考察系

 

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「──死因は睡眠薬の過剰摂取、いわゆるオーバードーズでした。配信で日頃から言っていたとおり、彼は長い間、不眠症に悩まされていたようでした。報道されたところによると、自らが病院で処方されたもののほかに、ネットの裏取引でより強力な効果を持つものを仕入れていたことが発覚したといいます──」
 それらは強力な効果を持つ反面、致死性が高く危険なものだった。
「──警察の見解では事件性はなく、寺沢氏の自殺ということでした。遺体には外傷などはなく、自宅の方も入念に捜査した結果、外部から侵入された形跡も見られなかったといいます。ですがこの状況……どうにも不自然だと思えるのです。私はリアルタイムでは寺沢氏の最後の配信を見ていません。私自身、ちょうど自分のチャンネルで雑談生配信をしていましたから。だから、彼の死を知ってからアーカイブで見たのですが……。いやはやどうにも、これから自殺する人の配信とは思えないのです。何度見返してみても、あれがこれから自ら死ぬという選択をする人間の姿であるなんて、思えないのです。事実、そういう風に思っている方は、私だけではないはずです。寺沢氏の死に不審を感じている声は、たくさん上がっている。だから私は今回、みなさんにお声がけしたわけです──」
 湾田は集められた考察系配信者たちを見渡す。テンションが上がっているのは、湾田ひとりのようだ。
「──さあ、どんな考察が聞けるのか、楽しみだ。誰からいきますか?」
 湾田の問いかけに、誰も答えない。しばらく互いに互いを窺い合う素振りを見せたあと、金髪ボブの女が手を上げる。
「あー。じゃ、アタシからでいいですかあ?」
「ええ、もちろん。それではイチジクさんの考察から披露していただきましょう」
「うーい、そんじゃあ──」
 だるげな様子の女──イチジクミカンは新進気鋭の考察系だ。はじめはゲーム実況を中心に配信を行っていたが、あるときから考察を始めたところ登録者が増え、現在では軸足をそちらに移している。やる気と知性をまるで感じさせない口調からは想像できないが、現実的にあり得ると納得させられる考察をすることが特徴だ。
「──色々考えてみたんすけどお、やっぱこれってフツーに自殺なんじゃね? ってアタシは思うワケ」
「フツーに自殺とは?」
「そのまんま。シャチョーさんはなにか裏があるんじゃね? 的なの期待してたみたいだけど……これに限ってはそのまんま、ただの自殺。急に死にたくなって、それで実行しちゃった。で、成功しちゃった。はい、それでオシマイ」
 イチジクは手をひらひらとさせた。
「なるほど……。ですが、私には直前の彼の様子は、どうもこれから自殺するようには……」
「そんなの、そういう風に振る舞っていたからじゃない? その人の本当の気持ちなんて、その人にしかわからないと思うけど」
「それはそうかもしれませんが……」
「何か腹を決めちゃった人間ってさ、ケッコー落ち着いて見えるんじゃね? 最後の配信を見ても『決意した』『今日決行するんだ』とか言ってたし。それが自殺を意味してたんじゃない?」
「たしかに、警察はどうやらその言葉を自殺をする決意表明だと考えたらしいですが……」
「そう。だから、別にシャチョーさんの考えすぎじゃね? ってアタシは思うワケ」
「……ではなぜ、彼は配信をつけたまま自殺したのでしょうか? 寺沢氏が薬を服用したと推定される時刻は、画面から姿を消した10月9日の午後11時半からスタッフが駆けつけた翌午前1時までの間。自殺を決意したのであれば、配信を終了した後決行するのが……何というか普通なのではないでしょうか?」
「んー、そこはたしかにヘンなとこかもね。こっからはアタシの勝手な妄想ね。考察ってよりも妄想。現実よりの。まず、停電が起きたのはちょうど日付が変わる午前0時頃。そのときテラーさんはたぶん、トイレに籠ってたんじゃないかな。そこでこれからどうするのか、うじうじ考えていた。配信で覚悟を決めたようなことを言ってみせても、それはたぶん虚勢にすぎなかったんだよ。これから戻って配信を切り、そのまま自殺を決行するのか。それとも何事もなかったかのようにパソコンの前に座り、自殺はやっぱりナシにして雑談配信を続けるのか──。色んな選択肢が頭ん中でぐるぐるしていたはず。で、急に明かりが消えた。プツンと。辺り一帯停電になったから、ほんとに何も見えなくなるくらい、突然闇の中に放り出されたんだよ。きっと──」
