考察系

 

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「──下野は寺沢の幼馴染だ。表には一切出てこないが、チャンネルの裏方として創設時からずっと支えてきた存在だ。これはある情報筋からのネタだが、下野は寺沢にいいように使われていたらしい。幼馴染とは名ばかりで、奴隷みたいな扱いを受けていたとか。自分は陽の当たらない存在なのに対して、寺沢はいつのまにか人気インフルエンサーと付き合い、ちやほやされている──。当然面白くはないだろうな。恨みも相当抱いていたはずだ。だから、寺沢から今回のサプライズを持ちかけられたとき、チャンスだと思ったのだろう。奴を自殺に見せかけて殺せる、絶好のチャンスだと……」
「詳しく教えていただけますか? 殺害方法に関する君の考察を」
「ああ。もちろん。下野は寺沢のサプライズ計画をそのまま利用したんだ。事件当夜、寺沢はあらかじめ用意していた録画の配信をあたかも生配信のように見せかけた。コメント欄にはそのほかのスタッフの何人かが、あらかじめ用意しておいたコメントをタイミングよく打って、リアルタイムの会話が成立しているかのようにみせかける。誰しもが、寺沢は自宅にいるのだと疑わないはずだ。それこそが下野の狙いだった。下野は彼がずっと家にいて配信しているということを認識させ、彼があたかも自宅で自殺したという状況を演出したんだ──」
 ダークQは湾田に感化されたように、大仰な身振り手振りで考察を披露していく。
「──偽装生配信中、彼は自身が都内の、まひぴーの自宅マンション近くにいると思い込んでいたはずだ」
「思い込んでいた──とは?」
「実際はS市のどこか近郊にいたはずだ。車で都内まで移動していると思い込んでいたが、実際は近場をぐるぐるしていたんだ。運転手はもちろん下野だ。下野は寺沢に『着くまで眠っておけ』とでも言って、睡眠薬を飲むよう促した。寺沢は自身の配信でも言っていたように、重度の不眠症だった。不正な経路で入手した強力な薬に頼らざるをえないほどの。一世一代の男の仕事に挑むんだ。寝不足で失敗したら笑えない。寺沢は下野の言うことに素直に従ったはずだ」
「なるほど。矛盾はないように思えるね」
「奴が愛用していたのは強力な眠剤だ。それこそ使う量を間違えれば命の危険があるほどに。だから扱い方には慎重を期してはいたんだろう。だから下野は、バレないように寺沢の飲み物に薬を混ぜておいた。その飲み物で薬を飲めば一回の規定量をはるかに超えてしまうくらいの量を。一度に致死量を与えてしまえば、偽装は困難になる。だから、下野は寺沢に規定量の眠剤を与え眠らせたまま、S市近郊を車で回っていたんだ。奴が覚醒したタイミングで『まだ着くまで時間があるから眠っておけ』と言い、再び規定量の薬を与え眠らせる。最初から致死量の薬を与えて殺してしまうと死亡推定時刻に矛盾が出るからな」
「おかしいと気づかないんでしょうか?」
「覚醒時は意識が朦朧としているはずだから、特に疑わなくてもおかしくはない。従順な下野が裏切るとは思っていなかっただろうしな。奴は言われるがままだったと思う。そしてS市を車でぐるぐると回った後、寺沢の自宅へと向かったんだ。偽装生配信では寺沢がトイレへ行くために席を外し、そのまま部屋の画面が映されていた。それは本来の演出であるならば、同じく生配信中のまひぴーのコメント欄に、視聴者を装ったスタッフが寺沢の配信の様子がおかしいと書き込む──という予定だった。そのコメントに気づき、まひぴーは寺沢のチャンネルを開く。そこには誰もいない、寺沢の自室が映し出されている。一体何が起きているのかと困惑するまひぴー。そしていきなり寺沢が後ろから現れる──。そのあとにプロポーズ──っていう予定だったはずだ」
「でも、寺沢氏はまひぴーの許へは行かなかった……」
