『神の値段』(『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞)でデビューし、東京藝術大学美術学部および香港中文大学大学院美術研究科修了という経歴を活かしたアートミステリーを数多く手がけてきた、一色さゆり氏の最新作、『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』が刊行された。

 書評家・吉田大助さんのレビューと帯で『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』(双葉文庫)の魅力をご紹介する。

 

地味な部署だなんて言わせない!!  天真爛漫な円花とマジメな山田。 二人で一人前の記者が組んだら予想外の大活躍! 元気なお仕事小説!

 

■『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』一色さゆり  /吉田大助:評

 

今目の前にあるものの背後にある、人間と時間の厚みに触れること

 

 アートの値段はどう付けられるのか──美術業界の裏側を綴った『神の値段』(『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞)でデビューし、香港中文大学大学院美術研究科修了という経歴を活かしたアートミステリーを数多く手がけてきた、一色さゆり。最新作『ジャポニスム謎調査 新聞社文化部旅するコンビ』(双葉文庫)は、カバーイラストからも明らかなとおり、凸凹コンビの掛け合いがなんとも楽しい1冊だ。ただし、物語に込められたアートとカルチャーにまつわるメッセージは深い。

 日陽新聞東京本社の文化部で働く山田文明は、自分と同じ「文芸アート」担当になった新人・雨柳円花のことが気になっている。なんなら、気に入らない。今年で30歳になる自分よりも4歳年下だが、タメ口で呼び捨てしてくるのだ。円花の祖父は高明な文化人で、コネ入社の噂もある。アート情報を発信する個人SNSが人気だというが、社会人としてはなってない。と思っていたら、上司命令で円花が発案した連載のサポートに付くことになってしまう。山田自身はこれまで一度も、連載企画にゴーサインをもらったことがなかったにもかかわらず。

 コンビを組まされた連載のタイトルが、「ジャポニスム謎調査」だ。〈日本にはさまざまな素晴らしい土着文化が存在します。なかには一般的によく知られていない謎多きものや、あっと驚くミステリアスな魅力を持つものもあります。本連載では担当者が日本各地に足を運び、そこに根づく文化を守る職人やその技術を取材することで、日本文化の新たな一面を読者に紹介します〉(円花の企画書より)。第1章に当たる「第1回 硯 SUZURI」で取り上げたのは、宮崎県石巻市雄勝町で生産されている、雄勝硯。山田は当初、「硯なんて地味だし、使ってるのは習字をする人ぐらいだろう」と思っていたが、現地で工房を営む硯職人から話を聞くと……硯に対する印象がガラッと変わる。頼りないと思っていた、パートナーに対する印象も。円花は以前から硯職人と顔見知りで、生産される硯の魅力はもちろん、震災後もこの地で活動する当人の思いを、深く理解していた。

〈月並みの記者なら、震災の時期だという理由で話を聞きにいって、その場限りで関係は終わってしまう。でも2人は興味関心を共有する者同士、深いところで尊敬し合っていることが分かる。しかもその関係性を持続させているのは、職人を応援したいという円花の強い熱意だ。そんな信頼を築ける記者は、さほど多くない。少なくとも自分は違った〉

 その感慨を得た状態で再び硯を目にしたところ、山田の中にあっと驚く「見立て」が現れる、という展開が心地いい。門外漢だからといって常時伝えられる側にいるのではなく、時に伝える側にも回れる彼の能力が、取材現場での議論を盛り上げるのだ。その後も、大津絵、(夏目)漱石、灯台、円空……。アートやカルチャーにまつわる知らないことを知る純粋な楽しさ、知っているつもりでいたけれど知らなかったことを知る驚きが、次々に訪れる。

 ちなみに、取材の前に現地で腹ごしらえするのが円花流だ。地元ならではのご当地ごはんが毎回フィーチャーされているのは、新聞の文化部の男女コンビと聞いて誰もがパッと思い浮かべる『美味しんぼ』の「日本全県味巡り」へのオマージュだろうか。はたまた、著者自身が食いしん坊だからか。いや、食にもその土地のカルチャーが反映されているからだ。コロナ禍でまだまだ自由な移動がしづらく感じられるこのご時世、自分たちの代わりに日本全国を旅してくれる2人の存在は頼もしい。

 物語の後半、日陽新聞に買収騒動が持ち上がり、文化部不要論が勃発する。2人の連載は、今という時代が分かるニュースでもなければ、おトクな経済情報を伝えるものでもない。ならば不要か? いや、資本主義的な価値に還元されないからこそ、存在意義がある。

 2人の記事は──ひいてはこの小説は、読者に何を伝えているのか。アートやカルチャーが今目の前にあるということは、誕生から今に至る時間の中で、受け継ごうとしてきた人々の営みがあったということだ。今目の前にあるものの背後にある、人間と時間の厚みに触れることで、率直に感動するとともに、現実に対する不安を少し和らげることができる。「これまで続いてきた」という現実は、「これからも続いていく」という希望を抱かせてくれるからだ。大丈夫、何があってもこの世界はきっとこれからも続いていく、と。

 不安を掻き立てるニュースばかりが耳に入ってくる日常の中で、アートやカルチャーは確かに「不急」ではないのかもしれない。しかし、「不要」の烙印を押すことは間違っている。「必要」だ。

 読むと勇気が出る、元気が出るとは、こういう小説のことを指すのだと思う。