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「埋蔵金発掘を始めた水野智義が明治十年に赤城山に足を踏みいれた時に泊まった旅籠で“大政奉還が布告された年にこの村に数十人の武士団と百人以上の人足が箱をかついでやってきた”って話を聞いてる」
「それだけ?」
「あ、いや」
「それも目撃情報の又聞きですよね」
 僕は一言も返せない。
「伝言ゲームと同じで元の話は違っている可能性がありますよね?」
 僕は頷くしかない。
「それに目撃者が一人しかいないというのも変です。人足が百人もやってきたのに」
 そう攻めないでくれ。
「それに埋め場所の目撃情報があるのに道中の目撃情報が一つもないのも変です」
 あ。
“利根川を上ってきた船から何かを赤城山中に運んだ”という目撃情報はあったけど、これも赤城山中すなわちほとんど現地の目撃情報だし。
「歩いて二十四時間以上もかかる道程ですよ。その道程を八十三トンもの荷物を運んだ団体の姿を途中で誰も見ていないなんて不自然です」
 とどめか。
「それにですよ」
 ミサキさんがグラスを一口、口に含む。グレンフィディックだろうか。
「赤城山は散々、掘り尽くしています。あれだけ大がかりな調査をしても見つからないなんて“赤城山に埋蔵金はない”ことの逆証明じゃないですか」
“逆証明”という言葉は意味がない。ただの“証明”でいいじゃないか。
(今は指摘しないけど。議論が中断されてしまうから)
 大人の僕。
「たしかにその通りだ」
 喜多川先生も気にしていないようだし。
「赤城山にないとしたら」
 ミサキさんは一瞬、目を閉じた。
「どこにあると思います?」
 ミサキさんは目を開けると僕を見た。
(ドキ)
 僕は心の声を発した。
(新しい技か?)
 目を閉じてから客を見る。それが意図的な技か偶然のなせる業か判らないけど、とりあえずミサキさんは喜多川先生にではなく僕に訊いている。そのことが嬉しい。
(ご主人が亡くなった心の寂しさを僕に慰めてもらいたいのだろうか?)
 ふとそんなよこしまな考えが頭を過る。
(ここは全力で考えなければ。ミサキさんの気持ちに応えるためにも)
 僕は頭脳をフル回転させた。
(赤城山は遠すぎる……赤城山は遠すぎる……)
 もっと近いところだ。
 一番近いところと言えば……。
「あ!」
 僕は思わず声をあげた。
「どうしたの? 安田くん」
「わかった」
「え?」
「わかっちゃった」
「何が判ったのよ」
ありだよ。埋蔵金の在処」
「ホント?」
 ミサキさんが目を輝かせた。
(やった)
 僕でもミサキさんの目を輝かせる事ができる。
「どこなの?」
「盲点だった」
「盲点?」
「うん。灯台もと暗し。埋蔵金は一番近いところにあったんだ」
「だから、どこなのよ」
 ミサキさんが少しイライラしている。
らすのもまた楽し)
 僕はほくそ笑みながら答えを言う。
「江戸城の中」
「江戸城?」
 ミサキさんが素っ頓狂な声を出した。
 よっぽど驚いたらしい。
(そりゃそうだろう)
 誰も考えた事のない新説だ。しかも盲点を突いている。
「今の皇居だよ。ここなら見つからないのも無理はないだろ?」
「江戸城の中だったら新政府が真っ先に探してるわよ」
「え?」
「その通りだ」
 どーゆーこと?
「新政府も埋蔵金の噂は知っていた」
「あ」
「隠し場所としては真っ先に江戸城内が疑われる」
 盲点じゃなかった……。
「江戸城を自由に探索できる新政府が探して見つからなかったんだ。埋蔵金は江戸城内にはない。少なくとも現在の皇居の中にはない」
 安田説あっけなく崩壊。
 それもミサキさんと喜多川先生の連係プレイによって。
(今まではミサキさんは村木老人との連係プレイに頼っていたけど今日は喜多川先生との連係プレイか)
 待てよ……。
(ミサキさんは、ひょっとして親父殺し?)