「ああ。寺沢が画面から姿を消した時間以降に致死量の睡眠薬を与えるんだ。今まで与えた分も含めれば、全部で百錠以上だろうか。もちろん、全部寺沢自身が用意したものだから、そこは怪しくはない。下野は自宅へ駆けつけたという風を装い、その実、寺沢の遺体を運びこんだ。これで、下野の計画は成功してしまった」
「ふぅーむ──」
 湾田が低い声で唸った。
「──なるほどねえ。状況に矛盾はないように思えますね」
「実際、かなり運任せの要素が大きかった。救急隊を呼んで助かってしまう可能性もあったし、寺沢が素直に何度も薬を飲んでくれるとも限らなかった。それに、配信を自宅のパソコンで流していないっていうのがバレるのが、一番危険だったはずだ。状況的におかしな箇所はなかったから、警察が配信用のパソコンまで調べなかったのが幸いしたんだろうな」
「うん、そうか。なるほど。さすが、噂に名高いダークQさんだ。かなり面白い考察だ。特に寺沢氏がまひぴーさんのことを愛していた──という前提なのがいいですね。私はね、リアリストではあるが一方ではロマンチストなんですよ。いやはや、実にお見事!」
 湾田は浅黒い顔にやたらと白い歯を浮かべ、分厚い手を叩いた。イチジクも納得したのか、気怠げに拍手する。
 そこに、三つ目の拍手の音が割り込んできた。
 長い黒髪の女は、気持ちのまるでこもっていない拍手を鳴らし続けた。それは湾田とイチジクが手を止めた後も、しばらく続いた。
「──なるほど。まあ、悪くはないところまでいけてますね。その点は、ただの考察系にしては、お見事かな、と」
 女は抑揚のない、独特な発声でやや早口気味にそう言った。いや、呟いた──というべきなのだろうか。
「なんだ、あんた? 俺の考察に文句あるのか?」
 先ほどまで称賛され、満面の笑みを浮かべていたダークQが、顔を歪めた。
「文句はありませんが、それを真実と認めるわけにはいきませんね。私には『真実』が見えているので」
「ふーん……。じゃあ、聞かせてくれよ。さばヒミコさん?」
 挑発的な口調でダークQは煽るが、女は微塵も意に介していないように見えた。
「真実の見える考察系・鯖目ヒミコさん。まさか本当に来ていただけるとは……楽しみだなあ」
 湾田は興奮を隠し切れない様子だった。
「コイツがあの鯖目ヒミコ……実在してたんだ」
 イチジクは感心したような口調で呟いた。
 鯖目ヒミコ──。
 5年ほど前に突然現れた、自称『真実の見える考察系』だ。
 彼女はこれまで5本の考察動画を出している。5年で5本なので、ペースとしてはかなり少ない投稿数だ。だが、その動画のいずれも、再生回数は1000万回を突破しているのだ。
 彼女が取り上げた5本の未解決事件──。そのいずれも彼女の考察通りに解決したのである。
 思いもよらない視点から犯人像を考察し、その通りの犯人が後日、警察に検挙され、長年見つからなかった遺体がある場所を言い当ててみせた──。
 鯖目ヒミコとは一体何者なのか──。多くの者が考察していたが、そのどれもが根拠のない妄言ばかりだ。
 鯖目は動画では合成音声を使い、もちろん顔出しもしていない。だからこうして目の前にいる人物が本物の鯖目ヒミコではない可能性もある。
 しかし、偽物のはずがないと私を含めこの場にいる者全員がそう感じているはずだった。
 喪服のような黒い上下のパンツスーツ姿で、手脚はモデルのように長く、どこか威圧感を感じさせる出立ちだ。腰まで伸びた長い黒髪は美しく手入れされている。透き通るような──という陳腐な表現をするよりほかにない白い肌。切長の目とすっと通った鼻梁は、熟練の能面師が渾身の技で掘り出した芸術品のようだった。彼女という人間を表すには綺麗──という表現よりも、畏れ多いと表現した方が適切に思えた。
 それくらい何か普通の人間とは別の、オーラのようなものを纏っているように見えていた。
「いいでしょう。それでは、お見せいたしましょう。真実を──」
 鯖目ヒミコは不敵な笑みをこぼした。


