそ対照的だが剣戟シーンの凄まじさは共通している。ところが本書『絶影の剣』はその上を行く。正真正銘のいくさなのである。

 

 景一郞と10歳になった森之助の2人旅から本書は始まる。田村藩城下の一関に住む医師丸尾修理に、薬草の種子を届けることが目的だった。修理はかつて薬草園に寄宿し薬草を学んでいたのだ。だが田村藩では異変が起きていた。疫病が流行ったため山中の諸沢村を封鎖していたのだ。多くの村人が死亡していたが、疫病ではなく毒が原因であることを修理は突きとめていた。事情を知った景一郞は毒消しの薬を携え、修理と封鎖された村に赴いた。この村のさらに奥の山中で、新たな金鉱が発見されていたのだ。田村藩は隣国の大藩の伊達藩と組み、幕府に金鉱の存在が露見しないよう、村人全員を抹殺しようと企んだのである。

 

 解説の池上冬樹氏も記しているが、物語の前半はまさに黒澤明監督の『七人の侍』を想起させる。三万石の小藩とはいえ、藩士を相手に圧倒的な兵力差の中で、景一郞はどのように戦い、生き残った者たちを率いてどのように転進していくのか。それが前半の読みどころだろう。

 

 また藩に直言し危険を顧みず、村に入り治療に専念する修理の変化にも留意したい。せっかく毒から回復したのに、圧倒的な暴力によって命を失っていく者もいる。100人単位の多くの死者を前に、修理は医師であることの無力さを痛感するのだ。この修理の心のありようが、物語の後半の展開へとつながっていく。

 

 そして10歳になった森之助が「大人になったら、兄上に勝てそうか」と問われた時の言葉にも注目したい。

 

「わかりませんが、いつかは兄上を斬らなければなりません」「仕方がないのです。父の仇ですから」。

 

 そう語った森之助が本書で初めて人を斬り殺す。数多くの死を見てきた森之助の初めての行為。第四作、第五作へ続く森之助の成長と、景一郞との対決。その萌芽が見えるのが本書なのだ。次巻以降も目が離せない。