 心底興味なさげな口ぶりに、僅かに同情の色が宿ったかのように思えた。
「──真っ暗な空間に身を委ねていると、段々心地よくなっていくの。もう何も考えなくていいんだっていう安心感が、胸の奥に広がっていくんだ。もう何も考えたくない。苦しみから逃れたいって……。その暗闇がテラーさんに最後の一歩を決意させたんじゃないかな……って」
「停電が彼の運命を決めた……と?」
「うん。もし停電がなかったら、そのままパソコンの前に戻って配信続けていたんじゃないかな? アタシにはなんとなくわかるんだ……」
 イチジクミカンの考察配信は、現実的なものであり、かつ事件の被害者や加害者などに同情的に言葉を向けることが多い。彼女のチャンネルが、若い同世代に人気なのがわかるような気がした。
「では、彼が自殺しなければならなかった理由は考察していますか?」
「そんなの考え得る可能性はたくさんあるんじゃない? 不眠症で本当に悩まされていたみたいだし。それにやっぱり、あの女のせいってのが大きいんじゃない? ほら、まひぴー。悪い噂は数知れず。アタシが知り合いからもらった情報でも、けっこうヤバそうな噂たくさんあったし……」
「まひぴーに関する悪い噂……とは?」
「主に男関連じゃない? 一応はテラーさんと付き合っているって公表していたけどさ。そんなのお構いなしに何人も他の男作ってたってのは有名だし……。シャチョーさんの方が詳しいんじゃない?」
「はあ、私ですか……」
「そうそう。まひぴーから言い寄られたりとかしてなかった?」
「はは。まさか」
「ふーん。でも、素行の悪さは札付きだったしね。一回別れた男を脅迫したとか何とかで捕まっていなかったっけ? あの女、顔が広いことで有名だからさ。色んな界隈に情報網作っているみたい。それこそ、ヤバい連中にも顔が利くとか」
「そうなんですね……」
「だから、テラーさんもなんか弱み握られたり……は、ちょっとないか。あの人が人気になったのってまひぴーと付き合ってからだし。その前はただのマイナー界隈の弱小配信者だったもんね。でも、あの女に振り回されて精神的に参っちゃったっていう仮説は、考えられる自殺の理由として大きいかも」
「……寺沢さんは、彼女のことを愛していたと思いますか?」
「どうだろ。一応付き合っていたんだし、お互いのことも度々配信で話題に上げてたから……。配信で見た印象だと、まひぴーにとってのテラーさんは数いる男のうちのひとりだけど、テラーさんにとってのまひぴーはただひとりの女──って感じのつくしっぷりだったような……。これはアタシだけじゃなくて、ふたりの配信を見ていた人ならみんな同じように思ってたはずだよ」
 彼女の言うように、世間では寺沢が奔放なまひぴーにベタぼれしているように見えていたはずだ。
「なるほど。それではイチジクさんの考察は、理由はわからないものの寺沢氏はあくまでも自殺。私の考えすぎである──と」
「そだね。ご期待に沿える考察ができなくてもーしわけない」
「いえ、現実的な考察だったと思います。たしかに、人の心中などわからないものですから……。それじゃあ次は……」
 湾田は、俺たち三人をぐるりと見回した。 しばらくの沈黙の後、ダークQがちっと舌打ちした。
「……俺の番かね」
「大丈夫ですか?」
「ああ。今の金髪女の考察よりは、はるかに面白いと思うぜ」
 ダークQはイチジクの方を横目で見ながら、にやりとしてみせた。
「それは楽しみです」
 湾田も期待しているようだ。
「いいか……。まず考察ってのは、現実的すぎるとだめなんだよ。そんな現実にあり得る答えなんて、視聴者は誰も望んでいない。かといってあまりにもファンタジーすぎてもだめだ。現実にギリギリあり得そうな回答──それを視聴者は望んでいるんだ」
 小柄な男は立ち上がり、大仰な身振りで語った。心なしか湾田を意識しているように見えたが、いかんせん体躰が違いすぎて全然サマになっていない。
「説教はいーから、とっとと聞かせてくんない?」
 イチジクが心底つまらなそうにヤジを飛ばした。
「そう焦るなって。いいか。考察は想像力を働かせなきゃいけない。集められる情報を集め、それを手札に最後は自分の頭で答えを導きださなきゃいけないんだ」
「はいはい。早く始めて」
「せっかちな女だ……。ま、いい。俺の導きだした結論から言うと──寺沢は自殺じゃない。他殺だ」