「──まず、さっきのあなたの考察は中々に良かったですよ。及第点──とまではいきませんが、ある一点を見抜いたことは、素直に感心せざるを得ません」
 まるで感情の起伏を感じられない口ぶりだった。
「そいつはどーも。お褒めにあずかり光栄です」
 嫌味ったらしく返すダークQが、まるで反抗期の子供のように見えた。
「ある一点……とは?」
 湾田が遠慮がちに訊ねる。普段から自信に満ち溢れた男が、どこか小さくなっているようだった。その顔からは焦りのような、期待と不安が入り混じったようなものが感じられる。
「偽装生配信の件ですよ。寺沢は生配信に見せかけて録画した映像を流していた。コメント欄の仕込みも含めて、それは事実です」
「え、ま? いや、やっぱり!……」
 ダークQは自身が語ってみせた考察に、半信半疑だったのだろうか。素直に驚いているようだった。
「加えて──寺沢の死は自殺ではなく、他殺だったと、先に言っておきましょう」
 ヒミコは意味ありげな目線を、室内にいる者すべてに向けた。
「……では、寺沢氏を殺したのはやはり下野?」
 湾田が訊ねると、ヒミコは黙ったままじっと彼の顔を見据えた。
「──あの、何か?」
「いえ、別に……。そうですねえ。下野ではないでしょう」
「じゃ、じゃあ……誰なんです? 気になるなあ……はは」
 湾田はヒミコに気圧けおされているようだった。ヒミコは女性としては比較的背が高い方かもしれないが、当然湾田の方が大きい。体格的に負けるはずはないのに、ヒミコの内から出ている「何か」が、彼を圧倒しているようだった。
「まあ、焦らずに……。そこのメガネの方の考察通り、寺沢の生配信は偽装されたものだった。メガネの方は寺沢に奴隷のように扱われていたスタッフの下野が犯人だと考察していましたが、残念。それは違う。下野は自分の現状にそれなりに満足していたし、第一、彼を殺そうと計画する頭も、それを実行しようとする度胸も持ち合わせていない男です」
 事実だった。下野にそんなことはできない。寺沢から十分なギャラを貰っており、チャンネルの顔を殺せば自分の暮らしが危うくなることは理解していた。自分が無能であることも。だから賢しく、奴隷のように振る舞っていたのだ。そのことを俺は知っている。
「ねえ。下野じゃないと……するとさ、一体誰? 犯人もそうだけれど、状況が全然理解できないんですけど……」
 イチジクが横からおずおずと訊ねる。ヒミコはちらりと目を向けた後、ふっと僅かに口角を上げた。
「ではまず……状況から確認しましょうか。寺沢が偽装生配信を計画した理由──。それはメガネさんの言う通り、まひぴーにプロポーズするためでした。彼女にサプライズをするため自宅を離れ、都内まで向かった。メガネさんは都内へは行かずS市近郊をぐるぐるしていたと考察していましたが、実際は下野の運転により行っていたのです。彼女の自宅マンションまでね──」
 ヒミコは挑発するような口ぶりだったが、ダークQは反応しなかった。早く続きが聞きたくて仕方がないように見えた。
「──彼女のマンション前まで送ってもらった寺沢は、指輪のケースを懐に大事に忍ばせて、緊張しながら合鍵を使って彼女の部屋に入った。そして、生配信中の彼女の部屋のドアをゆっくりと開いた」
「ちょっと待ってくれ。それはおかしくないか? そのとき、まひぴーは生配信中だったはずだ。寺沢が部屋に入ったのなら、そのときのプロポーズの様子が映ってなきゃおかしいだろ? でもまひぴーの配信アーカイブには、そんな様子どころか寺沢の姿も映ってなかったぞ」
 ダークQが早口で捲し立てている間、ヒミコは不気味な視線を泳がせていた。
「ええ、それはもちろん、そうでしょうね。それが正しい、真実です」
「はあ? いやおかしいだろ」
「答えはさっきあなた自身が考察していたじゃないですか」
「俺自身が? ……え、まさか……」
 ダークQは言いながら察しがついたようだった。
「そうです。あなた自身が考察したんですよ。録画した配信の映像を、あたかも生配信のように見せる──と」
 ヒミコの言葉に、イチジクはようやく気づいたようだった。口を押さえて驚いている。
 そう。偽装生配信をしていたのは、寺沢だけではなかったのだ。まひぴーもまた、事件当夜、同じことをしていたのだ。
「じゃあ、寺沢が訪れたとき、まひぴーは部屋にいなかった……っていうことか?」
「そうです」
「じゃあ、一体どこにいたっていうんだ?」
「どこに……ですか。それはこの場合、大して重要ではありませんよ。重要なのは、寺沢が何者かに教えられたまひぴーを欺す術に、寺沢自身が欺されていた──ということです。偽装生配信という術を教えてきた人物によって……」
 部屋の中が不気味なほど静まり返っていた。部屋の中にいる何かが、見えない何かがうごめいているように感じた。
「偽装生配信を教えた人……。それって一体?」
 イチジクは気づいていないようだったが、ダークQはすでに察しているように見えた。
「簡単なことですよ。あの事件当夜に生配信をしていた人が、もう一人いたはずでしょう? そして、そのことに気づけばこの変な集まりが開かれた理由にも、自ずと近づけるはずです──」
 イチジクもようやく気づいたようだった。
「──ねえ、湾田剛央さん。いえ、配信者名は『ゴーワン社長』でしたっけ?」


