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「すごい! 青木くん、時間ピッタリだね」

「待たせちゃってごめんなさい。【被験者(1)】さんは時間前に来ていたんだね」

「うん、ちょっとだけ。わたし、必ず約束時間の前に行くようにしているの。じゃないと、ゆっくりしちゃって絶対遅れるタイプだから(笑)」

「そんな人に見えないけどね(笑)」

「ていうか、すごい人の数だね。わたし、渋谷ってまだ苦手で……。そうそう、星が見えるっていうから来たけど、本当に東京で星なんか見えるの? まだ昼間だよ? さすがに夜になってからだよね?」

「質問攻めだね(笑)。本当だよ。綺麗な星空が見えるよ。僕は嘘はつかないから」

 被験者(1)と僕は渋谷をぶらぶらしながら、最近流行っているというスイーツを食べた。

 時刻は午後5時45分。7月23日の東京の日の入りは午後6時53分。まだ、1時間ちょっと時間がある。不審に思っている被験者(1)をよそに、僕らは山手線に乗って池袋に移動した。そう、巨大な商業ビルにあるプラネタリウムが僕たちの目的地だった。

「ねーねー、なんで池袋なの? 池袋のこと“ブクロ”って言う人がいるけど、東京の人はみんなそう言うの?」

「いいから、いいから。池袋に行こうよ。あと、僕は東京出身だけど、ブクロって言ったことないよ」

 昼間のデートで少し慣れてきたせいか、2人の会話に親密さが増した気がする。僕は実験が今のところ最高のコンディションで進んでいることを実感した。

 

「わー綺麗だった! ホント、青木くんって星座に詳しいんだね。わたしも小さい時にパパと一緒に夜空を見るのが好きだったの。田舎だから、星がたくさん見えたんだ」

「そっか(笑)。ねえ、晩ご飯食べていかない? 美味しい牛肉出すお店知ってるんだ」

「食べたい! ちょうどお腹減ってたんだよね」

 僕は被験者(1)を案内しながら5分ほど歩き、有名な牛丼チェーン店の前で立ち止まった。

「はい、到着!」

「えっ、吉野家! ウケるんだけど(笑)」

「【被験者(1)】さんは吉野家嫌いなの? 僕は大好物だけど」

「えっ、好きだよ。大好き。週1で必ず食べてるし(笑)」

「じゃ、一緒に食べようよ。僕がご馳走するよ」

「青木くんて超おもしろいね。うん、食べよう。ご馳走になります」

 東京で星を見ようと言ってプラネタリウムに行くというサプライズな展開がハマったことに気をよくした僕は、急遽、《美味しい牛肉が食べられる店》実験を実施していた。この実験に関連したレポートを以前読んだことがあったからだ。ネット記事でたまたま目にしたのだが、売り出し中のイケメン俳優が格上の大物女優とのデートで、美味しいお肉をご馳走すると言ってガード下の焼き鳥屋に連れて行ったという話だった。2人はその後結婚しているので、きっと実験はうまくいったのだろう。

「わたしも今度から青木くんのトッピング真似しようかな。かなりイケてた」

 空腹を満たした僕と被験者(1)は、駅で別れて帰宅した。初回のデートは大成功だったと言ってよい。帰宅してパソコンを開いて実験結果をメモすると、心地よい疲れが襲ってきてそのまま寝入ってしまった。翌朝、9時過ぎに起きると、被験者(1)からLINEのメッセージが届いていた。

『昨日はごちそうさま! お盆は帰省するけどそれ以外は東京でバイトと課題レポート地獄なので、また誘ってください』

 

《夜道の散歩と吊り橋効果》実験

 被験者(1)とはその後10日間くらい、LINEを1日に数回やり取りした。たわいもない内容だが、実家では犬を飼っていること、高校時代に2人と付き合ったことがあること、食べることが好きなので将来は食品メーカーの研究職を希望していることなど、彼女の重要な個人情報が入手できた。

 これらの情報を活かし、僕は新たな実験を計画した。ちなみに、これがうまくいった場合(うまくいくはずだが)、僕と被験者(1)は即日交際を開始することとなる。

 この実験の仮説と前提条件を整理しておく。

 ・被験者(1)と僕は客観的に見ていい感じだ。2回目のデートを向こうから申し込んできたことからも明らかだ。

 ・被験者(1)は予想通りノーマルな女の子だ。地方から上京して都会の水に馴染もうと努力しているが、世間一般の常識に加えユーモアも持ち合わせている。

 ・被験者(1)の心の中に芽生え始めた淡い僕への恋心を明確に自覚させるため、古典的だが実証されている「吊り橋効果」を用いることにする。

 2回目の実験の場所に吉祥寺を選んだ。約束の時間は前回と同じく午後3時。中途半端な時間に思えるけど、この時間ならお昼を一緒に食べる必要はないし、少しブラブラしてからカフェに入ればいいので楽だ。

 カフェでケーキなんかを食べた場合、夕食の時間は少し遅くなるが、その分、解散の時間も遅くなるので好都合だった。女子と2人で過ごす場合、夜が更ければ更けるほど親密さが増すものだ。

 時間ピッタリに待ち合わせ場所に行くと、被験者(1)はすでに来ていた。

「待たせちゃったかな。夏本番っていう感じの気候だけど、夏は好き?」

「好きでも嫌いでもないかな。青木くんは?」

「僕はわりと好きかな。女の子の厚底のサンダルとワンピースが好きなんで。夏はそれが楽しめるからね」

「へぇ~青木くんってフェチなの? それとも、わたしがワンピースとサンダル姿だから気を遣ってくれてるのかな?」

「よく似合ってると思うよ」

 そう答えながら、僕は実験の事前準備が整ったことに心の中でガッツポーズしていた。厚底のサンダル――これが今回の実験の成否を握っていたからだ。僕は前回デートで被験者(1)とショッピングモールを歩いた際、さりげなく厚底サンダル好きであることをアピールしていた。被験者(1)はそれを覚えていてくれたのだろう。

 デートはこのエリアでは定番の井の頭公園を散策してから、古着屋、雑貨屋などをブラブラし、夕方になってから休憩を兼ねてカフェに入った。

「東京にもこんな街があるって、知らなかった。わたし、すごい好きかも」

「吉祥寺が気に入った?」

「うん、すごく。わたしみたいに田舎育ちだと、渋谷とか新宿って人が多すぎちゃってパニックになっちゃうのね。でもここは、どこかのんびりしているから落ち着くの」

「夕食までにお腹を減らしたいから、どこかブラつこうか?」

 僕がこう提案すると、被験者(1)は同意を示す笑顔をつくった。

 整った顔立ちに控えめのギャル風メイクを施した彼女の笑顔は、確実に恋が始まっていることを告げていた。

 

 

『クロ恋。』は全3回で配信予定