 部屋の空気が、一瞬ぴりっと引き締まった。
「ほう……他殺、ですか?」
 湾田の声色が少し変わった。
「ああ。これは自殺に見せかけた他殺だ」
「警察も見抜けないほど、何か巧妙なトリックを使った……ということですか?」
「巧妙な……というより、大胆さと運任せの要素が大きいかもな……。まあ、順を追って説明していくかな」
「ふん……」
 もったいぶった口調が癇に障ったのか、イチジクは露骨に表情を歪めてみせた。
「まず、前提を崩すぞ。10月9日から10日の未明にかけて、テラー寺沢は自宅で生配信をしていた──という前提を。それは、偽装された事実──すなわち嘘だ」
「嘘……とは? いきなりすごいな。ちょっと、理解が追いつかんぞ」
 湾田はそう言いながらも、声色からわくわくしている内心が漏れ伝わってきていた。
「つまり、事件当夜の寺沢の配信──あれは生配信じゃなくあらかじめ収録しておいた録画映像だったんだよ」
「なるほど、そうきましたか……」
 湾田は顎に手を添えてにやついた。
「はあ? 録画って……。あの配信のアーカイブなら何度も見たけど、フツーにリアルタイムで流れてきてたコメ欄と会話してたよ?」
 イチジクが疑問の声を上げた。
「あらかじめある程度、喋る内容の台本を作っていたんだろう。そうすれば会話の特定のタイミングでスタッフがリアルタイムでコメントを打てばいい。それだけで会話は成立しているように見えるし、生配信かのように見せられる。リアルタイムでコメントするスタッフは何人かいたはずだ。アカウントも複数作っておけば、特定の人のコメントにだけ反応しているという状況は避けられるだろう。話題や質問に対して、どう答えたらどういう反応が返ってくるのか──なんて、配信者をやっていればなんとなくわかるもんだ。寺沢も配信歴自体長いから、そこらへんは問題なかったはずだぜ」
「どうして、その偽装に気がついたんですか?」
「何回もアーカイブを見ているうちに、一箇所だけ流れる前のコメントに反応しているところがあったんだ。ほんの一瞬の誤差だから、誰も気づいていないようだったが、俺の眼は誤魔化せない」
「なるほどねえ──」
 湾田が感心したような声を上げる。
「──でも、なんでそんなことを? それが彼が殺されることと、どう繋がっていくんです?」
「社長さん、せっかちだよね。映画とかラストから見ちゃうタイプ?」
「いやいや。流石にそんなことはしませんよ……。まあ、でも映画を見るときは大抵2倍速ですね」
「うわあ、ぜってえアンタとは友達になれねえわ……。まあ、いいけど。じゃ、なんでそんな偽装をする必要があったのか? それはつまり……愛だよ」
「……愛、ですか?」
「そう。すべては愛ゆえの行動だったのさ──」
 ダークQの言葉に、イチジクはぷっと吹き出した。
「──なんだよ?」
「いや……アンタみたいな顔で愛がどうこうとか……ウケる」
「うるせえよ……。とにかく、愛だ。それが奴の、寺沢の行動原理だったはずだ。寺沢はおそらく、交際していたまひぴーにサプライズを計画していたんだ」
「サプライズとはつまり……」
「プロポーズしかないでしょう。情報を見た限り、寺沢がまひぴーにつくしていたのは事実だ。心底惚れていたんだろうな。事件当夜、まひぴーも自身のチャンネルで生配信を行っていた。彼女の自宅マンションは都内。寺沢の住むS市までは少し離れている。S市で生配信中のはずの寺沢が、いきなり都内のまひぴーの部屋に現れ、そして指輪を差し出す──。いくら男関係が派手なまひぴーといえど、そんなサプライズには感動するしかないはずだ」
 意外にも熱く語ってみせるダークQに、イチジクは思いっきり吹き出す。
「ないわー。アタシならちょっと引く」
「お前に聞いてねえよ」
 ダークQは露骨に顔を歪めてみせた。
「そうすると事件当夜、寺沢氏は自宅にはいなかった?」
 湾田が話を元に戻そうとする。
「ああ。そうなる」
「でも、寺沢氏が意識不明の状態で発見されたのは、S市の自宅だったはずですよね。スタッフが見つけ、その後救急車を呼んでいるから、間違いないでしょう?」
「そこは紛れもない事実だ。だから寺沢は偽装配信時は自宅以外の場所にいた。そして自宅以外の場所で睡眠剤を飲まされ、自宅へと運ばれてきて、そして発見される──という筋書きが立てられたんだ。犯人によって」
「とすると犯人は……」
「寺沢を発見した最初の人物──腹心のスタッフのしもだ──」
 ほう、と湾田は低く唸った。

 

(つづく)