人類の生んだ崇高な美を巡り、大金が動く──巨大な欲望、エゴがせめぎ合い、火花を散らす、アートオークションの世界。力を入れたオークションに「中止しなければ会場を爆破」との犯行予告が届いた。いざ、当日……予想もしない展開のなか、関係者の企み、思惑が炸裂する!!
先が気になって仕方ないページターナー作品であり、若者の成長物語でもあり、お仕事小説の側面も持つ、楽しみ方も豊富な小説。著者の一色さゆりさんに、本作に込めた思い、読みどころをうかがった。
画廊勤務時代には、アーティストの悲喜こもごもを間近で見ていました
──ギャラリー経営の厳しさも作品の中で描かれています。名もなきアーティストの作品も含めた、美術を愛する心と、それらを売る経営能力。読みながら、その二つの方向でプロになるのは困難だということがよく伝わってきました。
一色さゆり(以下=一色):私自身もそうですが、自分の作品で食べていくというのは、本当に大変なことです。とくに市場で勝負しているアーティストは、いわば自分の才能を金銭に変換するような仕事なので、とんでもなく大変なことをしていると思います。もちろん、売れ行きの数字だけが才能を測る尺度ではないとしても、売れなければ自分の才能を信じてくれた人を不幸にさせてしまうからです。画商はアーティストにとって、一蓮托生の特別な立場です。言ってみれば芸能プロダクションのようなものですね。アーティストの才能を心から信じて売りだすわけですが、うまくいかないことのほうが多く、そういうときにアーティストから不満をぶつけられるのも画商の大変なところです。
──一向に光が当たらず、やがて生活苦に襲われるアーティストの「影」の部分に焦点が当てられたお話もありました。美大出身で元美術館勤務の一色さんも、生活に追われるアーティストにたくさん接してこられたのだと思います。
一色:そうですね。画廊勤務時代には、若手から巨匠までアーティストの悲喜こもごもを間近で見ていました。また、学生の頃に出会って、今もアーティストとして頑張っている友人もいるので、本当に応援したいです。そういうアーティストに対するリスペクトは、人並み以上に持っています。
──オークション当日には予告通り、爆破の犯行はなされるのか? されるとすれば誰が、どのタイミングで!? と興味はつきませんでしたが、それ以外で、まさかの展開が待ち受けていました。驚きと感動を呼ぶ、本作の白眉と言えるシーンで、心の中で快哉を叫びました。
一色:ありがとうございます。結果はどうであれ、自分の信じた才能のために、なりふり構わずすべてを投げうつことのできる画商は、本物だと思います。そして、そんな画商に出会えたアーティストは、幸せだと思います。今回は、そんな画商とアーティストの関係を描いてみたかったんです。
──欲望同士がぶつかり、腹の探り合いをし、こうして見てくるとオークションには「魔物が棲んでいる」の形容のほうが合致しそうですが、はたして「女神」はいるのでしょうか。
一色:もちろん、魔物だけでなく、女神もいると信じたい! オークションは人の業や欲望がぶつかりあう唯一無二の戦場ですが、そんな場所だからこそ、人のロマンティックで美しい面も際立つ。奇跡としか言いようのない、神秘的な力も働くのではないでしょうか。
──双葉社の前作『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』では、「二人で一人前」の「水と油コンビ」が意外な活躍をし、徐々に息が合っていく様が面白く描かれました。今作は「成長する側」は小洗凜太郎ひとりとなり、“相方”は雲の上の存在の冬城美紅でした。徐々に「シゴデキ」一辺倒ではない美紅の姿も垣間見えてきますが、今回、凜太郎と美紅を書くうえで最も留意されたことについてお聞かせください。
一色:まさに「通り一遍ではない、人間味のあるキャラクター」を目指しました。とくに美紅は華やかに見えて庶民的だったり、天下無敵に見えて苦労人だったり、ギャップをつくりながらも矛盾しない人柄を意識するようにしました。神秘的な存在ですが、リアルな人間味をどう出すかという塩梅には、苦労したかもしれません。でも書き上げてみると、私のかつての憧れの上司によく似ていて、無意識にモデルにしてしまったのかなと思いました(笑)。
──本作は双葉社文芸総合サイト「COLORFUL」で連載されました。連載ならではの苦労、また気を配ったことはどんな点でしょうか。また、各話の順番はどのように決められたのですか。
一色:連載に穴を開けないようにするのは苦労しましたが、おかげでスピード感を保った物語になったので、連載のチャンスをいただけて本当に感謝しています。各話の順番は、買う人→売る人→売りだす人→つくる人→オークションというふうに、オークションといえば思い浮かべる順にしました。
──最後に、一色さんご自身はどんな作品が出品されたらオークションに参加したいですか?
一色:難しい! 自分の死んだ祖先とか、もう会えない人が描いた絵とか(笑)?
──祖先の絵、確かに気になりますし、見てみたいです(笑)。本日はどうもありがとうございました。