 いや若い僕の心も捉え始めている。
(魔性の女か)
 そんな言葉が頭を過る。
「でも……だったら埋蔵金はいったいどこに?」
 根本的な疑問に立ち返る。
「そうですねえ」
 ミサキさんは左手の人差し指を立てて顎の下に当てた。
 思わずミサキさんを応援したくなった僕をお許しください。
「安田くんの言うように埋蔵金が江戸城の近くにある事は間違いないと思うんです」
 さりげなく僕に(あるいは単に客に)寄り添う姿勢を見せるミサキさん。
「近くなら目撃情報がなくても不自然じゃないですもんね」
 その通りだ。
「とはいっても埋蔵金は三百六十万両あります。どこかに運ぶとなるとやっぱり大ごとです」
「素手では無理だろうし荷車を使っても目立つだろうね」
「そうなんです」
「やっぱり船か」
「ですよね!」
 ミサキさんがはしゃいだ声を出す。意図的だとしても悪い気はしない。
「きっと船で運んだんだわ。近くだとしても夜の船だったら道を運ぶより目立たないでしょうし」
「たしかに江戸城の脇には隅田川に?がる日本橋川が流れている」
 喜多川先生がミサキさんをアシスト。なんだか全員で埋蔵金の在処を探索している気持ちになってきた。
「その川を下って人目につかなそうな空き地を見つければ」
「誰もが見る事ができる空き地に埋めるのはさすがに危険すぎます」
 江戸城の近くとはいえ空き地では誰に見られるか判ったものじゃない。それに埋めた後に近所の子供たちに偶然、発見されてしまうかもしれない。
(たしかに危険すぎる)
 だったらいったい……。
「塀に囲まれた場所に埋めたと思うんです」
「なるほど」
 いつの間にかミサキ説を認めている僕。
「塀に囲まれた場所で最も安全なのは江戸城内だが?」
 喜多川先生も“塀の中”に参戦。
「でも江戸城内にはなかった」
 新政府が確認済み(と評議委員会が認定)。因みに評議委員会とは喜多川先生と僕とミサキさんの三人だ。僕の頭の中だけの委員会だけど。
「江戸城以外で塀に囲まれた場所って誰かの屋敷とか?」
「ですね!」
 ミサキさんが目を輝かせる。ミサキさんは目を自由に輝かせる技を会得しているのだろうか?
「安田くんの言うように誰かの屋敷の中ですよ! 安田くん、お手柄です」
「だが」
 ミサキさんにベタ褒めされて有頂天になりかけた僕に喜多川先生が冷水を浴びせる構え。
(よかった)
 悪の道に引きずり込まれる僕に救いの手をさしのべてくれた。
 そう思いたい。
「江戸城以外の屋敷だと屋敷の住人が外部に漏らす危険が生じる」
「もちろん、そうですよね」
 喜多川先生が繰りだす的確なジャブを軽くいなすミサキさん。
「だから屋敷の住人は幕府の息のかかった人物じゃなくちゃいけないと思うんです」
「だが幕府重鎮は真っ先に疑われるだろう。江戸城内じゃなくても探索される危険もある」
「それも限度があると思うんです」
「限度?」
「ええ。幕臣は数多くいます。その多くは江戸城の周辺に住んでいるでしょう。それらをしらみつぶしに探すのは無理があります。現実的ではありません」
「その通りだ。だが、あまり幕府の中心から離れた人物だと情報を漏らしてしまう危険もまた生じる」
「だから幕政の中心にはいなくても確実に幕府に忠誠を誓える人物」
「たとえば?」
「将軍の家系に連なる人物。もしくはそれに近い江戸幕府かいびやくからの大名家あたりかな」
「徳川御三家とかは、まさに幕政の中心だから該当しない。そうなると……」

 

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