 部屋の中にいる者の視線が、一斉に彼に向けられる。彼──湾田は困惑と驚きと、そして内から湧き出てくる喜びを抑え切れずにいるように見えた。
「……驚いたなあ。いやはや。本当に」
 湾田は手を合わせて拍手する。乾いた音がこだました。
「寺沢さんがまひぴーの部屋に入ったとき、そこに彼女はいなかった。当然、配信もされていなかった。そこにはただひとり、あなたが──湾田さんがいたのです」
「いやー、すごいね、うん」
 湾田は力の抜けた拍手を繰り返す。
「つまり……どういうこと?」
 イチジクがおずおずと訊ねる。
「簡単なことです。寺沢さんはまひぴーに会いたかった。プロポーズしたかったから。湾田さんは寺沢さんとまひぴーを会わせたくなかった。寺沢さんにプロポーズさせたくなかったから──。つまりはシンプルな感情によるもの──横恋慕が原因だったのですよ」
 拍手が止む。静寂が部屋に流れる。
「……え、つまりは、湾田さんがまひぴーのことを好きで、寺沢さんのプロポーズを阻止したかった……ってこと?」
 ダークQはヒミコと湾田の顔を見比べながら言ったが、二人の表情からは何も読み取ることができない。
「ふふ……。逆、ですよ」
 ヒミコの言葉に、湾田の整った眉が、ぴくりと動く。
「は? それってどういう……」
「湾田さんが想いを寄せていたのは、まひぴーではなく寺沢さんの方……そうでしょう?」
 湾田は微動だにしない。目を見開いたまま、眼前の女をじっと見据えている。沈黙が流れる。
「……なぜ知っている?──」
 長い静寂を破り、ようやく彼は口を開いた。
「──やはりあんたは、ホンモノなのか?」
「はい?」
「信じてもいいのか? 真実が見える──という言葉を」
「はじめからそう言っていますが」
 能面のような顔で、ヒミコが笑う。


「……聞かせてくれないか? あんたに見えている、真実の考察……そのすべてを」
「いいでしょう──」
 ヒミコはその場でくるりと身を翻した。

 

(つづく)